丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

流氷きたる

yonkichi, · カテゴリー:

流氷がきている。この時期には毎年といっていい程、オホーツクに足を運んでいた。
北海道を旅する事は、またあらためて書く機会をつくるとして、11年前の1994年の今日、厳冬期といえる時期に、はじめてテントを張りにオホーツク海沿いへでかけた事を思い出してみる。氷点下20度を下回る世界。
寒いというよりは、辛いと言えるこの時期、車に装備一式を積んで、浜小清水でテントを張り、数日過ごした。張った場所がよくなかったのか、寝ていて気がつくとテントの容積が妙に減っていた。そう、風で雪が舞い上がり、テントの上に積もって押しつぶそうとしていた。真夜中にヘッドライトの明かりを頼りに、スノースコップでテントを掘り起こす。
辛いというより、楽しかった。流氷はずっとそこにあるように、海がある所にぎっしりとひろがり、水平線の向こうまで白く染めていた。
きっと今、こんな風景が広がっているんだろうなあ、とふと思う。行きたいけど、天幕を張る事を楽しめる時間は残念ながらない。しかし、時間がないのであればないなりに、別な楽しみ方もある。
何とか今シーズンも行こうと思い出した所。さて調整できるだろうか。
この写真は1994年2月。後ろのエスパースが私の家である。
20050217.jpg

6 Responses to “流氷きたる”

  1. らんちょん より:

    この年だったか、ちと失念してしまいましたが、真冬の釧路駅で会いましたね。
    確か、私は富良野の友人宅に滞在をしていて、釧路でよんきち氏とアニキに会うために、特急「スーパーおおぞら」に乗った記憶があります。ちょうど沢木耕太郎の小説「深夜特急」を読み始めた頃で、釧路駅の駅員さんにお願いして、特急券だけ譲ってもらい、それを栞代わりに使っていました。いまだに「深夜特急」の最終ページには特急券が挟んであります。(何巻目だったかなぁ…)
    その後ですね、私が海外旅行に目覚めたのは。

  2. よんきち より:

    そうそう、和商の前で兄貴と合流したっけ。
    あの時は会社でとことんいやな事があって、その精神状態から抜け出す意味もあって、旅にでましたね。
    その後、和琴~浜小清水~中標津~霧多布とまわって、人事部長面談に臨むべく、消沈しながら予定を早めて船に乗ったのを思い出します。
    私もあの頃まではストイックに旅をしていたような気がします。私にとっても海外に出るのはこのあとですね。(^_^;

  3. 流氷を待つ日々

    <<写真は待ちに待った、流氷が接岸した翌朝、浜小清水に集まった仲間達のテント …

  4. おっと より:

    こんばんは、どーにかblogが動きだしそうです(^^;
     トラックバックの練習を兼ねての発言で申し訳ない…
    この時の厳冬期北海道野宿旅が無かったら、よんきち氏との出会いもまた随分と違ったカタチになっていたんじゃないだろうか? 遅かれ早かれ会ってはいたんだろうけど、偶然のイタズラか、まめちゃんの導きか? 今に至るこの出会いに感謝!

  5. よんきち より:

    コメントありがとう。
    トラックバックもうまく動いたみたい。この前までいろいろやったんだけどうまく動かなかったんだけどなぁ。(^_^;
    おっとさんと初めて会ったのは、ネット上だったんだよね。私がまめの事を書き込んだら、そいつ知ってる、この前フェリーで一緒に帰ってきたよっていう感じだったっけ。
    久しぶりにちょっとヤボ用でORPの古いログに目を通す事がありました。おっとさんとの出会いの頃や、じんじんさん、その他今では親しくさせて貰っている旅人の仲間との出会いの頃を、さかのぼって読んでみるのも楽しいね。
    ただ、自分の文章があまりにも幼稚で恥ずかしいですが…(^_^;
    お互い出会ってから10年以上になったね。歳も取ったけど、乗れなくなるまでバイクと旅のある付き合いをしていきたいもんです。(^-^)

  6. おっと より:

    そうでした、Niftyという架空空間の人間が現実と結びついた、最初の驚きがあの瞬間でした。
    ORPの古いログ どこにしまったんだろ(^^; たまに見ると面白そうだね

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください