丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

出雲がなくなる日

yonkichi, · カテゴリー:

長い間、若者の旅人をはじめ、多くの旅人を運んできたJRの寝台特急、出雲が今日で廃止になるそうだ。私は鉄ではないので正直な所詳しい話はわからないのだが、出雲は聴いたことがある。
鉄道は開発の象徴だ。鉄のレールが敷かれる事で、多大な経済効果を生み、人々の生活も大きく変わってきた。日本においても南北に長く、海に囲まれた土地を、端から端まで鉄道は通された。そしてそのレールの上を、色々な車両が走り、その車両は速度や乗り心地を改善しながら、輸送力をあげ移動時間といわれるひとつの空間をどんどんと狭めてきた。
その中で、寝台という電車は、遠くに行く時に、生き物が本来必要とする睡眠する時間をうまく利用し、移動させてくれるという特殊な乗り物ではないかと思える。まあフェリーなど速度が早くない乗り物には、寝ながら移動していくという意味では同じ方向性を感じるのだが、寝台というのは何故だかとても不思議な空間というのを感じる。
私が初めて乗った寝台は、上野から札幌までの寝台列車だった。仙台や盛岡など、真っ暗で誰でもいないホームを車窓から眺めていて、あまり眠れなかった。そして詳しくは憶えていないのだが、気がつくと青函トンネルも潜っており、倶知安のあたりで今自分がどこにいるのかを考えていた。北海道の地形も殆どわからず、札幌で乗り換え、また留辺蘂でスイッチバックし、網走駅に降り立った。長い旅だった。そして帰りも同じルートを辿った。
寝台というのは、私にとってはこの時のイメージが大きい。ずっとあの独特のリズムで線路を走る振動と音がしている中で、ペラペラの布団で寝る事は、まさにこれから網走まで行くという旅のイメージにぴったりだった。
出雲は山陰と東京を結ぶメジャーな寝台特急なのだが、最近では相当に利用者が減っていたそうだ。だからこそ廃止になるのだろうが、昔は列車の中は人であふれかえっていた時もあったはずだ。タイやインド、中国などの長距離電車をみると、少しその頃の日本の中の電車という画期的な乗り物の姿を想像できるような気がする。
私がずっとみたかったもので、山田洋次の「家族」という映画がある。先日とうとうDVDが出たので買ってしまったのだが、これは今はもうない中標津駅や上武佐駅、そして開陽台が映っている。内容はいわゆるロードムービーで、九州から北海道に移住する家族の旅を追ったものだ。私が生まれた頃、瀬戸内は黒煙が吹き上がる工業地帯だったり、大阪万博があり、ふとみせる大阪駅には今もそのおもかげがあったりするのが妙に嬉しかったりした。
この時代は電車は多くの期待と不安を持つ人々を載せていたはずだ。今は義務的に、そして車内ではひたすら睡眠を取るだけの移動手段になってしまっている。もっと電車には、気持ちを駆り立てる空気を持っていたと思う。そんな昔から変わらない空気を持つ出雲は、姿を消す事になった。
鉄でなくても、旅を感じさせてくれるものが消えるのは悲しい。速度だけでなく、スピリットを運ぶ乗り物は、これからの若者に必要なもののひとつなのではないかと思った。
写真はブルトレの写真が手元にないので…釧網本線のとある駅のホームから。
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