丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

本州最北のフェリーが消える

yonkichi, · カテゴリー:

秋に東北に行きたいと考えている。久しぶりのロング・ツーリング。といってもバイクではなく、車で家族一緒だ。
今私にとって一番大きなプロジェクトはこの旅行で、途中宿と車中泊を取り混ぜた旅にしたいと思っている。その為に快眠できるベッドをという事で、平行してイレクタープロジェクトというものも動いている。
しかしいきなり不吉なニュースが入ってきた。東日本フェリーが大間-函館、青森-函館、青森-室蘭の航路を廃止するというのだ。フェリーがどんどん減ってきているというのに、この北海道と本州を結ぶ大動脈が切れるというのは考えられない。
燃料経費が莫大な負担になっている運輸業界はたまったものではないという事だろう。
しかし腐った政治家どもは保身しか考えていないものなのか。落ち込んだ消費が経済を立ち直らせるどころか、息の根を停めんばかりに放置されている。ダメおやじみたいな総理はさっさと辞め、税金を納めている人は一人たりとも心から国政を信じていないという状況は、一体いつまで続くのだろうか。まったくよくなる気配がない状況で、何を信じろというのだろうか。毎月給与明細で膨大な控除額をみては、何を見返りとして我々が受けているのかまったく感じられない。
フェリーはある意味、島国日本での重要な動脈だったはずだ。高度成長期を終え、私のような戦後生まれは、それこそ何をやっても大失敗は数えるほどで、働けば普通以上の生活を得られた親の世代よりも、余暇を楽しむという事ができる世代であり、時間をあえて使う船旅は発想と感情を豊かにさせてくれる乗り物の代表だった。
船の航路には橋ができ、長距離フェリーも需要がなくなり、鉄道や高速道路、航空航路は増えすぎたものの淘汰が始まっている時代。伝統的な文化も今の文化に変わってきてしまっている。
フェリーは私は色々ある乗り物の中でとても好きなものに属する。バイクに乗り始めて私の中で目標みたいなものに、自分のバイクでフェリーに乗り、そして目的地で降りる事だった。何か、旅に出たという気持ちを強くかきたてるのだ。
乗船時間33時間という北海道航路のフェリーの中の時間ですら、私は常にワクワクしていた。それがどんどん目に見えて消えていく。
これほど寂しい事はない。
国内3航路撤退を正式発表 東日本フェリー
写真は私が最も好きな航路、有明-釧路間を結んでいた、近海郵船のまりも。私が19歳の時初めて乗った長距離フェリーだった。この丸い湯船の風呂と、上下船時の緊張感が好きだった。
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思い出の林道が閉鎖

yonkichi, · カテゴリー:

丹沢は私が「トレールバイク」というものに興味を持ってから、真っ先に行き先としてあげられたエリアでもある。山奥や谷間を走る林道、それも未舗装の道にワクワクしながら、そこへ分け入る事がバイクライフと共に重要なテーマになっていった。
それは高校1年の夏の終わり。私は16歳になるのを待って、原付の免許を取ったのではない。実は16になるまで、まったくバイクに興味がなかったのだ。どちらかというと車、それもF1が好きで、中学時代から5つ離れた兄が読んでいたAUTOSPORTSを眺めていた。
しかしバイクのレースとなると、当時はゲルコートの白いカウルにゼッケンという、皆同じ車体に見え、いわゆるオートレースのようなイメージでしか見たことがなかった。しかし、ある日、クラスメートがホンダの新型原付、MB-5のカタログを学校に持ってきてから、私の人生は大きく変わった。
「カッコいいじゃないか」
素直な気持ちだった。
そして友人がちょっとだけ乗った中古のYAMAHA MR50を譲り受けてから、私はこのバイクはなぜこんな格好をしているのだろうと考え、それがトレールというジャンルに属するバイクだという事を知ったのだった。
そのMR50で初めて走ったのは、房総半島の嶺岡連絡林道と三島湖周辺の林道だった。これがとても楽しいという事が気がついた。しかし私は転倒を繰り返し、センスのかけらもないのかと悩んでもいた。
そして次に目指したのはR246を経てヤビツ峠を越え、犬越道林道で再びR246に戻ってくるというコース。正直ハードだった。しかし丹沢には多くの林道がある事をこの時知った。
そしてその後、XL250RcやKDX200SR、KLX650で何度となくキャンプで入り込んだのが、一昔前に大雨で中州に家族連れのキャンパーが取り残され、多くの死亡者が出た玄倉川に沿った玄倉林道だった。
中州でなぜキャンプしてはならないのか。そんな事は高校1年の私にだってわかったのに、あの事件で通行止めになった私の大事な玄倉林道は、その後行けなくなってしまった。
存在を思い出す事もなくなった頃、途中にある青崩隧道が完全に通行止めになるというニュースを目にして、むしょうに懐かしくなってしまった。
補強限界、歴史に幕/山北の青崩隧道
ここでキャンプや焚火をし、トレッキングをしたあの日を思い出す。行き止まりにあるユーシンロッジの雰囲気が目に浮かぶ。当時から地盤が弱いのを知っていたが、素掘りのトンネルのワクワク感といったらない。
都心からこんなに近い所で天の川や人工衛星が見られた貴重な場所だが、これも時代だろうか。
写真はその河原でテントを張って迎えた朝の私。
写真は20代の頃の私と、玄倉林道沿いでの野営姿。今はもうこういう事ができなくなってしまった。
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旅籠屋経験

yonkichi, · カテゴリー:

益子と笠間の陶器市の時、初めて利用したB&Bスタイルの宿、旅籠屋。犬もマナーを守れば泊まれるという事で、随分前からいつか泊まりたいと思っていた。
その名の通り、旅の宿としてはこのスタイルはとてもよい。夕食などは美味しいお店がその土地には結構あるものだ。宿の食事が悪いとは言えないが、自由度からしても私たちのような高級宿は一切泊まらない旅人にとって、B&Bや素泊まりができる宿は理想的なのだ。だからこそ、この旅籠屋はくーを迎える前から気になっていたのだった。
1度、予約をした上で、予定が変わってしまいキャンセルをした事があった。しかし快く対応してくれた事もあり、旅籠屋へは期待していた。そしてやっと今回初めて利用できたのだった。
丁度土砂降りの中のチェックインだったが、車止めには屋根があった事で、荷物を降ろし、由にチェックインをしてもらっている間、車を駐車スペースに回した。あとはそこから外廊下で玄関がそれぞれお屋外にある各部屋へまわれる。
部屋は広く、ベッドはダブルというよりもクイーンサイズのベッドが2つ。あとはベッドになるソファとテーブルがあり、ベッドから液晶テレビが見られるように配置されて、テレビ台は大きい鏡のあるテーブルの一部が使われている。そこは化粧台にも使え、また宿によってはイーサネットのコネクタも装備されているようだが、今回利用した所はそれがなかった。どうもあとでわかった事だが、フロントで接続ができるようだ。
色々買い込んできたものを整理しつつ、結局面倒なので立ち寄り湯にもいかなかったので、部屋の風呂に入る事にした比較的大きいが、ユニットバスなのでどうしても使い勝手はビジホと同じレベルであったりする。工夫のあとはみられるが、私はどうもリラックスして入れない。バックパックで1ヶ月位旅していれば、慣れるのだろうが…
片づけを終えて、明日の用意をしていると、由とくーは既に眠ってしまっていた。私もさて寝ようかと24時近くになって布団に入ると、頭の上で結構大きな音がする。隣か上のシャワーを使う音のようだ。他にも足音なんかも聞こえる。これはちょっとまいってしまった。
やっと眠れたのは13時すぎだったろうか。今度は朝5時半頃に、部屋の扉の前にある洗濯機と乾燥機から一定の感覚で音がするのが気になって目が覚めた。どうも早朝から乾燥機をかけているのがいるらしい。マナーもへったくれもない。
どうも深夜のシャワーは隣で、足音は上のようだった。これはちょっとたまらない。旅から帰ってから旅籠屋の事務局にメールしたのだが、初期の旅籠屋の建物は木造モルタルで音の問題がある事は認識しているとの事。23時頃に管理人が巡回し、騒いでいる客がいないかを確認するとの事だが、事前に構造の問題で音が響きやすいからという事で、宿泊客に注意をしっかりしていないのはまず問題だと思われる。
あと家族連れで子供がいる家を上のフロアに配置するのはどう考えても問題だろう。この夜、音がするたびにくーは目をさましていたが、一吠えすらしなかった。その日の宿泊客の配置を考えて欲しいものだ。犬連れだからコインランドリーの前の部屋でよいだろうという考えがあったのではないかとすら勘繰ってしまう。
折角よいビジネスモデルなのだから、もっと配慮や構造上で安心できるような作りにして頂きたいと思う。そして旅の疲れを癒して翌日の旅を安全に楽しめるような施設になって頂きたいと心から思うのだった。
近々仙台の旅籠屋も使う予定なので、そこは安眠できるように期待したいものだ。
写真は旅籠屋大洗水戸。デザインは基本的にどこも同じようになっている。
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