丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

犬仲間との旅

yonkichi, · カテゴリー:

くーが我が家の一員となってから、犬仲間と一緒に旅行にいく事が増えた。泊まりの旅行では、昨年のキャンプや先週末のスノーシューなど。正直、これまでとは別の文化というか、これまでのようにいい加減な予定や内容ではよくないような気がしていた。
現地集合現地解散。途中でもしも合流したら、相手の動きをみてフィールがあえば、一緒にランを楽しむというようなバイクと違って、犬も奥さんも乗っている車であったり、動力性能が圧倒的に差があった場合は、なかなかタイミングがあわないものだ。
学生時代の友人や、会社の友人とどこかにでかけるとすると、なかなかしっくりこずに妙に疲れるというのもあった。犬仲間という人たちはどんな人なのだろうかと少々気になりつつ、探りをいれているという感じだったりする。そう、とても失礼な事なのだが、自分はどういうスタンスで走り、配慮をする必要があるかという事を、手さぐりで感じようとしていたのだ。
しかし蓋をあけてみればろびぽ父さんは元バイク乗りで旅もしていたし、ダイゴ君のパパも今も私と同じエンジンのDR250Rを所有している。HOOVERママは結婚前後になんとグッチのイモラに乗っていたり、HOOVERパパは今もZ1Rをレストア中という強者だ。そう、みんなバイク乗りなのだ。
運転をしていて、心配しすぎてタイミングを失ったり、逆に私がリアにスクリーンを貼って慣れていないせいで、うまく動きが読めなかったりと、反対の立場になりつつある。運がいいというか、何かやっぱり繋がるものがあるのだろうか。犬繋がりだろうと何だろうと、出会う人とは出会うようだ。
これからどんな旅を一緒にするのかわからないが、少なくともろびぽ父さんやHOOVERパパと私はおない歳。世代も一緒な訳で、そんなに心配する事はなかったのかもしれない。犬を介して知り合った訳だが、これからも色々な形でお付き合いできればと思っている。
そんな飼い主たちを知ってか知らずか、犬たちは並べられて写真撮影が終わるまで我慢させられてたまらないといった表情だ。まあ、飼い主の喜ぶ事にたまには前向きに協力してみるのもいいものだよ,
君たち。
20060213.jpg

旅先での風邪

yonkichi, · カテゴリー:

毎日朝晩、通勤時は少なくともマスクをするようにしている。カトマンズの砂っぽい街中でも、真冬の北京の喉も凍るような日にもマスクなんかしなかったのだが、仕方がない。私は眼鏡なのでマスクをしているとどんなに工夫しても曇ってしまい、息をするのも大変だったりする。
唯一、マシなのは不織布で鼻の頭に針金が通っている使い捨てタイプで、愛用している。針金を鼻の形に曲げ、その上に少し眼鏡の足がかかるようにかけると、しばらくは曇りにくい。眼鏡を使わなければならないというのは、本当に面倒だ。
雲南を旅した時、後半大理に入ってから本格的な風邪をひいてしまった。当然体温計なんかないが、とにかく辛く、予想では39度前後だったと感じさせられる症状だった。大理賓館で1日寝ていたあと、大理から昆明までの飛行機は気合でなんとかなったのだが、昆明で関空行きのJASに乗り換えるまで、4時間程間があったので由がホテルを数時間だけリザーブして休ませてくれた。由はその間、一人で外に食事に行ったのだが、私はまったく食欲がなく、砂っぽいベッドで横になっていた。
時間が来てJASに乗り込むと、ここでさすが日本の航空会社。一番後ろのまん中の席をあけてくれて、横にならせて貰った。肘掛けが完全にはねあがらないのだが、横になれてほっとした。キャビン・アテンダントの方々にも親切にして頂いて、気分的に6時間のフライトが楽になった。
しかしこの日はまだこれで終わらない。関空から羽田に帰ってくる訳で、最悪の体調で3機の飛行機を乗り継がなければならない。最後は横になれる訳もなく、我慢するしかなかった。羽田からは新宿駅までエアポートリムジンに乗り、家に帰った時にはもう意識は薄れていた。
翌日から1週間、年末年始の休みに加え、また会社を休んでしまった。おまけに肺炎を併発してしまい、社会復帰できるか、自分でも不安になってしまった。それだけでなく、結構私は10日前後の旅のあと、1週間会社を休んでしまうような事が何度かあったりする。ある年の八重山もそうだったし、小笠原を旅した時もそうだった。ネパール1年目の時も…
この虚弱な体でよくもまあ旅に出る機になる訳だと言われそうだが、本人はなかなか懲りないようだ。私は今も、まだまだ旅足らない。
写真は雲南、麗江から大理までワゴンで移動した途中にみかけた、この地方で広く行われている傾斜を利用した田んぼの風景。
この写真を撮った4日後、帰る日の前日に高熱で動けなくなってしまった。辛い飛行機の乗り継ぎの旅が、最後に控えていた。
20060202.jpg

オホーツクの便り

yonkichi, · カテゴリー:

今年も流氷のシーズンがやってきた。
このブログをつけはじめたのが昨年の2月16日。あとちょっとで1年になる訳なのだが、その頃の話題も流氷とかスノーキャンプとかの話を書いた。同時にくーは骨折中で、痛々しい姿の写真が残っている。アーカイブを見るとちょっと懐かしい。
今年は1月25日に接岸情報が公開されたのだが、今日あたりの開氷図をみると、ウトロから知床岬にかけては結構しっかり接岸しているように見える。また実際私が目の当たりにした事のある浜小清水や能取岬、網走周辺にはまだまばらなようだ。アムール川河口で生まれた氷は、風や海流に流され日本に今年もやってきた。
アムール川では川汚染が問題になったのだがどうなのだろうか。毎年豊富なミネラルや微生物を運んできて豊かな冬の動植物生態系に影響を与える流氷なので、影響がでないといいのだが。
昨年夏に、この流氷に閉ざされる海岸線を旅した。ウトロから網走までは海岸線近くを移動し、途中くーを砂浜で遊ばせたりもした。くーの波に驚くの図も、浜小清水前浜だった。
一昨年はくーが我が家いやってきて間もない頃、生後3カ月前後だったので、旅どころではなかった。昨年は骨折でどこにもでかけられなかった。そして今年は、3月にだが、道東旅行を計画中だ。既にエアチケット、犬可のホテル、レンタカーは予約済。くーを完全結氷した屈斜路湖の御神渡りをジャンプさせ飛び越させたいとか、真っ白の雪に閉ざされ、噴煙をあげる硫黄山をバックにくーとスノーシューをしたいとか、開陽台で記念写真を撮りたいとかいろいろ考えている。
冬の北海道といえば、氷点下20度を越える寒さが生む大自然の美しさなのだが、同時に温泉や冬ならではのおいしい海産物も重要なポイントだ。当然、鮨は2~3度食べるだろう。くりーむ童話のジェラートも食べるだろう。六花亭のケーキも忘れてはならない。
私自身は一人で旅をしていた頃から、こんな事を続けてきていた。それが由と一緒であったり、くーが一緒であったりしてもやっている事は同じ。そして由もくーもそれを楽しんでくれるので、いつも一緒に行動ができる。これはとても嬉しい事であり、私もそれでなければつまらない。まあたまにソロの旅もいいのだが、今は楽しみを共感できるパートナーと昔と同じように旅する事ができる事に、素直に感謝している。
なんで同じ所ばっかり、とかよく飽きないなとか、物好きとか言われる事もあるが、今の所会社よりも仕事よりもこの瞬間が一番私にとって幸せを感じられる時間なのだから仕方がない。
来月は那須へ犬仲間とスノーシュー、さ来月は北海道と予定している。ディスクの大会も月1ペースだが、まだまだ冬の遊びをしたい。3月頃には我が家だけで清里あたりにでかけて雪の世界を独り占めしようかとも思っていたりする。
我が家の楽しみ。誰に自慢するまでもない、順位も出世もないこの時間が一番大事なのだ。
写真は屈斜路湖の御神渡り。中島にずっと続いている。
20060126.jpg