丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

年末の旅計画の頃

yonkichi, · カテゴリー:

気がつけば11月も下旬。お台場は潮風公園の木々も漸く紅葉してきた。朝晩の冷え込みも昨日あたりから一息といった所で、今朝もそれほど厳しく感じなかった。帰りなどはツイードジャケットだけでも汗ばむ位だ。
くーが来る前までは、もう年末年始の旅の計画も済み、航空券やら何やらの準備が済んでいる頃だ。それは夏すぎから動き出したバンコク行きやバンコク経由カトマンドゥ行きであったり、台北や北京行きであったり、関空経由昆明行きであったりする訳で、色々な旅行会社を使った。
国内では年末年始に旅した場所といえば、北海道であったり、沖縄本島あたりのものなので、できるだけ安く行く為には往路の出発の日をずらしたり、事前割引などを駆使した。しかし海外の場合はメジャーな路線はそれこそ格安航空券やスケルトンのツアーを使ったりする訳なので、ある程度選ぶ時点で余裕がある。しかしあまり渡る人が多くないエリアでは、その方面に強い旅行会社に相談する事になる。
これまで色々世話になった所は、まず風の旅行社。知り合いがいなくなったので今は使っていない、というより使う機会がないが、ネパール・チベット方面には強い。カトマンドゥはタメルに支店がる位で、現地で突発的にナガルコットに1泊のショートツアーに行きたくなって頼んだりした。
また雲南の麗江・大理の航空券などを手配して貰ったファイブスターもよかった。女性のスタッフだったが、安心して頼む事ができた。この旅行者は飛び込みでみつけたのだが、マニアックなコースにも対応できる旅行社で、神田のオフィスに実際に行って色々と相談した。また使ってみたいのだが、なんせ北京や台北などのメジャールートは扱っていない。
由が神戸の自転車旅行で使う西遊旅行もマニアックだ。昔ネパールに行こうと思ってあたった旅行社は、あのホテルエベレストビューを扱う新橋の某代理店や、大手のエイチ・アイ・エス、マップツアー、そして西遊旅行などもあたったのだが、高円寺の風の旅行社に落ち着いた。まああまりお金がなく、ドミを渡り歩くバックパッカーでもない私たちの要望に一番あう旅行社というのが選択の理由になる訳だ。
新宿のエイチ・アイ・エスはまったくアテにならなかった。それこそ年末年始の行程は今頃来てもムリだよという態度が見え見え。マップツアーは話をしやすかったが、系列のアクロスも含めてオリジナルな行程を組むと金額が相当ハネあがった。ただ、ネパールについては風の旅行社などはチャーター便の枠などはあっても、RA(ロイヤルネパール)の年末年始の枠はないらしく、2度訪れたネパール共、UA(ユナイテッド)とTG(タイ航空)を使う事になった。その為、往路はバンコクでトランジットになり、1日損した気分になってしまった。
計画をたて、航空券を手にするまではそれなりに独特の雰囲気だ。キンとした年末の空気の中、蒸し暑いバンコクを経由し、それほど寒くはなく過ごしやすいカトマンドゥに向かう時、洋服で悩んだりする気持ちをまた味わいたいような気もする。
年末年始は旅の季節。しかしここ2年程は遠くに出かけずにいたりする。開陽台に毎夏向かう事で、義務化するような事になるのも本末転倒である訳で、こういうのもまた悪くはないと思いつつ、そろそろ旅にまた出たいという気分も沸いてくる今日この頃だ。
写真は93年の正月。サランコットで朝食中のテーブルの向こうにポカラの町とペワ湖を望んで。手前のテーブルには由が座り、チベタン・ブレッドにはちみつをたっぷりかけて食べている姿がある。
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道東の丘の行方

yonkichi, · カテゴリー:

今年、ハイジーの家の閉店に参加した友人からのコメントで知ったのだが、今年で20周年を迎えたハイジーの家は来年で終了するかもしれないという話があったらしい。
それがまだ人からの効き伝てなので、性格な理由は分からないが、ハイジーの家が駐車場のテナントの契約満了時期と同時に、現在の展望台ができる年が重なり、色々な話があったようだった。事実その話を少しばかり調べたくて、町の某所に話を聴きにいった事がある。94年の秋だった。
結局の所、色々な私利私欲や地元の力関係があって、話が二転三転して、最終的には新展望台にテナントとして入る事にはなったといえ、圧力や制限は相当あったように感じる。感じる、というのは私がそう感じたからだ。直接ハイジーの家の関係者に聴いた事はない。
観光地を管理するのはその地元の自治体、役場などだろう。私有地であった場合はまた別なのだろうが、そういう場所にあり、少なくとも中標津という町で道外の人間に対して知名度のあるものとすれば、酪農と開陽台だけだろう。それは、胸を張って地元のよさを自慢できるものである事が、結局の所どうでもいいという事だ。
採算なんていう話は、シンボルとなるランドマークに必要なものではない。大切にして、町民が胸を張って自慢できるものは、損得なしにすばらしいものなのだが、なんでそれをないがしろにして平気なのだか、私にはさっぱりわからない。結局金が全てという事なのだろうか。そういう解釈になってもおかしくない事が、あまりにも多すぎる。そして都合のよい時だけ、名前を出す事になる。
ハイジーの家は単なる民間の飲食店だ。しかしピーク時以外はテナント料が存在する場所では、営業は難しい。しかしそれを20年続けてきた事は、何なのか。採算だけではないのが容易にわかるだろう。そう、役所ではない。一般企業であり、続けていくには黒字にならなければ生き残れないのだから、問題は深刻だ。
でもこうして20年、続いてきた。観光バスがやってくると、ほんの20分前後で突発的にピークがやってくる。それに対応したとしても、重ねてピークがやってくる時もあれば、こない時もある、スタッフはてんてこ舞いになるのだが、その波は時には津波のようになったり、時には鏡のように静かな水面を見せる。
ただ、私たちはその場所が好きという事以外、損得の勘定はない。その分、町にとってもハイジーの家にとっても、不要な存在だとも言える。しかしバイパスを走りつなぎ、町にお金を落とさないツアー客よりも、町に少なからず経済効果を与えているのだろうと思う。雀の涙なのかもしれないが、別にそれは私などは逆に、お邪魔させて頂いている立場だと思っている。
結局の所、営利とはまったく別な所で、素直に中標津や開陽台を大切に思っていても、発言権はないという事は分かっている。これ以上批判や希望は言うつもりもないし、言っても迷惑がかかるだけなのだろう。行政に対しては、これまでも希望というスタンスで意見をした事もあったが、残念ながらそういう事で何か変わる事はなかった。
私が大切に思っている場所、人たちには、もうこれ以上無理をしてほしくない。だからこそ、来年でハイジーの家が終わるとしても、それは賛成だ。心からお疲れさまという言葉を贈りたい。そして開陽台には、これまでのようにあの場所にあがり、空を見上げる回数は極端に減るだろう。二度と登らないという事はないだろうが、それこそ残りの人生で片手分も登らないかもしれないと思う。
ただ、あの丘で私が過ごした日々の事は、決して記憶からも消える事はないだろう。
写真は94年の秋、目障りな建造物を神聖な丘の上に建てている最中。
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季節はめぐり…

yonkichi, · カテゴリー:

今年も大勢の古い友人が丘にあがっていた。ハイジーの家は今年で20周年。私が開陽台にあがった最初の年はハイジーの家ができる1年前の夏だったので、私もそれだけ同じ年月を重ねてきた事になる。そして当時丘で出会い、日々下らない話を丘の上で交わした友人たちも、みんな同じように年月を重ねている。
当時はまだ10代だった者も多い。不思議と彼らは殆どが結婚し、子供が家族に加わり、暖かい家庭を造って過ごしているようだ。しかしなぜか当時20歳を越える昭和30年代生まれの者は、まだまだ独身で旅の生活を続けている者がいたりする。形こそ違っても、彼らは皆デリケートで子供のような事にムキになり、熱くなれる連中だったりする。
社会の歯車に組み込まれる事は、悪い事ではない。悪い事どころか、そうしなければ生活もできなくなる。ただ生活の見た目が違うだけだ。年を重ねるごとに、面倒な事も多くなる。自分がしたい事を諦めなければならなくなる事だって少なくない。普通に仕事についている者だって、そうしたくてしている訳ではない者だって多いはずだ。
私は彼らと過ごした丘の日々が夢でなかった事を思い出す。彼らと巡り会えた運命に感謝をしている。そして決まりきった人生を送る人々の中で、日々仕事をしている中にいて、色々な考えが存在する事を許せるようになり、尊敬の意を向けられる考えを持てる事ができるようになったのも、あの丘で職業や年齢を越えた出会いがあったからこそだ。
今も旅を続けている友人達が、所帯を持って普通の勤めをしている友人と比べて、寂しさや孤独感を感じている訳ではない。何かあればすぐに心配して電話をくれたり、地震があればボランティアに飛び、火事にあえばすぐにそれぞれができる形で援助を送ったりするような、繋がっているという事を感じさせてくれるのだ。
ハイジーの家は来年の春まで、展望台と共に閉じられる。その場所で繰り広げられた人生の交差は、こうして20年以上たっても切れないで繋がっている。これって、すごい事なんじゃないかと思う。
私も含めて皆、頭に白いものが増えてきた。また冬を越えたら、新しい物語が始まるのだろう。
そして自分の頭にはまた白いものが増えていく。
写真は94年、最後の閉店メッセージ。この年、春、秋、冬と、何度も丘を訪れた。
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