丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

若者よ旅に出よ

yonkichi, · カテゴリー:

自分が何様だか分かっていないかもしれない。でも、何様でも何でも、私は素直に自分の人生を振り返ってみてそう思う。自分のブログだから、自分が思うように書く訳で、いわゆる独り言の域を越えないという事を承知の上で思う。
若者よ、旅に出よ。そして自分の目で多くのものを見て、多くのものを感じ、多くの失敗をせよ。その中から自分という姿が見えてくる。自分信じられる友人が現れ、素のままの自分を見てくれる機会が生まれるだろう。
ひとまわり、というと10歳違う世代の事だろうか。ふたまわりだと20年。長いようでいて短い微妙な時間だ。しかし10年もあれば、ひとつの目的を達成するには長い位だ。
今日、職場におよそふたまわり年齢が違う新人がやってきた。私が今の会社に入った頃、まだ3つか4つ。こうしてみるととんでもなく自分が年寄りに見える。まあ女性の新人なのだから、根本的に比較する事がおかしいのかもしれないが、私の職場には男ではなく、女性が来ただけの話だ。
そして今の職場に唯一、現役のバイク乗りがいる。それほど親しくはないが、まあいわゆるひとまわり以上世代が離れている訳なのだが、最近その位年齢が離れているバイク乗りと接触する事が減ってしまった。ちょっと前までは、ゆーじが私よりも一回り位の差の、旅人だった。彼らのように、しっかりしたヘルメットとブーツとグラブを身につけ、バイクに乗る時は気を引き締めて乗り、旅に出ようと思う若者は、極端に減ってしまったように思える。
どんな青春、どんな人生を過ごそうと勝手なのだが、私は勿体ないと思う。若い頃は何もしなくてもそれなりに歳を取っていく。大人なんて、とか、子供扱いしやがって、とか、何も面白くない、面白い事がないかという事が口癖のようになっているのが多いのではないだろうか。
人間性によって随分差は出てしまうのかもしれないが、若い世代でも何かに没頭し、掘り下げていこうと努力するものもいない訳ではないが、一人で何かをしようというよりは、集団で同じような事をする事が楽しいのか、なかなか飛び出ようとしない子が増えているように思う。
それはそれで世の中をうまく乗り切る為には必要な時もあるだろう。ただ振り返ってみるといい。3年前、5年前、そして10年前から何が変わったか。何をしてきたのか。何も残っていない人生は、限りある一生をそのまま惰性のまま過ごす事は自分の責任だし、誰もとがめない。知らぬうちにどんどん時が過ぎ、歳を取っていくだけだ。
旅というひとつの目指すものを私は見つけた。それは初めて三輪車に乗れた日の事、自転車を手に入れた日の事、そしてバイクという不便で危険で不安定な乗り物の存在を知ったときに、自分の知らない世界や自分とは違う世界に生きている人々と出会う事ができ、その中から自分と本当に相性があう友人と出会えていった事。決められた学校生活や会社員生活では、世界は目視できる範囲での出会いや出来事しかないものだ。その範囲をいともあっさりと無限にひろげてくれたのは、旅だった。
私を旅へ導いてくれた先達の話は、魅力あふれるものだった。自分がみたこともない、想像もつかない経験や出来事。何よりそれは冗談でも何でもなく、ノンフィクションの重みと、その先にあるシナリオのない期待と不安のいりまじった現実が、ワクワクさせてくれたのだ。
ちょっとハイエンドなパソコン1台、プラズマテレビ1台買うお金で、無限の可能性をくれる乗り物が手に入る。それをマフラーをスーパートラップにし、耳をむき出しにし顎ひもすら閉めず、歩道だろうが赤信号だろうが走り回り、右折レーンからいきなり左折しようが、まるで自転車に乗る小学生低学年のような走り方しかできないお子さまは、廻りに迷惑がかかろうと、無関係な人を危険に巻き込もうと知ったこっちゃない。酔っ払いが自爆事故で勝手に死のうが構わないが、無関係で何も悪い事をしていない老人や女性、子供の人生にとばっちりを与える事の怒りを憶える。
結局の所、どの世界にしても人間性が基本だ。バイクの世界でも車の世界でも、ネットの世界でも同じ。あまりに廻りに気配りができない人間が増えすぎている。それは、この世界には色々な自然があり、色々な人が生きている事と体面する事がなく、テレビの中やゲームの中のように、自分の世界が狭くその中で全てを考えるようになってしまうからなのではないかと常々感じる。
若者よ、旅に出よ。ポンコツでもいい、壊れて壊れて仕方なくてもよい。バイクに乗って、雨に降られ風邪をひけ。誰もいない山の中で転んで途方に暮れろ。そして一期一会の出会いと、まず旅にでなければ交差する事のなかった人生の壮大な偶然を感謝し、見識をひろげ、自分の生きる証と対面する事だ。
この夏ちょっとした数日の休みを取って、北に向かうとよい。そこで自分が探していたものを探す同じ志を持つ者と出会えるだろう。必ず一人で旅立つがよい。複数ではだめだ。そして、自分の垣根を取り払い、人がその日に生きる為にする事だけをし、自分がその時にしたい事をすればよい。
私は今でも、もっともっと旅に出ていればよかったと思う。そしてきっとこれはいくら旅しても、同じように思う限りない欲望だろう。それほど、旅は奥深く、飽きる事はない。
騙されたと思って、バイクに数日の着替えと寝袋を詰め込んで、宿を事前に決めずに走り出す事だ。ただ、ひとつだけ忠告する事がある。どんな場面に出会っても、人のせいにしたり、運命だとも思わず、自分の力で解決せよ。バイクで旅をするという事は、そういう事なのだ。きっと実りある夢のような数日間になるだろう。
旅はいいものだ。この道の先には、自分だけのストーリーが待っている。その時に経験したストーリーは、語る側も聴く側も、得るものが大きいものだ。その話を聴く時を、私は待っている。
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4 Responses to “若者よ旅に出よ”

  1. のだて より:

    日常と違う行動をとるには、何かしらのきっかけが必要だと思います。
    それが駅で見かけた試される大地北海道のポスターでも、青春18きっぷのポスターでも、熱心なキャンパーの話でも何でもいいと思うのです。
    礼文に、休日を利用して遊びに来ていたチャリダーで、礼文に魅せられてそこで知り合った旅人と結婚して礼文移り住み、現在は島を守る運動をしている人がいます。首都圏でコンピューター関連の仕事をしていた人なのですが、人生の転機はたまたま訪れた島にあった様です。
    彼がその後礼文に移り住むことになろうとは、その当時は思いもしませんでした。香深FTの公衆電話から、会社に休暇延長を願い出ていたのが印象に残っています。彼にとってのきっかけは、きっと礼文の島そのものだったのでしょう。
    私の人生の転機は、当時勤めていた会社が倒産したことに始まります。ソロキャンプの経験はないけれど、度胸と若さだけをひっさげて、春先にセローと共にそのままふらりと南方面から日本一周を始めてしまいました。
    初夏の北海道を満喫し、熊の湯で1週間ほどずっと雨にたたられて、知床岬行きを断念し、標茶あたりで出会った、ぶよーんの、「和琴は晴れてるよー」の一言に賭けて和琴入りしたのです。ええ、ちゃんと晴れてました(^_^)
    その後はレストハウスのおじさん達にお世話になり、北見のパン屋さんの紹介で川湯のホテルでアルバイト。
    楽しかったです。今でも道東に行くと、和琴では帰ってきたなぁ、という感が強いですね。本当に宝物の様な青春のひと時でしたから。
    たくさんの人が、きっかけを見つけて旅に出てくれれば嬉しいですね。

  2. よんきち より:

    のだてさん
    私たちは、それこそJRのポスターで礼文の花とかが出ていたり、富良野の雪景色があったりすると、その場所が目に浮かんできますよね。振り返ってみて、私がバイクに乗り始めた頃にどうだったかと思うと、やっぱりその手のものには敏感に反応していたようです。
    とはいえ、最近の若い人はどうなんだろうと思うんですよね。まあ人それぞれの趣味はあるんでしょうけど、何だか勿体ないなぁと思うんです。
    歳取って、自分に子供ができたり、孫ができたり、私はそれらがいないですが、近所の子供でもいいや、そういう子にどんな話ができるんでしょうね。私はやっぱり自分が経験した旅の話をするんじゃないかと思います。
    若い頃はそんな歳取ったあとの事、考えていなかったけど、今思うともっともっと旅しておけばよかったなと思っています。仕事や生活環境において制約がありすぎますが、今でも旅はすぐにでも出たいし、いつかまたって思うんですよね。
    まあ歳とったという事なんでしょうか。時間を無駄遣いし続けていて、何していいかわからない若者をみると、何だか悲しくなります…
    あーじじくさい。(^_^;

  3. のだて より:

    我が家は、旦那が定年退職したらワンボックスに家財道具を積んでのんびりと日本一周温泉の旅をしようかと話しています。
    その頃の住まいは和歌山になっていることと思います。
    犬猫飼いたいなぁ・・・。
    もう、そーーーいう事を半分マジで話す歳になったんだなぁと(^_^;)

  4. よんきち より:

    のだてさん
    私は定年退職まで今の会社にいる訳きゃないと思っているタチなので、辞めたら1年位かけて世界一周しようかと思っていました。あ、バイクでなく、バックパッカーとしてですが。開陽台では、近くの川北温泉にドミンゴに乗って夏居すわるじいさんが居たり、トラックの荷台の上に普通の家を建てて開陽台の駐車場に長期間住んでいたりする人をみて、ちょっとだけ羨ましくなりました。
    自分でもしも国内をそういう風に旅するなら、今では犬がいるので、車の中で寝泊まりできるような形で、日本をぶらぶらしたいですね。海外はまあ、犬連れでは事実上無理なので…
    和歌山に土地があるんですか?弟子屈~中標津の周辺で、どこか土地を探そうとは何度も思っているんですが、ウチのオフクロがいなくなったら、由の実家の神戸に行ってもいいなぁと思っています。
    何にせよ、そういう話が絵空事ではなく、現実味を帯びてきている年齢に来ているのは確かですよね…(^_^;

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