丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

片やドイツ、片や北海道

yonkichi, · カテゴリー:

友人が今、ドイツ北海道に居る。ネットを活用するようになって、彼らも旅先から写真やメッセージを送ってくるので、ちょっとした旅気分を楽しめる。
私自身も同じような事をするのだが、基本的に仕事の為にドイツに行っている友人は覗いて、旅先でいかに自分が幸せな時間を過ごしているというのを、親しい友人に見せびらかすのは楽しい。逆にそれを都会で眺める側としても、ちょっとだけ彼らが今いる場所の事を想像しながら、気分転換になる訳で、それほど悪い事ではない。
私の仕事は海外出張は今ではまったくあり得ないのだが、10年ちょっと前は、海外の顧客向けにシステム構築するなんて作業も話題に登っていた。ただ実際出張する事はなかった。せいぜい大阪出張位だった。海外で仕事をする場合は、なかなか気分的にもプレッシャーがかかるので、決して観光気分ではないだろう。
ただその友人はどんな状況でも写真日記のようなものを更新し続けているのが凄い。継続は力とでもいうか、私は結構現地でドタバタしている時は、おっくうになって音信不通になりがちなのだが、そんな状況をも楽しんでしまう事ができるのだろう。
反面北海道などでは余裕の度合いが違う。今道東にいる友人は、8年前に和琴で結婚式を挙げた夫婦とその娘。まさに今日はその和琴の周辺で宿を取るはずだ。3月に我が家もその周辺をベースにして、3泊4日の旅をしてきたが、やはり自分の車で北海道に渡り、巡るのはいい。できればバイクでという気分になる位、今日は気持ちのよい北海道らしい天気のようだ。
ブログが普及して、多くの人が日記を書いているだろうが、やはりパブリックなネットワーク上に公開する訳だから、第3者に読まれる事は必然だ。当然更新されなければ面白くない訳で、その内容がリアルタイムな旅先だとやはり楽しいものだ。
しばらくライブな書き込みをする予定がないのだが、その間は友人達の旅を覗かせてもらい、茶々を入れて楽しませてもらおう。
よい旅を。
写真は彼らとの晩秋のキャンプ。富士山がちょっとだけ覗いているサイトで。
20060802.jpg

北海道を旅する事その6

yonkichi, · カテゴリー:

フェリーに乗る事がちょっとした夢だった。子供の頃は、船でどこかに行くという事は、せいぜい公園の池でボートを借りて、1時間程度漕いだあと同じ桟橋に戻ってきたり、船で釣りに行って同じ港に帰ってくる事だったのだが、対岸に渡る為にあるフェリーという乗り物に乗る事が憧れでもあった。
それは自分が行けないような遠くに連れて行ってくれるような乗り物だったからだ。海という自力ではどうにもならない場所を渡してくれるもの。とても力強く、それも自分が乗っていた乗り物も一緒に運んでくれるという事で、旅心をかきたてられた。
最初に乗ったのは東京湾フェリー。川崎から木更津まで70分で結ぶフェリーだ。これに私は原付免許を取って2カ月たった頃、MR50と共に乗り、房総半島へ渡った。船に乗り入れる時と降りる時の不安定なアプローチを通り抜けるだけで、何だかとても緊張した事を思い出す。
そして長距離フェリーとなると、いやがおうにも旅心は盛り上がる。20時間とか30時間の船旅は、私にとってとても短い時間だった。暇だとかやる事がないとか言う人も多いが、私は自分の愛車と共に、目的となる北海道に向けて大海原の上をゆっくりと進む船の上は、この上なく贅沢で、気分がよい時間だった。
フェリーは主に、コンテナやトラックなどが物資の輸送にコストを抑えつつ、自走するよりも早く確実に送り届ける事ができる事から、輸送業者がメインの顧客だ。そんな中で、旅行が目的で乗る人用に、船室や乗用車が格納できる場所を少し確保してある事が多い。
丁度20年位前からバブルが絶頂の頃までは、船会社も豪華な付加価値を船体に求め、採算度外視で豪華フェリーを造船した時代だった。それは今では旅客スペースが全てなくなり、RORO船となって荷物を運ぶだけのフェリーになってしまった航路も少なくない。不思議と日本海航路はまだまだ旅客向けフェリー業界が活発で、新造船の投入も活発になっている。太平洋路線はどんどん縮小する一方なのは、東京に住む私としてはこれほど寂しい事はない。
私が一番利用した近海郵船フェリーは、まりもとさろまから始まり、ブルーゼファーとサブリナの時代だった。前者はしばらく東京釧路間から別の航路を運行していたようだが、後者は韓国と中国の国際航路を今も運行していると聞く。愛用した風呂や、プロムナードギャラリー、体を焼いたデッキは今どうなっているのだろうかと思う。
往路では、30時間強の航行を終え、釧路西港に接岸したあと、霧がけむる釧路の町に走り出すワクワク感があり、復路では旅の終わりと船で食べる海産物を一杯積んで、急な乗船アプローチを登る時の不思議な満足感が、私にとってのフェリーの醍醐味だった。
沖縄行きで48時間以上かけた波之上丸よりも、父島まですし詰めになって渡ったおがさわら丸よりも私にとってのフェリーは北海道航路が一番だ。
島国日本。もっと船旅を楽しむべきだと思う。恵まれた環境に居る事に、実はあまり日本人は気がついていない。
写真は1989年の夏、まだ近海郵船フェリーがまりもとさろまの時代。釧路到着した友人を迎えに西港に立ち寄り、GPz900Rを私が船から降ろしたのだった。このあと、霧多布岬で泊。
20060715.jpg

北海道を旅する事その5

yonkichi, · カテゴリー:

北の海の恩恵は、海の幸が素晴らしくおいしいという事が一番理解し易いのではないだろうか。北の厳しい海は、魚介類から海草類まで、全てに試練を与えると共に、大いなる栄養分も同時に与えてくれている。
冬には流氷が接岸するという極めて珍しい環境なのも、その理由のひとつのようだ。海流も早く、強く吹きつける風も、海を鍛えてくれる。そんな厳しい環境の中、人間は漁をし、農作物を作り、生活をしている。
北海道に行くと、いつも楽しみなのが海の幸。もともと東京生まれの東京育ちの私にとって、魚は苦手な食べものナンバーワンだ。骨が綺麗に除けない魚なんかはとんでもなく苦手だ。ただ苦手なだけで、食べられない訳ではない。魚に限らず面倒な食べ物は苦手なのだ。
蟹にしてもウニにしても、そんなに食べたいと思わない。しかし多くの人は、これらを目当てに北海道に行くほどだ。確かに新鮮なものは何でもおいしい。以前、宮城の女川から船に乗り、ホヤを食べに行ったのだが、とれたてのホヤはクセもなく、食感がなかなかおいしかった。そう、魚介類については、鮮度によって全てが決まるといっても過言ではない。
だからこそ、新鮮な海のものがすぐ近くで取れ、すぐに食べられる環境である北海道が、それだけ恵まれている。それだけではなく、北の厳しい海で揉まれた魚介類は、脂も乗り、力強い食感で本来のおいしさを味わう事ができるのだろう。だからこそ、苦手な魚介類ではあるが、北海道では好んで食べるのだった。
その中で、やはり日本人としては鮨が一番だと私は思っている。いきつけの鮨屋は、オホーツクに面した港の近くにある。もうそこには30回以上行っているはずだ。そこで鮨を食べるだけに、300km走るなんて事だって珍しくない。わざわざルートを鮨屋経由にしてしまう程だ。そして鮨屋までノンストップ・無休憩で走り、へとへとに疲れながら食べるという事も好きだ。別にしたくてそうするわけではなく、鮨を食べるがために、少々無理なルートを取り、スケジュールを組んでしまうからでもあるのだ。しかしその苦労も全て、食べれば報われる。
また鮨屋でも必ず頼むのはあら汁。真夏でもこのおいしさといったらない。北海道といえば、ジンギスカンやチャンチャン焼きなどは定番なのだが、私としては北海道に行くなら是非鮨を食べたいと思う。
それだけではないのは確かだ。乳製品も素晴らしくおいしい。アイスクリームなどは、あれば必ず食べる。キャンプしていても、よくアイスだけは食べていた。北海道限定の食べ物もいろいろあるので、それも楽しみだ。
もともと旅をすれば、その旅先の味というものを求めるのが当然と思っていた。それがあまり美味しくなくても、その土地を風景や人だけでなく、味でも感じたいと思うからだ。沖縄では沖縄の、九州や四国ではそこの郷土料理を食べるのが楽しみだし、旅の思い出と共にその味も一緒に記憶したいという所なのだ。
北海道は味という意味だけでも行く価値はあると思っている。他の地では味わえない味が沢山あるからだ。その出会えた味に感謝し、旅する事を感謝する事が素直に嬉しい。
写真は羅臼の某有名な豪華海産物が食べられる宿の夕食。これが始まりで、際限なく海産物が出てくる。どれもすばらしく素材がよいのでおいしのだが、最後は食べ飽きてしまう程だ。
20060714.jpg