丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

流氷観光の準備

yonkichi, · カテゴリー:

さ来週から北海道へいく予定だ。その時に借りる車が、マツダレンタカーのMPVという車種にした。車種指定でクラス指定よりも安かったのだが、たかだか4日間なのに5万弱もかかるレンタル料金はさすがサイズが大きいだけの事はある。普段マツダレンタカーを使う時は、ほぼ確実に1300のデミオなのだから。
また高い理由はオプションになっている4WDの分というのもある。スタッドレスは標準としても、4WDでないとやはり安心して走れない。それにナビも必要だろう。オプションなしだと4万ちょっとだったのだが、随分高くなってしまった。でもほかの業者ではもっと高くなるので、あきらめるしかない。
そのMPV、結構昔から好みなのだが、さて実際に大人5人乗車で、プラスくーとクレート、それぞれの4日分の荷物というのがちゃんと乗るのだろうかと気にしている。
MPVと同クラスはフレンディというミニバンなのだが、背が高い車があまり慣れていないのと、そんなに荷物室のサイズが変わらないような気がして、MPVでいいかなと思った。丁度フルモデルチェンジしてしまったので、車内の資料がウェブからは消えてしまった。路上駐車しているMPVをみつけてはのぞいてみるのだが、なかなか荷物室のサイズや最後尾の席のサイズなどがよくわからない。
今になって最前列以外は対面シートになる方が喜ばれたかなとも思ったり、荷物が乗らなかったらくーのクレート置き場に使うシートの前やクレートの上に荷物を積み上げる事になるかと思ったりと、色々心配が耐えない。今の時点で心配していてもしょうがないと言われるかもしれないが、まあそれが私の性分なのだ。
ただこのような車種は最低地上高さが低いので、吹き溜まりには気をつけなければならない。道東は風が通る道によく白い吹き溜まりができていて、乗り上げてしまうと動けなくなってしまうからだ。自分の車ならスコップを装備しているのだが、今回はそんなものも載せる余裕はないだろう。
羽田までロッキーで行き、民間駐車場に入れる予定なのだが、これも安航空券の業者が格安で使えるチケットを送ってくる出発1週間前にならないと予約ができない。まあそんなに混む時期ではないので大丈夫だと思うが、なんせ今回は大阪と東京から、女満別で合流し、帰りはその逆という事で、少しでも安いチケットを探すので苦労した。まだ安心はできないが、無事女満別でさ来週の金曜に会え、無事に旅ができる事を祈るしかない。
私と由の装備はきっと最低限。でも遊び道具は持っていくだろう。スノーシューは友人の所で借りるとしても、結構な出費になりそうだ。まあそれでもくーを冬の北海道に連れていく計画が実行できるので、楽しみでもある。そしておいしい鮨にありつける事も楽しみだ。
流氷の接岸状況をみていると、まだまだ大丈夫そうだ。いつもこの時期に道東に遊びにいく時は2月の中旬なので、今回はほぼ1カ月遅いのだが、これも参加調整の為。例年は結構3月下旬までは流氷にあう事ができると思っている。
網走からの流氷観光船、おーろら号の予約は現地入りしてからでもいいかなと思っている。今週末のディスク大会が終わったら、本格的に用意を始めねば。
写真はその網走の流氷観光船、おーろら号。観光客でごった返していたり、予約が必要だったり、俗化しているのは確かなのだが、双眼鏡など結構楽しめる。
20060223.jpg

八重山からの便り

yonkichi, · カテゴリー:

友人が八重山に行っている。羨ましい。すっかり八重山からは遠ざかってしまったのだが、今年中にはくーを連れて行きたいと思っている。八重山でなくても奄美大島でもいいと思っているのだが、JALのクーポンでいく事になると思う。
くーにとっては暑いのが苦手なので、真夏はまず無理だ。GWでも厳しいかもしれない。この調子だと今年の後半になる感じだ。その前に来月下旬あたりにはまだ雪を求めて遊びに行きたいとも思っている。
八重山はウチナータイムという時間が流れている。くーを連れて慌ただしく旅するのではなく、停滞型でゆっくりしたい。ただ犬の宿泊が許可された場所については、あらためてリサーチしなければならない。奄美ではちょっとよさげな宿をみつけて、昨年アサインしたのだが、予定した日程は満室だった。宿の人も残念がってくれたのでそこでもよい。八重山だとできれば竹富あたりでゆっくりしたい。波照間は日帰りかな、などと思ってみる。それよりも犬は高速艇に乗れるのか?
石垣まで飛ぶと、くーにとってはこれまでの最長距離になる。ましてや直行便なら往復2度、クレートに入れられて飼い主としばらく別れ離れになる事で済むが、本島などを経由して飛ぶとそれが倍の4度になってしまう。できれば2度で抑えたい。そうなると日程もちょっと厳しい事になるだろう。色々適当にフライトを決めていた頃と違って、できるだけくーに負担をかけないようにと考えると、難しくなってくる。でも一度は日本の最南端に立たせたいと思うのだが、それもくーにとっては大きなお世話。飼い主の一方的な願いなのは確かなのだ。
これまでは由と一緒の時も100ccのレンタルスクーターだったし、一人の時も50ccのスクーターだった。しかしくーが一緒となるとレンタカーになるだろう。まあ竹富とかは歩いて少しだけ廻る事しかできないだろうが。少しづつ暖かい日が増えてくると、自然と旅に出たくなってくる。そういう時、自分の中で冬に眠っていた旅人の血が騒ぎだすというものなのだ。
虫や内地にいない動物も多く出てくるので、くーから目は放せないが、できれば米原でテントを張って数日過ごしたいと思ったりもする。まあでもできる範囲でくーと旅をし、潮の香りのしない美しい海でくーを遊ばせたいと思うのだった。
写真はその友人がmixiの自分の日記にここのそばを今食べている、と書き込んでいた、石垣の丸八そば全景。私はここの三枚肉そばが好きだ。
20060222.jpg

旅を残すという事

yonkichi, · カテゴリー:

開陽台が翌年大きく変わってしまうという事を知った1994年の夏。私はビデオカメラを新しく買い、会社を2週間休んで夏の旅を記録した。そう、私はノンフィクションが好きだ。SFも嫌いじゃないのだが、ノンフィクションがドラマチックではなくても好きなのだ。
ドキュメンタリーという題材で、いつかひとつの物語を文章にしたいと思っていた。文才がない私にとってはそれは無理な話。映像ではそれに似たことができるのではないかというのは、先日書いたブログの中の通り、一人の旅人と知り合ってから、一段を熱を帯びてきた。
ビデオはそれまでもそれなりに使ってきた。ただ編集という事がどうやっていいのかわからず、繋がった動画を一度見るだけばかり。そう、二度目をみたいと思えるようなものではなかったのだ。
それが編集という事を知ってから、何度も何度も飽きずに見るようになった。それが見る毎に思い出せるシーンが増えていくので、やめられない。そういえばあの店にはあれが売っていたなとか、あのあたりにルルが出るんだとか、この時火傷して大変だったんだよなとか、それまですっかり忘れていた事が鮮明に頭に浮かんでくる快感は、なかなかやめられない。時には涙さえ出るほどなのだ。
96年には変わってしまった開陽台を、9日間の旅の中で記録し続けた。ひとたび二度と訪れる事はないとまで思った場所に戻ってきたのは、そのビデオ映像の中に理由がしっかりと残っていた。ひとつの建物があるだけで、写っている旅人は何ひとつ変わらなかったのだ。そして彼らの笑顔も偽りではなかった。
時代は流れ、人も入れ代わる。そんな中で私たちがどういう風に過ごしてきたか、ひとつの歴史を刻んできたのかという事は、大した事ではない。事実は私や友人の旅人がそこに居たという事。誰に報告するまでもない、自分の中だけの、自分だけの思いだ。その映像を残すという事は、まさに自分の為。誰にみせるものでもなくてよい。
しかしそのひとつの歴史を、自己満足でよい、何かしら形にしてみたかった。それが映像であり、写真であり、文章だった。それをもしも興味を持ってくれる人が居れば、これほど嬉しい事はない。
そんな自己満足のビデオの中の映像を切り取ってみた。虹別林道をアクセルワイドオープンで駆け抜けるシーンをビデオで撮影したもの。Hi8から2度のダビングを経てmpeg化。それをキャプチャ化したので荒れが目立つ。
20060217.jpg