丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

閉店パーティの日

yonkichi, · カテゴリー:

ハイジの家は、毎年秋に閉店し、冬は休業した上で、春にまた開店していた。
冬は訪れた人なら分かるが、吹きさらしの風が丘を巻いていて、一度降った雪が舞い上がり、真横に雪が降るような日が多くなる。雪がもともと多い場所ではないが、年に数回積もるのだが、一面真っ白の雪原にはなかなかならない。
風は殆ど四六時中吹き続け、訪れる人も少ない…と言いたい所なのだが、真冬でも観光バスはやってくる。おまけに観光休憩が割り当てられているらしく、多くの観光客は停められて扉を開けられ、何分集合と言われると思わず外に出てしまうだろう。風に吹きさらされて、沈まなくなった雪の上を、観光客はまともな防寒装備もないまま、展望台までまるで八甲田山の雪中行軍のように列をなして歩いていく。
彼らは展望台の上まで登るのだが、階段は青氷が張っている。ただ溶けていない分、そうそう滑るものではないが、たまに怪我をする人もいるらしい。そんな過酷な冬、展望台は閉鎖され、店舗も営業はしない時期になり、あとは冬にあえて丘に上がる旅人だけが独り占めできる世界になる。
冬組、春組とかいわれる旅人は、夏に訪れる旅人とは違い、自分たちだけの開陽台を楽しんでいた。彼らはどちらかというと、ハイジーの家はあまり関係なかった。
私も93年、94年、99年と閉店に顔を出した。秋はたった3回なのだが、町のとある建物で行われるパーティは1回。その前はあの駐車場脇にあった、テラコッタ色をした建物で星空を見ながら、防寒着を来てベランダでバーベキューをしたり、バカな話をしてそれぞれの時間を楽しんだ。
今年もつつがなくそのパーティは終わったそうだ。それはいつもと変わらないように。今後の話よりも、今年1年お疲れさまという慰労のようなものが強い。しかしきっと今後の話を長く語る事は、それぞれの心の中で抑えていたのだろうと思う。
ハイジーの家は単なる喫茶店だったのかもしれない。でもこの喫茶店は、年を重ねる毎に、旅人たちの中で大きな存在になっていったのも間違いない。それが単なる喫茶店ではなく、居場所を求めた先が、喫茶店の形をしていただけなのかもしれない。
パーティが終わったあと、しばらく丘のテントに戻る者もいるだろう。北海道を離れる為に移動している者もいるだろう。また来年、ここで会うのが当然のように、多くの言葉を交わさずに別れていく。
来年からどうなるのだろうか。きっと、丘にあがったとしてもテントを張る回数は極端に減ってしまうのではないか。私はその日が来るのが実はとてもショックを受けるだろうと自分で思い、数年前から丘にテントを張らない年や、弟子屈までは来ても、丘にあがらない年などをつくってきた。結構そのあたりは弱い所なのだ。
といっても誰かがこの世からいなくなる訳でもない。みんなそれぞれの次の時代を生きていく。あの日々を思い出しながら。
写真は1994年秋。下のハイジーの家最後の日。集まった皆は、同じものを持っている。
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