丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

2台で走るという事

yonkichi, · カテゴリー:

元々バイクは一人で乗るものだ。マス・ツーリングなんていう言葉もあるが、これまでバイクに乗ってきて色々なシュチュエイションに会って来た訳で、一応一通りの形態は経験をしてきた。
最初は当然一人だった。高校時代3ナイ運動全盛と言われている中、私立に通っていた私は、免許は自由に取る事は可能で、別に乗るなとか誓約書を書かされるような事もなかった。その為、普段の日はなかったが、夏休みなどのクラブの練習などの時は、よくバイクで通学していた。クラブの同級生の殆どがクラッチ付バイクに乗り、高校時代はクラブとバイクに全てを費やしていたと言ってもいい。
浪人時代に初めて四国へとロングツーリングにでかけたのだが、この時が3台でのツーリングだった。GPz400、GSX-R400、そして私のRG250ガンマ。当然2stの私が最後尾を走っていたので、気分的にもそんなにペースを制限される事もなく、たいしたストレスではなかった。きっとそれよりも初めてのロングで、他の意味での緊張が大きかったのかもしれない。
大学時代も基本的にソロだった。ただ、日本縦断をした1986年は、RZ250の友人と私のSRX-4の2台だった。当然長い旅の間、ペースがあわずイライラが募り、ケンカまでは至らなかったが、荷物を分散させていた為、完全に途中でソロになる事はできなかった事もあり、他人2人でのツーリングが苦痛に感じたのはこれが初めてだった。
会社に入り、同期のバイク乗り4人で設立したバイククラブのスタッフを勤めていた時代。その後先輩後輩が加わり、最大40台を越えるバイクのマス・ツーリングを年に2度企画・実施していた。基本はソロだったのは変わらないが、正直マス・ツーリングもそれなりに興味深く参加する事ができていた。結局はツーリングではなく、千鳥での移動と、峠でのリバティ・ステージだけであり、おかげさまで無茶な乗り方をする子も居たが事故もなく運営できていた。しかし、段々と主催者の言うなりで自分で判断できかねるような言動が耳につくようになり、私が企画をしなくなり、自然消滅してしまった。結局の所、リーダーがいないとダメな団体であったという訳だ。バイク乗りはそうではないはずだ。
基本となるソロのロングツーリングは、多くの自分の生活フィールドでは知り合いになる事ができそうもない人々との出会いを生み、ますますソロという世界を確固たる自分の中での旅の仕方として思い込んでいく。複数で走る楽しさは、ソロでの出会いの楽しさを失わせるだけでなく、あとで残るものもきわめて少なくなってしまうというのが持論だ。仲間うちだけで勝手に盛り上がり、折角すばらしい出会いを自分たちが受け入れない空気を作ってしまう事、これは何のために旅に出ているか、わからなくなってしまう。
多くのカップルツーリストも同じように、自分達の世界に入ってしまうのが多いと思う。事実ここ4~5年の間に出会ったカップルのバイクツーリストは、他の旅人と交流をしようという姿勢ではなかった。逆に近寄って来る事を拒否しているようだ。自分たちの思い出を作る事だけで、周囲の空気を読めないとしか思えない言動をしているのが目についてしまう。
しかし何故だが、昔からのソロツーリストの友人が、彼女や彼氏ができ、結婚したりして一緒にツーリングするようになったとしても、決してそういう雰囲気ではないのだ。元来がソロ同士なのもあるだろう。平気で相手をほっておいて、他の旅人と話し込んでいたりする。やはりこれはその人の持つ性質なのだろうか。
私も由と2台連ねて旅をした事がある。写真は和琴でテントを撤収し、開陽台に向かう朝、サイトで由がゴミを拾っている。こういうスタイルはここ3年程やっていないが、これはこれでバランスが取れていた。私が完全にイニシアチブを取り、前を走り、後ろを確認しながら走っていた。由は私のバックミラーに映るように、素直にある程度の間隔をおいてついてくる。ただ、私が人一倍神経を使うの性格もあって、それが苦にならないという事があっての事だった。
毎日やしょっちゅうでは厳しいと今でも思う。しかし1~2週間の旅であれば、それはそれで苦にならない。微妙なバランスなのだろうが、相手を信用していて初めて成り立つ世界なのかもしれない。
しかし首都高速や夜の都心を走る時、私の気遣いがピーク近くに達してしまう時があった。信用していない訳ではないが、いくら自分側がマナーを守っても、頭の悪い運転手はどこの世界でもいる。トラックやタクシーに幅寄せされたり、煽られたりした事も数しれず。そういう場を自分ならまだしも、パートナーが遇うのは耐えられない。ソロツーリストであり、自分の事は自分でできるとしても、やはりそれは心配は心配。それは親しくしている友人にしたって同じ感覚だ。
2人で走るという事。それは特にバイクという乗り物による宿命でもある。ただ反面、2人で走る事で、ソロで走った時に味わえない事も少なくない。どちらを選ぶかは人それぞれだが、バイクの基本はソロであり、あくまでソロが複数で一緒に走る事で、出会う事も変ってくるという事なのではないだろうか。
お互いがそれまで走ってきた道を、旅人同士はシェアし、新たな経験を得る。バイクに限った事ではない、人間そのものではないだろうか。自分の事は自分でやり、相手を思いやる気持ちや尊重する事を、旅人は知っている。
20050711.jpg

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください