丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

プランニング

yonkichi, · カテゴリー:

既に夏の旅行の準備に入っている。往復の飛行機を確保し、空港の駐車場も予約。レンタカーも現状で一番安いと思われるものを予約した。時期的にそんなにあわてなくてもいいとは思うのだが、まあ性格なのだから仕方がない。今回は事前に確保しておかなければならないものが多いという理由もある。
これまで一番安いと思っていたレンタカーは、なぜか妙に値上がりしていた。というか、これまで2泊~3泊しか借りてないのだから、8日間も借りれば高いと感じるのかもしれない。それも1000ccクラスの2box。車種は選択できないが、まあ大体想像がつく。
さて、宿の予約をどうするかという所だ。基本はキャンプでいいのだが、現実には最終日は宿がよいし、中標津あたりだと知人の所にも顔を出したい。どうなるのかは分からないが、宿も取り混ぜる事には別に抵抗はない。
あともうひとつ理由がある。来年2月にも北海道に行きたいと思っている事から、犬可の宿でよさげな所を調査したいのだ。夏のうちに顔をつくっておけば、冬も確保しやすい。何より道東は犬可の宿は極端に少ない。お世話になっているLiving-with-dogsの情報でも、明らかに少ないのだ。値段ははるが、私たちの基準よりも、くーに無理のない旅にしたい。
今回は釧路から入り、ぐるっとS字にまわって帯広から抜けるコースだ。ポイントとしては釧路湿原、霧多布湿原、日本最東端、知床峠、網走の寿司屋、美幌峠、くりーむ童話、三香温泉、鱒や、開陽台、中標津周辺、オンネトー、ナイタイ高原、ぱんちょう、六花亭というキーワードか。なんだ、いつもと変わらないじゃないか。
まだ2か月近く先の話だが、着々と計画中である。写真は夏の羅臼岳を望む、ウトロ側から峠に向かう登りの途中。
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日本最南端の誘惑

yonkichi, · カテゴリー:

波照間島は有人の島としては日本の最南端に位置する。沖縄よりももっと西南で、琉球文化圏のもっとも端になる。東京からは直行便で約3時間10分、那覇を経由すれば、4時間弱飛行機に乗っている時間が必要になる。北海道は稚内もしくは紋別までは2時間弱な訳だから、いかに遠いかが分かる。フェリーで東京から向かえばそれこそ3日以上かかる所を、空路だととんでもなく近いと感じてしまう。
メジャーなコースといえるか分からないが、私はいつも那覇経由の空路で石垣に入り、石垣空港からは予約しておいたレンタカー屋に無料で離島桟橋まで送って貰い、そこから安栄観光の高速艇で離島へ向かう。ただ、離島の中でも与那国は高速艇はなく、フェリーになるため、時間がかかってしまう事から、飛行機を使った。
他にもずっと行きたいと思っているが、渡っていない鳩間島は、最近「瑠璃の島」というテレビドラマのロケが行われた。この島には立ち寄る船と立ち寄らない船があり、また西表ではデンサー食堂経由で郵便船で渡る。NHKのちゅらさんで有名になった小浜島は、その半分近くをヤマハリゾートはいむるぶしの所有地になっている。無人島のパナリや、キャンプ場があって牧場の牛がのどかな黒島も、まだ渡った事はない。八重山にいくと、あまりきっちりした旅計画をたてられない。それはウチナータイムのせいとも言うし、テーゲーになってしまう。
波照間島に着くまでには、ちょっとした海流を越えるためか、少々天候が悪い時になると、船は悲惨な状態に陥ってしまう。友人に聴いた話に、壮絶な話があったのだが、私が数回往復した時はそんな事はなかった。とはいえ、体が大きく振られ、その船室にも響くエンジン音と波がかかるしぶきの凄さはなかなかのものだった。
港に着くと、結構真新しいターミナルがあり、小さい売店が中にある。港には数件しかない宿の車が迎えに来ていて、予約している客をワンボックスに積んでそれぞれ島の中へ消えていく。とはいえ、みんな同じく島の中心に走っていくのだが…
この島は原則キャンプが禁止されている。その為民宿を選ぶ事になるのだが、最も人気のある「たましろ」をはじめ、集中するシーズンにはなかなか宿が取れない。宿泊した事があるのは、けだもと荘に2度、星空荘に1度、たましろに2度、という感じだ。それぞれ個性のある宿だが、あのものすごい量の食事と、個性的なキャラクターの玉城さんが切り盛りする人気宿が、話題になる。
またもうひとつ、島内だけで販売されている泡盛、「泡波」は旅人の中では結構有名で、ヤフオクなどでもたまに出ると相当な値段がつく。私も実は1度も手に入れた事はないのだが、宿に泊まると結構飲む事ができるので、それほど残念ではない。那覇の酒屋でも販売されているのを見るが、みなとんでもない値段がついている。島の中の売店で、運よく見つかれば数百円で3合瓶が買える。ターミナルの売店にもたまに並ぶ事があるというが、くせがなく飲みやすい泡盛という事だけで、あとは手に入りにくいという事が先行している人気の理由と言えるだろう。
一度、結婚式のお祝いの為に、分けて頂こうと酒蔵まで頼みに言ったことがあったが、なぜか声をかけて出てきたのは子供。理由を説明しようと思って、何度も頼んだのだが、子供をダシにして出てこず、話にもならなくてその姿勢にいい加減呆れ、一気に気分が悪くなってしまった。まあ排他的な面は仕方ないのかもしれないが、話くらいはしてくれてもいいだろうにと、非常に残念な気分で島をあとにした事もあった。人気があるのはいいのだが、何か違うような気がしてならない。
また最南端の碑の近くには、星空観測センターというのがあり、そこのセンター長である新城さんとも、最初に訪れた94年、いろいろな話をした、その翌年また訪れた時はまだ話ができたのだが、2000年のGWに訪れた時は、声は聞こえど、顔すら見せてくれなかった。何だか段々と観光客も増えて、地元の人もどう接するべきか困る状況が増えているのか、それにしても残念な状況という感じがする。
基本的にキャンプ禁止の島なのだが、西浜の裏にテントを張っている旅人がいる。傍らにはやはりバイクが停まっており、ツーリストなのだが、数年前に殺人事件があったり、色々治安についても地元は困っているというのが本音だろう。小さい島なのだから、殆どが顔なじみであり、船に乗らなければ出入りできないという土地柄もある。少なくとも旅させて頂く側としては、自分の好きな事をしにいく訳だから、地元の人に迷惑をかけるような事はしたくない。
キャンプにしても、旅にしても、訪れた場所は来た時よりも綺麗にする、というのは基本中の基本だ。それができない子も沢山いるのだろう。どんどんルールも立て看板も増え、何だかなぁと思わせられる。旅に出よなんていう事を言っているが、とんでもないマナー違反をするような者が増えても困る。自分の事もしっかり見据えて言わなければならない言葉なのだろうが、普通にこれまで学校生活や社会人として生活していれば、挨拶や自分の事は自分でするような事を言わなくてもやるのが当然だという前提で、あえて口に出してしまう。
その場に行ってみれば、来た時よりも綺麗にと思えるのではないか、と単純に思ってしまう。読んだり聴いたりするよりも、やはり現実にその場に立てば、美しいこの世のものとは思えない場所として、八重山が私は好きなのだ。その中で波照間島というのは、ある意味目指す島なのだろうと思う。
日本最南端。その碑の先に、星空観測センターの建物が見える。何より美しい空と雲が広がる、パラダイスだ。
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日本最西端はムー大陸?

yonkichi, · カテゴリー:

与那国は日本最西端。台湾からほんの110kmしか離れていない。ラジオなんか日本語では殆ど入らないが、台湾なのか大陸なのか、中国語や韓国語の放送が少し入る程度といった場所だ。
八重山の中では島の地形としても一風変っている。波照間や竹富、小浜、黒島のように、標高の低い隆起珊瑚でできた島と違い、殆どが断崖に囲まれており、上陸する場所が少なく、その関係で沖縄戦においても上陸されにくい島として、軍事的な要所として使われていたという。反面、ひらぺったい波照間では、波照間小学校の西表島への強制疎開などの悲劇が今も語り継がれている。
八重山においても、悲劇を乗り越えてきた歴史が重みを感じる。しかし、今安全に八重山を旅すると、そのあまりにの美しさとゆったりとした時間の流れに、それは易々と信じられない。旅として、通過していく者は、それを知る人は少ないのかもしれないが、やはりもっと島の事が知りたくなって、米原キャンプ場で数日過ごすうちに、石垣市の図書館で本を読みあさったりしていた。
数年前に話題になった、海底に巨大な遺跡がある。ダイバーにとってはこれほど魅力的なポイントもないのだろうが、私はまだこの目でみたことはない。ただ、色々と夢のある噂は耳にできる。それこそ、ムー大陸時代の遺跡ではないかとか、明らかに人の手が入ったものだとか、こういう話を考えるとワクワクする。
1994年の春、私は初めて八重山に渡った。当然飛行機なのだが、出発日の2か月前のチケット発売日に、会社をさぼって朝から八重洲のJALの窓口に並んだ。直行便がまだその時はなく、那覇経由でなんとか確保し、その中で与那国にだけは空路で渡るため、その分のチケットも購入した。
飛行機はまだ現役だった頃のYS11。石垣を飛び立ち、ジェットのように標高をあげる事なく、黒島、西表の上空をパスし、しばらく海上を飛んだあと、海の中に垂直に生えているような与那国島が見えてきた。最初に見えるのは東崎、あがりざき、と読む東の端だ。空港は島のほぼ中央にある。滑走路が見える手前には、あの沖縄地方特有の墓地が、海を見渡す高台にいろいろな向きで並んでいるのが見えた。
島に着陸し、まずはバスで中心部祖内へ。唯一のバイク屋である与那国ホンダに寄り、予約していたDioを受け取る。しかしこれがこれでもかという程調子が悪かった。与那国は自転車ではちょっと時間がかかりすぎるが、スクーターなら快適に一周ができる。先程通過してきた東崎までの海岸線はすばらしく気持ちよかった。登り坂を足で漕がなければならないのにはまいったが…
与那国1泊目は「はいどなん」。旅人がよく使う宿といわれていたが、思いの外近代的な宿だった。ロケーションはすばらしく、日本で一番最後の夕陽が、すぐ目の前の久部良港で見える。オリオンビールを片手に、防波堤の一番端まで行き、夕陽を眺めた。まさに日本で一番最後の夕陽をみているのは私なのだという気分が、妙に嬉しかった。
翌日はNHKの琉球の風の舞台になった、サンニヌ台や、こんな美しい浜があったのかと感動し、しばらく離れる事ができなかったなんた浜、比川などをまわったあと、悲しい歴史の残る人舛田(トゥングダ)や久部良割(クブラバリ)の現在とのギャップに戸惑いつつ、ユキさんちで今日のカレーであるポークカレーを食べた。とはいえ、その前に渡っていた波照間や石垣で頑張りすぎたのか、ちょっと熱射病っぽくなってしまい、早めにバイクを返却し、そこから徒歩3~5分の中たけにチェックインし、縁側で昼寝をさせて貰った。
中たけ、という赤瓦の琉球建築の民宿は、結構旅人が多かった。そこにはスキンヘッドの自衛隊出身というおじさんがヘルパーをしつつ、オーナーのおばあが笑顔で迎えてくれた。当然シャワーしかない風呂は、石灰化した珊瑚を組んで作られており、隙間からエメラルドグリーンのヤモリ君がキョッキョッと鳴いて迎えてくれた。
この祖内には泡盛の酒蔵もあり、威勢よく蒸気をあげている。ふらりと入った郷土資料館には誰もおらず、なぜかその庭には、真っ赤な琉球海運とくすんだ色の近海郵船のコンテナが置かれていた。飛行機の時間までは、殆ど人通りのない祖内の中でぶらぶらとカメラを片手に過ごした。
与那国町を走っているバスに乗り、空港まで。バス停なんかない。手をあげて停め、声をかけて降りる。空は風の強そうな雲が、筆で書かれたように真っ青な空に流れている。この旅では離島はこれで最後。あとは石垣をじっくり楽しもうと思っていたのだが、やはり限られた日程では流石に物足りない。そしてやはり自分のバイクで訪れたいと思うのは、やはり私がそういう旅が好きだからだろうか。
沖縄本島までは、自分のバイクを運んで走ったのだが、八重山ではレンタバイク専門だった。最初の2度はサンキューというレンタカー屋だったのだが、どうもそのあと地元の業者と揉めたらしく、なくなってしまった。3度目には、たった一人のおじさんがやっている、一番星レンタカーを借りたのが最後だったと思う。
八重山は自転車かスクーターがよい。実際それ以上の足は不要だ。特に感じたのは、突然の雨が多いこの島では、シート下のトランクスペースがとても心強い。スーパーで買い出ししたものを入れるのも楽だし、カメラなど濡れてはいけないものを一時入れておくにもよい。妙にスクーターが欲しくなったのも、この事があってからだった。結果的には、カブ90になったのだが…
写真はいわずとしれた日本最西端の碑だ。写真にはうまく映らなかったが、うっすらと台湾が見えている。この数年後、台湾には2度訪れてたのだが、そこでもちょっとした瞬間に八重山を感じる事ができた。それそうだろう、これだけ近いのだから。
波照間の先には、パラダイスといわれるパイパティ・ローマがあると言われている。それがひょっとしたら台湾だったのかもしれない。夢の国を目指して、島を出ていった者は一人として戻ってこなかったという。そんな島物語があるのも、この場所に立って海と風を見れば、分かる気がする。
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