丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

季節はめぐり…

yonkichi, · カテゴリー:

今年も大勢の古い友人が丘にあがっていた。ハイジーの家は今年で20周年。私が開陽台にあがった最初の年はハイジーの家ができる1年前の夏だったので、私もそれだけ同じ年月を重ねてきた事になる。そして当時丘で出会い、日々下らない話を丘の上で交わした友人たちも、みんな同じように年月を重ねている。
当時はまだ10代だった者も多い。不思議と彼らは殆どが結婚し、子供が家族に加わり、暖かい家庭を造って過ごしているようだ。しかしなぜか当時20歳を越える昭和30年代生まれの者は、まだまだ独身で旅の生活を続けている者がいたりする。形こそ違っても、彼らは皆デリケートで子供のような事にムキになり、熱くなれる連中だったりする。
社会の歯車に組み込まれる事は、悪い事ではない。悪い事どころか、そうしなければ生活もできなくなる。ただ生活の見た目が違うだけだ。年を重ねるごとに、面倒な事も多くなる。自分がしたい事を諦めなければならなくなる事だって少なくない。普通に仕事についている者だって、そうしたくてしている訳ではない者だって多いはずだ。
私は彼らと過ごした丘の日々が夢でなかった事を思い出す。彼らと巡り会えた運命に感謝をしている。そして決まりきった人生を送る人々の中で、日々仕事をしている中にいて、色々な考えが存在する事を許せるようになり、尊敬の意を向けられる考えを持てる事ができるようになったのも、あの丘で職業や年齢を越えた出会いがあったからこそだ。
今も旅を続けている友人達が、所帯を持って普通の勤めをしている友人と比べて、寂しさや孤独感を感じている訳ではない。何かあればすぐに心配して電話をくれたり、地震があればボランティアに飛び、火事にあえばすぐにそれぞれができる形で援助を送ったりするような、繋がっているという事を感じさせてくれるのだ。
ハイジーの家は来年の春まで、展望台と共に閉じられる。その場所で繰り広げられた人生の交差は、こうして20年以上たっても切れないで繋がっている。これって、すごい事なんじゃないかと思う。
私も含めて皆、頭に白いものが増えてきた。また冬を越えたら、新しい物語が始まるのだろう。
そして自分の頭にはまた白いものが増えていく。
写真は94年、最後の閉店メッセージ。この年、春、秋、冬と、何度も丘を訪れた。
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4 Responses to “季節はめぐり…”

  1. より:

    変わりゆくものがある。変わらないものがある。
    幾多のツーリングを重ね、経て、’89年の北海道で開陽台と礼文島を出会い、人生が旅(自分の中の基準だが)にシフトした。
    数年前に、大切にしてきた礼文島の物語が終止符を打った。いつか年老いたら礼文島に移住し、骨を埋めようと思っていた。苦悩と狼狽に一時期精神がおかしくなったが何とか自分を納得させることができた。
    打ち上げに出た人はみな知っていることだからこれは秘密でもないのだが、「開陽台のハイジーの家」は来年で終わるかもしれない。
    役場から展望台の会社化を求められているのだと言う。法人化(だったか?)して売店と統合して展望台全体を維持管理して利益を出さなければいけないらしい。
    よんきちは解るだろうけど、ハイジーの家はハイシーズン以外は従業員の給料を出すのさえ苦しい。打ち上げに行く頃には、たいしたものさえ頼まないキャンパーが一日中ゴロゴロしているだけだしね。かあさんなどは殆ど無給状態だ。春先も同じようなものだろう。
    それが展望台全体の清掃を含む維持管理をして経営が成り立つ訳がない。どこの企業が入っても難しいのではないだろうか。
    当然、ハイジーの家としては断ったため、開陽台で営業できるのは来年いっぱいとなったそうだ。とうさんとかあさんによれば、町にみんなの集まれるようなところを作りたいが、それも今は判らないと言っていた。
    「ハイジーの家」が開陽台からなくなるのだ。もっとも、後に入る企業なりがどこもなくて、今までどおりやってくれという可能性もゼロではないのだがね。とりあえず、現時点では「開陽台のハイジーの家」は来年で終りが既定の路線となっている。
    こちらは単なる憶測だが、ある20年来きているキャンパーの話。駐車場の下にできた遊歩道の途中、開陽牧場の中にキャンプサイトらしき場所ができているという。以前から観光客から展望台裏のテント群に対して景観の点から苦情が役場に届いていると言う。また、最近無法者のキャンーパーが増えているとも。多和平のように展望台から隔離されるかもしれない。
    ハイジーの家が無くなって、丘にテントが張れないようになったらワシは開陽台に、中標津に行くだろうか。
    仙人さんみたいに、ジジィになってもひょうひょうとバイクに乗ってきて丘にテントを張る自分の姿を想っていたけれど、だめなのかな。
    胸の中にいつまでも色あせない、変わらない宝物をいっぱいもらった開陽の丘も、変わってゆくのか。

  2. よんきち より:

    せんせい
    そうですか。それは残念な話ですね。というか、実はそれほどショックではないっていうのが実感なんです。なんでだろうね。
    町は本当にどうしようもないね。開陽台って中標津の精神だったんじゃないのかな。あの丘は中標津町民の誇りであり、唯一の観光地で内外にも知られた所であり、あんなすばらしい場所を持っているのに、なんでももっと大切にできないんだろうってずっと感じます。
    町をバイパス化するのもそうだし、観光客を受け入れる体制も作らないし、新展望台にしてもポリシーがよくわからない作り。おまけに今になって遊歩道作ったり。訳わかんないよね。それで採算もなにもないもんだ。
    あの場所は中標津町にとって採算重視だった事にまたあきれますね。ハイジーも永遠に続ける事はできないだろうとは思っていました。かあさんもそろそろ体が厳しいし、実の所2代目が跡継ぎっていうのもないだろうしね。もう充分頑張ったし、いいと思いますよ。
    今だって工場に顔出したり、家の方にまでお邪魔するようになったし、中標津には金沢さんもいるし、ボクちゃんとゆーみちゃん、池ちゃんもいる。川北にはともさんもいるし、別に寂しくないなぁ。ただ、これまでみたいに丘にあがる事があったとしても、一瞬になるのかな。
    当然足が向く回数も減るでしょう。事実、私はそれが怖くて、数年前から少しづつ開陽台から間隔を取ってきました。夏に丘に上らないだけでなく、丘に張らず池ちゃん所に世話になったり、弟子屈まできて中標津まで来なかったり。そう、自分で一気に私の目的地を消す事だけはしたくなかったんですね。
    大丈夫。ロクデナシ達はまたロクデナシな所で勝手に再会するから。ハイジーは充分その役目を達成したでしょう。私たちの人生の中で、消える事もないトレースが残っています。
    ま、そういう時代って事やね。役人体質や体制はやっぱり嫌いだなぁ。(役人個々は別ね)(^_^;
    PS.先生、これって書いて大丈夫?(^_^;

  3. より:

    でんでん、問題なし!
    打ち上げでとうさんが、みんなに公言したことだし、ハイジカウンターで昔から来ているキャンパー達にはかあさんから話していたしね。
    これが来春(開店)までに履がえらなくなった時、ハイジーのHPに改めて書いてほしいね。現時点では本当に来年で終了は決定していることは確かです。売店(お隣さん)との絡みもあってね。(売店のほうは、かあさんと一緒にやりたいといっているらしいけど)
    最後の年となれば、仕事の都合を付けてでもどうしても訪れたいと言う人もいるだろうし、そうゆう人たちが休みを取るのに早めに解ったほうがいいだろうしね。
    いや、ワシもね、ハイジの20周年を終えたらしばらく距離を置いて少しは他に目を向けようと想って今年は丘に向かった訳なのですよ。
    実は友人から海外バイク旅行を誘われていたのだけれど、それが今回の打ち上げに重なっていて断っていたのだよ。
    だからと言う訳でもないけれど、ワシもそれほどショックか、と言えばそうでもない。一度新展望台建設で免疫ができたのかな。
    実はキャンプサイト内を縦断するあの道が見える景色は今でも好きではない。カメハウスがあった頃の地平線から振り返ればテントのある草原より武佐を含む山々に伸びる緑の景色が好きだったのさ。
    何とか折り合いをつけてきたが、今年、展望台の従業員に限ってだが、テントサイトに車が常駐するようになっていた。更にお年寄りの方たち等が車であがってくると裏は車でいっぱいさ。階段を上り下りして苦労していたかあさん達のことは十分に判っているし、階段を上がれない方達を排除したいと思っているわけではない。誤解して欲しくないが、それらの人たちを非難しているわけではない。仕方ないことだし当然のことだとも思う、当たり前だけど、ワシだけの場所でもなければワシの土地でもないしね。これはワシの単なる個人的なわがままな想いとして、好きだった風景がこのようになってしまって気持ちがポッキリ折れて、「もういいかな」と今年丘に上がってみて思ってしまったのさ、マジで。
    その矢先の「ハイジの家終了」の話だったからね。今年の打ち上げはあまり酔えなかったヨ。
    ま、変わらぬものは無いってことさね。開陽台とハイジーの家には「ありがとう」を言えるよ。十分すぎるものをもらったからね。
    町の長期展望性の無さは同感ですな。
    な訳で来年も行かなくてはならなくなっちゃったかな。

  4. よんきち より:

    せんせい
    そうですか。でもあまり踏み込んだ話は公の場所なので控えますけどね…
    色々な考えがあって、色々な人がいる事を認められる私たちは、強制力を持った発言もないですし、ただ、独り言に近いものですよね。20年以上、開陽台を愛してきた立場から、一言独り言を言う位は許されると思う所です。
    ハイジーの家ウェブサイトには、かあさんに確認した上で情報は公開します。そして、もしも閉店したとしても、残すつもりです。内容は営業用サイトではなく、かあさんの連絡用みたいな場所かな。ランブルが続く限り、残します。これは私の義務だと思っていますので。
    先生の丘への思い入れも、私と同じようなものですよね。ひょっとしたら、我々以外でも、ここ最近開陽台にあがるようになった旅人の中でも、同じような気持ちを持っている人もいるかもしれないでしょう。最後までこの目で見届けるか、ある程度で自分でピリオドを打つか、はたまた思っていてもなかなか上れない人もいるでしょう。変わらず気持ちをもち続ける事ができれば、同じだと思います。
    勿体ないよね。こんなに自分の町を慕ってくれている人間が大勢、日本各地にいるというのに、守って行けないどころか、自分たちで足蹴にしちゃうような事を平気で考える人間がいるのって、本当に情けないを通り越して哀れ。
    私はもう閉店にはいかないと思います。でも気持ちは同じだよ。先生、よろしくね。私の分まで、先生に預けます。

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