丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

日本の南の端

yonkichi, · カテゴリー:

私の住む東京は今日、一日中ずっとみぞれまじりの雨が降っている。
部屋が寒く、ホットカーペットとエアコンがずっと稼働している。
午前中、我が家にいる犬のくーの怪我の状況を診てもらうために、病院に車ででかけた位で、何をすることもなく1日部屋の中や布団の中にいる一日になってしまった。貴重な週末、こうしてまた何も生む事もなく時間が過ぎていった。
何気なくみていたテレビで、沖縄が映っていた。沖縄は好きな地だ。反対に北海道もそうだが、東京生まれの私からみれば、同じ日本でここまで風景が違う地というものに憧れを感じ、これまで何度も旅をしてきた。北海道は別格だが、沖縄・八重山も数えれば5度訪れている事になる。
その中でやはり感慨深いのは、有人域としての日本最南端の波照間島。細かい理由はない。それが日本で最も南だからだ。当然日本最西端の与那国島も同じ気持ちである。なぜかあまりに訪れた回数が多い最北端や最東端はそれほど苦もなく到達できる地である事から、初めてその地に立った約20年前にそれなりに感動したのかもしれないが、今はそれを思い出せない。
離島を求めて、利尻・礼文や八重山諸島、小笠原の父島・母島にも訪れたが、やはり波照間島はその圧倒的な時間の進み方の違いに、驚きそして短い時間だったが楽しむ事もできたと思う。
私が最初に訪れたのは1995年の事だった。存在や旅の目的地としては、それまで旅をしてきて出会った旅人から噂は聞いていた。しかし、学生時代にはとうとう到達できず、会社員になってから忘れていたその場所を友人の話が思い出させてくれた。そして、キャンプ用品を背負って、春の大型連休に休みを取ってでかけた。
最初の八重山では、いろいろな事があった。その後何度か訪れた八重山の中で、一番インパクトがあった。そのエピソードはまたあらためて書きたいと思う。
日本は狭いといわれるが、案外広いものである。海外にバックパックを背負ってでかけたのは、この後になるが、日本をもっと見る事も、大事な事だと思っている。それが上っ面だけだとしても、行ったことのない事とは比べ物にならない程大きな違いがあるはず。
こうしている今も、この最南端の碑は潮風に吹かれ、ここから水平線の上に見える、南十字星に見守られながら建っている。またきっとこの碑の傍らに立ち、海を眺める事があるだろう。
20050219.jpg

2 Responses to “日本の南の端”

  1. らんちょん より:

    バイクに乗っていたせいなのか、理由は良く分からないけれど、いつの間にか日本の四極を目指したくなるのは何故なのでしょう?
    私が波照間島に行こうと決めてから、実際に最南端に立つまでは、すごく長く感じたような気もするし、意外にあっけなかったかもしれない。
    石垣島から大波に揺られて波照間島に到着し、宿で借りたチャリンコで、腹が立つほど暑い空の下をキコキコ走って2~30分。
    作りかけの公園みたいな荒れ地の隅っこに、ポツンと最南端の碑が立っていました。
    (ネタバラシをしてしまうと)その石碑は期待していたほどのモノじゃなかったけれど、自分の手でピタピタと叩いているうちに、なんか目頭が熱くなってきました。泣くまではいかなかったけど。(^_^;
    インドとは違う、あのうだるような独特の暑さ。久しぶりに体験したいわぁ。

  2. よんきち より:

    旅が好きな人にとって、いける所まで行くというのは自然な流れじゃないかと思っています。日本であれば、そのめいっぱい端っこまで、自分の足で行ってみたい。多くの旅人が実践しているように、やっぱり自然なんだと思います。
    例えば尊敬する植村直巳さん。チョモランマに登頂した次に目指したのは、2極。時代から、今ではツアーでも行けるパトリオットヒルズどころか、南極大陸にすら足を踏み入れられなかった悔しさが、すごくわかるような気がします。フォークランド紛争が彼の夢を打ち砕きました。
    その後極ではなく、人間の限界に挑戦していきました。最後にはちょっとした運のいきちがいで、帰らぬ人に。困難な場所、極限の場所はそれぞれの人が思い描くのが違うように、私なんかは楽に行ける範囲しか行っていません。
    そんな狭い世界の中で、波照間島は自分なりに満足と再訪したい気持ちにさせてくれる、素晴らしい地でした。

らんちょん へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください