丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

北海道を旅する事その2

yonkichi, · カテゴリー:

北海道を最初に自分のバイクで走った1985年。まだ多くの国道や道々に未舗装路があった時代。未舗装路が好きな私のクセに、何を血迷ったかSUZUKI RG250ガンマ2型で初めての北海道だった。
オイルを2L、リアの振り分けバックに入れ、自炊用具といえば固形燃料とメタクッカーに、アルマイトの小さいコッフェルだけ。あとはシュラフと薄い銀マットをリアバックに入れて走った。16インチのフロントタイヤに、舗装前の深砂利ではハンドルを取られふらつきながら走った。しかし、そこに広がる風景は全てが新鮮で、広大で、味わった事がない気持ちだった。
もともとツーリングでもある程度はルートを考えて走る性格の私だったのだが、この時ほど行き当たりばったりはなかったと思う。前知識なしで、往路のフェリーの中で耳にした話と、ツーリングマップル1冊だけ。今でこそ情報が溢れて何の心配もない宿情報は圧倒的に情報量が少なく、それでも私は霧にむせぶ釧路西港を出て、青看板だけでR44に入り、開陽台へ向かったのだった。
雨の中ひたすら指先の寒さに耐えながら浜頓別で雨があがるまで北上し続けたオホーツク沿岸、これでもかと続くサロベツのダート、眠さと戦いつつ走った音威子府から比布までの間、陽が暮れてもなおその日休む場所が見つからない寂しさなど、とにかく初めての北海道であまりに多くの事を一気に学んだ。
そして多くは辛い思い出だったにもかかわらず、私はその旅の帰路の間に、来年はどう走るかを頭に思い描いていた。そして本格的に日本一周への計画を指導させ、最後にこの大地に戻ってくる事を決めていた。
都会生まれで都会育ちの私が、この北海道という土地に惹きつけられた力は相当なものだった。それからというものの、2001年までの毎夏は必ず丘に上がった。そしてそれ以降は夏に上がれなくても、春や冬に訪れ、年に1度以上、多くて4度道東を訪れる程見事に私が目指す場所として定着したのだった。
そして2002年の夏、初めて体調不良が原因で、夏の予定を全てキャンセルした時、これまでの自分と決別すべく、自分自身のポリシーとして生活に組み込んでいた北海道ツーリングを、あえて少しづつ外していった。そうでなければ、自分が自分なりに楽しめなくなってしまうという事が段々と判ってきたからだ。
もっと気楽に旅をするべきだ。北海道以外だって、いくら日本一周をしたからといっても、行ってない所はある。そういう所や、また違う旅のスタイルもあってしかるべきだと悟ったといってもいい。大げさだが、自分の中で貫いていたものを、自分から少しづつ崩していく事で、自分を見つめなおす事ができたのだと思っている。
近海郵船や有明発北海道行きのフェリーがなくなり、航路もどんどん縮小されていったのもそのきっかけかもしれないが、それでも小樽からだって苫小牧からだって、私が目指したのは道東の丘だった。
そこで毎年みかけた顔も少しづついなくなり、滞在日数もどんどん減っていった。反面、道東に根を張ったり、家族や子供ができても、手段はバイクではないにしろ丘にあがるようになった友人も増えていった。皆、昔とは違う。そうして丘に戻ってくる事ができるだけでも、恵まれているのだから。
北海道は、今でも走ると初めて訪れた時の匂いがする。風景もどんどん変わってしまってはいるが、それでも昔の面影は充分にさがせば転がっている。あの森の中を貫く綺麗な舗装路の高速コーナー、道のまん中に草が繁っているダート、太陽に照らされ眩しいばかりの光と影の森。いつだって北海道は待っていてくれる。
大した事じゃない。ただバイクで北海道を巡るだけの事だ。でも、実際に自分で走ってみると、それは判るはず。今年走らなくても、来年がある。そういう気になれた、21年目。
写真は夕暮れの霧多岬バンガロー。1987年の秋、しいたけ兄と一緒に1棟を借りた。バンガローの前にはしいたけ兄のGB400TTと私のSRX4YSP。他に誰もバンガローにもテントも人がいない、貸し切りの初秋。
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2 Responses to “北海道を旅する事その2”

  1. とのおか より:

    僕も、北海道を 走るたび、初めてバイクで訪れた時の匂いを 感じています。 友達と半分ハッタリで計画した 高校二年の夏。 空冷モノサスDT125で走った、多くの砂利道だった国道。 緑に吸い込まれるように続く、阿寒横断道。 絶対に神様が住んでいると確信した摩周湖。 そして、出会った人たちの温かさ。 27年が過ぎ、何度訪れた事だろう。(2年半住んでいましたが)  旅のかたちは たしかに変わったけれども、僕も17歳の夏に感じた あの匂い 今でも訪れるたびに 感じます。

  2. よんきち より:

    とのおかさん
    時代はともあれ、北海道という地が旅人に与えてくれた感じというのは、旅をした人だけが感じられる空気や匂いや気持ちなんですよね。
    確かに20年前は道もダートが多かったし、きれいな舗装路を走っているといきなり直角カーブでダートだったり、バイパスなんてなくて、小さい町がぽつん、ぽつんと現れては消えていくような走りの中から、あまりに普段生活している地とのギャップを感じた事も、理由のひとつなのかもしれませんね。
    今でも充分に北海道を感じさせてくれる地ですが、当時こうだったなぁって思う思い出のようなものも根底に感じられるのがちょっと嬉しいです。

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