丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

夏の計画は如何?

yonkichi, · カテゴリー:

そろそろ夏の旅の計画が本格化してくる時期だ。お盆をターゲットにしている多くの人々は、既に戦い終わり、あとは旅立ちを待つばかりという人もいれば、玉砕し予定変更を余儀なくされている人もいるだろう。私も毎年、フェリー会社に電話をかけまくったり、フレックスを使ってフェリー会社の支店に朝から出向いたりしながら、チケットを確保していた。
丁度ピークと言われる8月の中旬のお盆にかかる1週間は、年末年始やカレンダーの並びのよいゴールデンウィークと並び、予約を確保しにくい時期の首位を争っている。会社員になってから、4夏ほどこの時期に北海道に渡ったのだが、それはもう人の多さは強烈だった。
私としては一番好きなのはお盆の次の週から8月の月末にかけて。一番道東の天気が安定すると経験から感じる時期だ。7月は案外雨にふられる事が多いし、9月は静かだが中途半端だ。どちらかというと9月に旅に出る事が多いのだが、特に好きな季節という訳でもなく、旅人の残り香を感じながら、道東を旅するのが好きだった。
ただ圧倒的に若者の旅人は減っていて、それでもいない訳ではない。そういう20歳以上離れた若者の旅人と会話をする事は少ないがある。彼らは私たちをどう思っているのだろうか。私が旅していた頃、うさん臭そうなオヤジの旅人もいた。会話は面白く、ベテランの旅のエピソードを聞く事は楽しかったのだが、果たして今の若者はどうなのだろうか。
旅人の出会いは一期一会。しかし、その出会いが人生をも変える。私が最近、すっかりくーと毎週のように出掛け、旅もバイクを出す事は殆どなくなり、車で一家で出掛けるようなライフスタイルになっても、その頃に出会った友人たちとは変わらず連絡をとっている。何人か連絡が取りにくくなっているのがちょっと気がかりだが、きっと元気にやっているのだろうと思えるのも、この一期一会の仲だからなのかもしれない。
昨夏はくーと初めての北海道の旅だった。わざわざキャンプ用品を持ってレンタカーで巡った道東は、また違った楽しみがあった。ただでも、やっぱりバイクでシンプル化した家財道具をリアに縛りつけ、旅をするのとは違う。時折その時の気持ちを思い出しては、一人ワクワクしたりしている自分がいる。
右に左にバンクさせながら、交通量の少ない森の中を走る。宿泊地に決めた場所について、どこにテントを張ろうかと考えている時間は、何を食おうかという事や、風呂はどこに行こうかという、ちょっと焦りを感じながらテン場をうろつく姿、そして何人かの旅人とちょっとした会話での交差を思い出すのだ。
ちょっと一人旅に出られないのが悔しく思う時もある。でもそんな旅を20年以上も続けてきたのだから、今はくーや由と一緒に旅をしたり、遊んだりする時間を優先してもいいと思いつつ、我慢といったら言い過ぎかもしれないが、諦めるのだった。
まだ走れる自分の体がある限り、慌てなくてもいい。今しかできない事をしよう。そう思う夏の準備の季節。
写真は昨夏の開陽台近く。いつものストレート・ダートにくーを座らせて。
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21年目のハイジーの家

yonkichi, · カテゴリー:

私がウェブサイトをサポートしている開陽台ハイジーの家が、今シーズンの営業を開始した。
ひょっとしたら最後になるかもしれないシーズン。スタッフの皆さんは、きっと秋口までそんな事を考える余裕はないだろうが、悔いのないシーズンを送って貰いたい。私がまだ若く、日々の暮らしだけを考えて、日々何を食べ、今日はどこに行くかという事だけを考えていればよい旅の日々を送っていた時、当時のハイジーの家のボックス席に何度も座った。
そこで出会った連中は、会う回数は少ないといえ、今でも繋がりがある。今になって、mixiで久しぶりなんていうのもある位、時代も変わってしまったが、人と人というのはやっぱり出会いというのが大事であって、そしてその後に長く付き合う事になる連中は、おのずと決まってくる。でも始まりは出会いからなのだ。
ハイジーの家は出会いを沢山くれた。スタッフはその時から今まで変わってきたが、かあさんはやはり中心人物だった。忙しく厨房で中華鍋を振るうかあさんを、丘の風景と共にぼーっと眺めていた。自分の母親とは違った目だが、私のかあさんなのは間違いなかった。
1997年、私は由とここで結婚式の真似事をした。かあさんは、適当に私たちが仲間が祝ってくれればよいと思っていたが、自分の娘さんに声をかけ、標津からわざわざ牧師さんを呼んでくれた。かあさんは、そして誰よりも私たちのイベントを喜んでくれた。
ハイジーの家は私の一人きままな旅人の時も、結婚式の時も、結婚後かわらず旅人として丘にあがる私の傍らにあった。いつしか、かあさんだけでなくとうさんや元気な娘さん3人とも顔なじみとなっていく。
そして今年も多くの旅人が丘にあがり、素晴らしい風景を感じ、旅人と出会ったり、再会したりするだろう。今シーズンという時間を、最後という意識の中ではなく、開陽台という素晴らしい場所を見守ってきたひとつのシーズンとして、過ごしてほしい。
きっと私たちが生まれる前から、そしてこの世からいなくなった後も、この場所はあるのだから。長い歴史の中の1ページという事で、それ以上なにもいらない。ただ、確かにここで人の出会いが開陽台から見える星の数ほどあったというのは、事実なのだから。
開陽台ハイジーの家21年目シーズン、オープン!
写真は昨年夏、開陽台の朝。本格的な装備を持っていけなかったので、川湯のちゅっぷのパンと地元のチーズで質素な朝食。
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置いて行かれそうな雪の話

yonkichi, · カテゴリー:

どんどん春めいてきたので、あわてて先日の北海道の話を少し。
北海道では久しぶりにスノーシューをしてきた。以前、野中温泉に車を停め、そこからすぐに森に入り、沢沿いにオンネトーに降りてオンネトーの凍った湖上を縦断。オンネトー野営場でカップラーメンの昼食をとり、そこから湯の滝まで歩いた。
結構森の奥深くまで足を踏み入れた気分だったのだが、夏の雪のない時期だと結構あっという間だ。この時のスノーシュートレックに比べたら、今回のは殆ど散歩程度だったのだが、今回は広々とした屈斜路湖岸を歩く事ができで、結構気持ちがよかった。
冬の森を散歩するのも楽しいのだが、広々とした所もよい。ただ風が穏やかな事が条件だが…。
森の中だと多くの野鳥の声を耳にしながら、双眼鏡でその姿を捕らえる事に熱中する。残念ながら野生動物に会う事はできなかったのだが、運よく立派な体をしたアカゲラと出会う事はできた。ドラミングが雪の積もった森の中をこだまする。ザックザックと音をたてて歩くスノーシューを停めて、聞き耳をたてたりした。
屈斜路湖の湖上もどんどん溶け始めており、砂湯や和琴のあたりは例年よりも湖面がのぞいていた。トレッキングした場所も、うっすらと湖面が湖岸に沿って口をあけており、ここも地熱が少し高いのが伺い知れた。地球は生きているのがよく感じられる。
雪が一度軽く溶けて固まったザラメ状だったので、歩くのも少々疲れた。しかし動向した由のお母さんや叔母さん、妹さんは普段あまり運動されていないとは思うのだが、楽しんでくれたようだった。記念写真を撮って、きっと神戸に戻って色々な話しを孫や娘たちに話ている事だろう。
写真はその屈斜路湖畔でのスノーシューの風景。
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