丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

日本最西端はムー大陸?

yonkichi, · カテゴリー:

与那国は日本最西端。台湾からほんの110kmしか離れていない。ラジオなんか日本語では殆ど入らないが、台湾なのか大陸なのか、中国語や韓国語の放送が少し入る程度といった場所だ。
八重山の中では島の地形としても一風変っている。波照間や竹富、小浜、黒島のように、標高の低い隆起珊瑚でできた島と違い、殆どが断崖に囲まれており、上陸する場所が少なく、その関係で沖縄戦においても上陸されにくい島として、軍事的な要所として使われていたという。反面、ひらぺったい波照間では、波照間小学校の西表島への強制疎開などの悲劇が今も語り継がれている。
八重山においても、悲劇を乗り越えてきた歴史が重みを感じる。しかし、今安全に八重山を旅すると、そのあまりにの美しさとゆったりとした時間の流れに、それは易々と信じられない。旅として、通過していく者は、それを知る人は少ないのかもしれないが、やはりもっと島の事が知りたくなって、米原キャンプ場で数日過ごすうちに、石垣市の図書館で本を読みあさったりしていた。
数年前に話題になった、海底に巨大な遺跡がある。ダイバーにとってはこれほど魅力的なポイントもないのだろうが、私はまだこの目でみたことはない。ただ、色々と夢のある噂は耳にできる。それこそ、ムー大陸時代の遺跡ではないかとか、明らかに人の手が入ったものだとか、こういう話を考えるとワクワクする。
1994年の春、私は初めて八重山に渡った。当然飛行機なのだが、出発日の2か月前のチケット発売日に、会社をさぼって朝から八重洲のJALの窓口に並んだ。直行便がまだその時はなく、那覇経由でなんとか確保し、その中で与那国にだけは空路で渡るため、その分のチケットも購入した。
飛行機はまだ現役だった頃のYS11。石垣を飛び立ち、ジェットのように標高をあげる事なく、黒島、西表の上空をパスし、しばらく海上を飛んだあと、海の中に垂直に生えているような与那国島が見えてきた。最初に見えるのは東崎、あがりざき、と読む東の端だ。空港は島のほぼ中央にある。滑走路が見える手前には、あの沖縄地方特有の墓地が、海を見渡す高台にいろいろな向きで並んでいるのが見えた。
島に着陸し、まずはバスで中心部祖内へ。唯一のバイク屋である与那国ホンダに寄り、予約していたDioを受け取る。しかしこれがこれでもかという程調子が悪かった。与那国は自転車ではちょっと時間がかかりすぎるが、スクーターなら快適に一周ができる。先程通過してきた東崎までの海岸線はすばらしく気持ちよかった。登り坂を足で漕がなければならないのにはまいったが…
与那国1泊目は「はいどなん」。旅人がよく使う宿といわれていたが、思いの外近代的な宿だった。ロケーションはすばらしく、日本で一番最後の夕陽が、すぐ目の前の久部良港で見える。オリオンビールを片手に、防波堤の一番端まで行き、夕陽を眺めた。まさに日本で一番最後の夕陽をみているのは私なのだという気分が、妙に嬉しかった。
翌日はNHKの琉球の風の舞台になった、サンニヌ台や、こんな美しい浜があったのかと感動し、しばらく離れる事ができなかったなんた浜、比川などをまわったあと、悲しい歴史の残る人舛田(トゥングダ)や久部良割(クブラバリ)の現在とのギャップに戸惑いつつ、ユキさんちで今日のカレーであるポークカレーを食べた。とはいえ、その前に渡っていた波照間や石垣で頑張りすぎたのか、ちょっと熱射病っぽくなってしまい、早めにバイクを返却し、そこから徒歩3~5分の中たけにチェックインし、縁側で昼寝をさせて貰った。
中たけ、という赤瓦の琉球建築の民宿は、結構旅人が多かった。そこにはスキンヘッドの自衛隊出身というおじさんがヘルパーをしつつ、オーナーのおばあが笑顔で迎えてくれた。当然シャワーしかない風呂は、石灰化した珊瑚を組んで作られており、隙間からエメラルドグリーンのヤモリ君がキョッキョッと鳴いて迎えてくれた。
この祖内には泡盛の酒蔵もあり、威勢よく蒸気をあげている。ふらりと入った郷土資料館には誰もおらず、なぜかその庭には、真っ赤な琉球海運とくすんだ色の近海郵船のコンテナが置かれていた。飛行機の時間までは、殆ど人通りのない祖内の中でぶらぶらとカメラを片手に過ごした。
与那国町を走っているバスに乗り、空港まで。バス停なんかない。手をあげて停め、声をかけて降りる。空は風の強そうな雲が、筆で書かれたように真っ青な空に流れている。この旅では離島はこれで最後。あとは石垣をじっくり楽しもうと思っていたのだが、やはり限られた日程では流石に物足りない。そしてやはり自分のバイクで訪れたいと思うのは、やはり私がそういう旅が好きだからだろうか。
沖縄本島までは、自分のバイクを運んで走ったのだが、八重山ではレンタバイク専門だった。最初の2度はサンキューというレンタカー屋だったのだが、どうもそのあと地元の業者と揉めたらしく、なくなってしまった。3度目には、たった一人のおじさんがやっている、一番星レンタカーを借りたのが最後だったと思う。
八重山は自転車かスクーターがよい。実際それ以上の足は不要だ。特に感じたのは、突然の雨が多いこの島では、シート下のトランクスペースがとても心強い。スーパーで買い出ししたものを入れるのも楽だし、カメラなど濡れてはいけないものを一時入れておくにもよい。妙にスクーターが欲しくなったのも、この事があってからだった。結果的には、カブ90になったのだが…
写真はいわずとしれた日本最西端の碑だ。写真にはうまく映らなかったが、うっすらと台湾が見えている。この数年後、台湾には2度訪れてたのだが、そこでもちょっとした瞬間に八重山を感じる事ができた。それそうだろう、これだけ近いのだから。
波照間の先には、パラダイスといわれるパイパティ・ローマがあると言われている。それがひょっとしたら台湾だったのかもしれない。夢の国を目指して、島を出ていった者は一人として戻ってこなかったという。そんな島物語があるのも、この場所に立って海と風を見れば、分かる気がする。
20050701.jpg

5 Responses to “日本最西端はムー大陸?”

  1. より:

    空梅雨になるかと思えば、土砂降り。なんとも忙しい天気ですな。
    ワシも与那国は飛行機で渡りましたな。米原にテントを張ったまま、空港にバイクを置いての日帰り旅行。空港前のレンタカー屋で生涯最初で最後の(まだ死んでないが)スクーターとやらを借りました。なんかふらふらしてまっすぐ走らなくて、こんな難しい乗り物に乗っている買い物おばちゃんたちって、もしかして凄腕の持ち主なのか?と思ったりもしました。
    西側から名所を巡り、海岸沿いに東上し東崎へ。与那国馬を愛でて、さて、南海のモスラ『ヨナグニサン』でも見て帰るべぇと走り出したら、コーナーで後輪がズリズリと滑り出した。
    「おっ?これって、もしかしてドリフトというやつ?」スクーターってドリフトが簡単にできるのか?それとも俺の腕が上がったのか?しかししばらくして、やっと後輪がパンクしているのに気がついたのさ。仕方なくスクーターを降りて押したのだが、歩けども歩けども一軒の民家も現れず、7月の灼熱の太陽が照らし出す中を滝のような汗を流しながら、その汗もアスファルトに届くと痕跡も残さずたちどころに蒸発し、水もなく、路肩に自動販売機があるわけでもない藪と森の中に延びる陽炎に揺らめく道を結局2時間ほどフラフラになりながらも押し歩き、最初に現れた民家に飛び込み電話を借りました。
    レンタカー屋に連絡すると貸し出してくれた店のヒラメ顔のねえさんが出て、「あら、またパンクしたのォ?そのバイクしょっちゅうパンクするのよねぇ」って…ねえさん、ねえさん、そんなバイクを客に貸さないでくれませんかねぇ。
    こんな旅でした。ぶっ倒れるかと思いましたよ。印象深いです ハイ。もうスクーターには乗りません、たぶん。

  2. じん より:

    ユキさんが生きているうちに
    じゃなくて店やっているうちに
    もう一度行かないと(笑)
    うちにもユキさん二人いるけど・・・

  3. よんきち より:

    せんせい
    与那国は与那国ホンダしかなかったんですよね、当時。今はどうなんだろう。空港前にレンタカー屋があったというのであれば、そのあとなのかなぁ。石垣で借りたスクーターはディオとセピアとアドレス100だったんですが、どれも調子よかったですが、与那国ホンダのディオはとにかく調子悪かったです。パンクはしなかったけど、与那国の島の規模でパンクしたらたまらんですね…(^_^;私ならとりあえず放置して、歩くかバスで帰りますね…
    Dr.コトーの舞台でまたブームになったような与那国ですが、トローリングとか大物釣りの人や、ダイバーの方々には昔から有名でしたね。私が行ったときは釣り人ばっかり。自前のロッドをアルミのケースに入れて沢山飛行機乗ってました。海のイメージよりも、東崎から道端に馬が居るアップダウンのワインディングが気持ちよかったですね。
    でも、スクーターは結構好きよ。バイクとは別に考えているから気にならないです。でも250cc以上の規模になるとまた違いますけどね。
    じんじんさん
    あれ?ユキさんってそんなにお歳でしたっけ?あのお店の雰囲気好きなんだよなー。他に食事できるお店を知らないというのもあるんですが…(^_^; 広いトイレがまたイイ。ああ、行きたくなってきたぞ…

  4. スキューバダイビング

    こんな事をやっていたんだっけなぁ と感慨深いくらい昔(^^; もう18年も前に…

  5. スキューバダイビング

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