丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

「家」というもの

yonkichi, · カテゴリー:

家。「いえ」、「うち」。色々な読み方がある。
家というのは、一般的には帰り、寝て、出かけるという言葉通り、生活の基盤となる所であり、くつろげなければ意味がない空間だと思う。
ホームレス、マンガ喫茶で生活する人などもいるが、基本的には自分の身の回りのものを持ち歩き、テントやマンガ喫茶の個室のように、ある程度自分がくつろげる独自の空間を求めている時点で、それは家を否定した事ではない。
私自身も実家、そして自分が世帯主としての家などがある。自分が世帯主である家はこれまで2つ。
そして今度で2つめになる家への引越し予定まであと2カ月を切り、そろそろ色々な準備をしなければならない。
長らくマンション住まいな私。中学生時代までは、平屋の長屋に住んでいた。
新宿駅西口から徒歩10分弱という都会なのだが、当時はまだ土があらわになっている部分も少なくなく、それほど荒廃していなかったのだが、私が高校から大学に進む頃、スラム化が顕著化していった。
何度も夜中に奇声をあげる若者や、近所で犯罪がおきたりする回数が増え、ぶっそうな環境になっていく。自分のふるさとに東京以外の人が我が物顔でやってきてゴミを捨て汚し、去っていく。それがとても嫌だった。
50ccのオフロードバイクを手にしてから、舗装されていない山道をツーリングする楽しみを知り、すっかり没頭していった。その事からか、高校生の頃から八ヶ岳の麓に住みたいという夢を持つようになった。それはやはりそれまでの環境が影響していたのかもしれない。
いつしか北海道に住みたいと強く思うようになり、土地まで探す事になったが、現実に生活するという事を考えるとなかなか難しい。それは薄々感じていた事でもあった。
一番理想的なのは、都会ではなく、静かな環境で、人口密度が低く、高いビルがない場所。歩けば雑木林や土の道が残り、野菜の無人販売や駐車場が無料な大型スーパーがあり、河川敷や大型の公園にも歩くには無理にしても車で20分程度で行け、また充分通勤できる場所に住むというのは、案外一番すべてを満足させられる事なのではないかと思うようになったのだった。
くーとの楽しい散歩ライフ、旅に出なくても旅を感じ、くつろげてワクワクする空間。そんな家があったらどんなに楽しい事か。
それが、今回現実となる。正確には、それを一歩一歩進めているといってもいい。
写真は唐突だが今建築中の家。12月ころから新しい生活が始まる予定。
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くーの居る窓

yonkichi, · カテゴリー:

くーの家が着々と進んでいる。目玉とも、シンボルとも言える回廊階段ができたので、暑い日だったが、気をつけながらくーも連れていった。
階段には踏み板が450mm、蹴り板が150mmという高さで、1Fと2Fを結んでいる。その途中には、踏み板の高さで窓が3箇所つけられている。ここならくーは外が眺められるのだ。
中庭には2箇所、前面道路に1箇所その窓はあり、前面道路側を向いている所は、丁度中間点の踊り場である。
くーはこの階段を、昇りはシングルハンドでぴょんぴょんと、下りは1段づつゆっくりと降りた。踏み板に体がおさまるので、体が急角度に下を向く事はないので、今の階段とは大違いである。
写真はくーがその踊り場で外を眺めている所。目線の先は前面道路にいる建築家の先生。電話中である。
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くーの家の階段ができてきた

yonkichi, · カテゴリー:

我が家のビックプロジェクトでもある巨大な犬小屋、くーと暮らす家のシンボルでもある、回廊階段のベースができあがった。ここは新しい我が家の目玉でもあり、またシンボルでもある。
導線優先の家は機能的には優れているだろう。でも家というのはそれだけではないはず。日々暮らす事が楽しくなり、落ち着ける空間というのは、いくらでもアイデアが浮かんでくる。
しかし日本の住宅の殆どは、何LDKや延べ床面積が優先され、真四角で間仕切りが細かく切られており、その数字が大きければ大きいほど評価が高いなんていう、下らない基準がまかり通っていると感じる。
戦後大家族は減り、核家族化が進み、子供部屋がある事がよしとされてきている。今もそうだろう。しかし家族の暮らす空間はひとつでいい訳で、扉の向こうは何をしているかわからないような間取りが、今の家庭内崩壊やDV、犯罪の凶悪化などに発展していっているひとつの大きな要因になっていると感じる。
一言で済ます事は乱暴なのはわかるが、なぜ子供部屋がいるのかと思う。素通しの空間の中で、子供が今何をしているのか、家族がどこにいるのかがわかる空間こそ、家族が一緒に住む家ではないのか?今の建売住宅はそこに30年とかいう長い時間を暮らす事を考えて作られていない。
犬だって、生後2カ月は親と兄弟と一緒に過ごし、良い事や悪い事を体験しながら覚えていく。成長がゆるやかな人間こそ、個室が必要になるのは高校生ぐらいで充分なのではないだろうか。当然思春期を迎え、自分の責任で行動する事ができるようになったと判断できたら、個室でもいいとは思うが、もし個室が欲しいなら意識が自立できてからにしても遅くはないと私は感じる。
ダイニングとリビングが分かれている必要だってない。ダイニングはメシを食うだけの空間か?リビングとリビングを一体化する事で、家族が一緒に食事をし、くつろぐ空間として確立するのではないかと自問自答する。
日本の家は、何か間違っている。私はそんな家は欲しくない。だからこそ、巨大1LDKの家が欲しくなったのだ。
写真は1階土間と2階ワークスペースをつなぐ階段回廊。胴長短足のくーが踏み板の上で立てるよう、奥行きが450mm、蹴上げが150mmある。中庭をはさみ、家中どこにいても家全体が見渡せる。まあ小さい敷地なのだから当然でもあるのだが…
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