丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

北海道を旅する事その1

yonkichi, · カテゴリー:

夏は北海道。バイクに乗るものの多くは、北海道を荷物をリアシートに積み、旅をしてきた。私もそんな旅人の一人だ。
北海道に魅せられたきっかけは、今でははっきりと思い出せない。今、何かきっかけだったかと言えば、バイクに載り始めた頃に読んでいた雑誌や通っていたショップで、バイクでツーリングするなら北海道という図式は当然であり、また憧れでもあり、定例でもあった。
夏前になればどのレース専門誌以外のバイク雑誌で、北海道を目指せと特集が組まれていた。高校生当時、お約束のように広告ばかりのオートバイ誌や、モーターサイクリスト誌、モトライダー誌、ミスターバイク誌などを読んでいた訳で、北海道の特集になればその号は保存版になった。
また毎年夏前になると出るツーリングガイドのような本も、内容はどうあれまず購入していた。多くは新しい情報を得られる事はなかったが、何より最新の旅人の口コミを読みあさっていた気がする。
そして私は大学の研修で、広大な網走の大規模農場に住み込みで働く事になり、初めて憧れだった北海道の地に立ったのだった。時期的には、18歳のだったはずだ。私は丁度車の免許を取っている最中で、仮免に受かった直後だった。
研修地では軽トラを運転させて貰ったり、時折道に迷って大規模農道に入り込んだツーリストをみては、収穫作業の手を休めて、額の汗を拭いながら、目で追った。その時に、それまで迷っていた私は、夏が終わる頃にこの地に自分のバイクで戻って来ようと思ったのだった。
フェリーの路線は知っていたが、いつ出発するかなんか調べていなかった。それまでに聞きかじった知識で、荷物を積み込み、0時前に出航するはずの北海道行きのフェリーに乗るべく、一人で銀座を抜け、有明埠頭へ向かった。
その時の都心の蒸し暑い夏の夜の空気は、まさに今日の都心の空気のように、ねばっこく体にまとわりつくようなものだった。
フェリー埠頭に着くと、頭の中ではずっと苫小牧から始まる旅をイメージしていたにもかかわらず、その夜は苫小牧行きはなく、釧路行きだけが出る事を知って、愕然としたのだが、予定どおり東京湾を巨大なフェリーに愛車と共に乗り、岸を離れたのだった。
北海道への旅は、いきなり旅から始まったのではなく、農家での仕事というちょっと一風変わったデビューだったのだが、自分では想像以上に北海道の魅力にその後、まいってしまうのだった。
私の北海道への旅は、このように蒸し暑い都会の夜から始まった。だから、こういう時期になると自然にその時の気持ちを思い出す事になる。こういう記憶は些細なものだが、仕事や都会に疲れた体や頭を、すーっとあの旅した日に少しだけ戻してくれるのだった。
北海道。それは私にとって何よりも気持ちのいい場所。その北海道を、今年はどの位の旅人が訪れるだろう。
写真は1985年、初めてバイクで北海道を走った秋。ウトロを朝に出て、がむしゃらに雨の中を走りきり、猿払あたりから雨があがり、宗谷岬近くで一息ついた所。
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七夕の祭り

yonkichi, · カテゴリー:

七夕といえば、短冊に願いを書いていたのははるか昔の事だった。童話の中の七夕は、あまり楽しい話ではなかったし、そんなに好きではなかった。しかし祭りのようなもので、イベントとして七夕という日がある事が当然であるように、毎年やってきては過ぎていった。
こんな日に公道でパフォーマンスが行われるというのを知ったのは、バイクに乗り始めてしばらくたってからだ。若かりし頃、それに思いを馳せ、いつか参加してみたいなんて思ったのははるか昔。でもその話を思い出しては、ちょっとワクワクしたりしている。
目的地は内地のとある湖だったり、北海道のとある湖だったるするその祭りは、もう20年位続いているのではないだろうか。元祖といえる北海道のとある湖まで行われる祭に、同じ丘の住人が参加しているのを知ってはいたが、最近になって交流が深まった。不思議なものだが、犬好きでもあり、そして現役のツーリストでもある訳で、そうなるのは必然だったような気もする。
今年は彼は内地のとある湖までの祭りに参加したらしい。熱い走りは変わる事がなかったそうだ。真似したいともそうなりたいとも思わないが、一人のツーリストとしてまだまだそういう話を聞くと嬉しくなる。
スピードでも距離でもなく、根底はバイク乗りであり、旅人なだけだ。そして面白い事に、どうもおない年らしい事も判ってきた。同じ世代というか、当時の社会的にみた環境が旅人を育んだのだろうか。
七夕の日、熱い魂たちは自分の中の自分と葛藤しながら、湖を目指したのだろう。それがちょっとハズれた行為なのかもしれない。周囲にちょっとした迷惑な行為をしてしまうのかもしれない。程度の問題でそれを容認するようなのはおかしいかもしれないが、私はもっと悪意のある行為で他人を危険に追いやっているような連中には毎日ようにみかける。それと比べれば、やはり違いはあると思うのだ。
走る魂たちに幸あれ。
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雨の足寄峠

yonkichi, · カテゴリー:

夕立の豪雨の中、職業ライダーが町を走り抜けていく。正直あまり美しいライディングスタイルではないが、彼らはどんな天気だろうが走らなければならない。
ただ町にはマナーもへったくれもない無茶苦茶な運転のスクーターも目立つ。ラジオでは、最近バイクの事故で多くがヘルメットの顎ひもを締めないで重大事故になる事が多いので、しっかりと締めましょうというコマーシャルすらしている。
自分の命を粗末にするのは、自分の人生だから別に誰も干渉しないが、周りかける迷惑度というのはとんでもなく高い。それこそ何も影響がなくても、近くを通り掛かった人でさえ、気分が悪くなる訳だ。はっきり言って迷惑千万以外何者でもない。
職業ライダーのような強制力もなく、無法者ライダーのようなポリシーのない乗り方でもないツーリストは、マイペースだが実はとても風景に溶け込める能力を持っていると思う。
雨であれば、雨の中にいる事が一目でわかるスタイルで、晴れていれば刺すような日差しの中で光っている彼らは、旅という中で、その地に溶け込んでいるのだ。
私ここ1~2年は走っていないのだが、まだまだその血は薄らいでいないと思っている。乗ってナンボのものと言われる事もあるが、私は降りたつもりもないし、今でも旅に心ときめく。バイクをみれば、あの足元にある鉄のカタマリが唸りをあげて右手の動きにリアルに反応するノイズが聞こえる。雨の中走る時の、全ての音がどこか雨に溶け込んだような鈍い響きを思い出すのだ。
雨の中を走るのは好きではないが、旅で雨の中走った時の事は、晴れの日よりもリアルに思い出せたりする。由と一緒に石北峠を越え、北見に入る手前で降り出した雨を避けようと、レインウェアを着る納屋を探した時。濃霧でコンペシールドが濡れ、30秒ごとに左手の人指し指を使って水を拭いながら走った百人浜付近、ずっと雨に振られ、7泊の間一歩も丘を降りる事ができなかった開陽台での傘でテントとハイジを往復した日々。そんな辛かったけど思い出深い雨の情景は、こうして今でもはっきり思い出せる。
梅雨時の旅人に、全ての雨のツーリストに、幸あれ。
写真は苫小牧にフェリーで朝6時に上陸し、ひたすら走り続け、10時01分に足寄峠の手前で強い雨に降られた時のもの。レインウェアを引きずり出して、着用したあとに撮影。
これから阿寒温泉街脇を抜け、阿寒峠を下り、弟子屈を抜け、開陽台へ。サイト脇に到着したのは11時30頃だった。デジタルカメラでは、日付は入れないが、データのプロパティを見ると、日付と時間が正確に分かる。
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