丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

建もの探訪

yonkichi, · カテゴリー:

マンションのお友達が、いろいろな理由があって、我が家から距離的に比較的近い場所に、建築家をたてて建てた家が竣工したので、お呼ばれしてきた。
まだ入居して3カ月ほどのようだが、しっかりと生活感もあり、モデルハウスというよりも人が生活する空間としてしっかり形になっていた。これはきっと施主とその家があっている、という事にほかならないだろう。
外壁はジョリパットのブラウンがとてもシックで決して目立っていない。手作り感があり、そして力強い。無機質な我が家のガルバリウムも好きだが、こういう左官仕上げの暖かみがある仕上げも好きである。
狭い敷地に工夫が凝らされ、中に入るとまったく狭さを感じない。逆にとても広々とした空間で、それでいて各空間が適度に囲まれ、つながっている。そんな絶妙な空気で満たされていた。
生憎雨の日だったので明るさは感じられないだろうとは思ったのだが、電気をつけていなくても充分の明るさ。採光のうまさや空気の通る設計、そしてスキップフロアの広々とした視覚的な体感が、狭さを感じさせない。いや、狭くはない。充分な広さである。
建築家が設計し、工務店に在来工法で丁寧に建てられた家というのは、その人によるのかもしれないが、やはりとても家として人の求める形をしている。家は単なる間仕切りがされた部屋の集合体ではないはずだ。建築家にもいろいろあるのだろうが、やはりこういう家を設計監理できる才能は、誰でもが持っているものではないように思う。
それがすべてではないが、一度家に満足している人の家を見せてもらうといいだろう。それがホームメーカーでもマンションでもいい。それが単なる立地とか、利便性はポイントに含めてはならない。人間の率直な感覚で、その家を感じてみると、数字やデータではわからない「住んでいるだけ、居るだけで楽しい家」というものはみえてこないのではないだろうか。
私の家も、建築家の米村さんに設計管理をしてもらったからよい家ができた訳ではない。米村さんが、私たちという人間がどういう事をしてきて、何を求めている人間かを理解してくれた上で、建築家としてのセンスや経験を行かして具現化してくれたからこそ、単に家にいるだけで幸せな気分になれるという空間ができあがったのだろうと思う。
家というものは、それが理想なのではないだろうか。と、偉そうに言ってみる。
写真は訪問させてもらった、テトくんの居る家。この家も私たちと同じにおいがした。
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2 Responses to “建もの探訪”

  1. ベジ2 より:

    この間はおいでいただきありがとうございました!
    あれから、そろそろ1週間ですね、早いですね。
    今後ともよろしくお願いいたします。

  2. よんきち より:

    ベジ2さま
    長時間お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。そしておいしい心のこもった料理、ありがとうございました。(^-^)
    同じマンションで知り合い、こうして建築家に頼む自分の家を建ててしまったという仲間的な感覚はなんというのでしょうか。差別用語が出てきてしまうかもしれませんが、でもやっぱり自分の家っていいですよね。
    庭がいらないとか、戸建ては面倒臭いとか、いろいろ意見がありますが、私たちは今この家をこういう建て方をして本当によかったと心から満足できますよね。これはきっと建てた事がない人にはわからない事だと思います。
    価値観もいろいろあると思いますが、家ってある意味大事なんじゃないかと。それも家族がいるならなおさら…一人者ならそれこそテントだっていいやなんて思っていた時代はありましたが、この空間は何ものにも換えがたいものですね。
    家って買うもんじゃない、建てるものだというのを、本当に痛感した事がある人しかわからない。それでいいんだと思います。
    涼しくなったらまた、遊びましょう。(^-^)

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