丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

ネオン輝く町を

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

新橋を経由して通勤しているのだが、新橋といえばサラリーマンの代表的な町とも言える。一昔前には、いい歳をしたオジサンが黒縁眼鏡の上にネクタイを鉢巻きのように結び、新橋西口のSL広場で大声でうたっている風景すら、新橋だからと納得される程だったのだが、今は時代背景なのか、そこまでいい気分になっているサラリーマンは少なくなった。といってもやはりサラリーマンは明らかに多い町なのは確かである。
隣の駅は有楽町。また毛色の違うサラリーマンや会社役員が平日の夜闊歩する町。私も勤めはじめて間もない頃、スタンドバーでバーボンやスコッチを飲みつつ、友人と会話を楽しんだりした。しかし今でいうクラブや女性が付くような店なんか誘われても行かなかった。
ネオンがきらめく町を、道路が貫く。そこをタクシーや黒塗りのハイヤーが走る。路肩には二重駐車だって警察は黙認する夜の町。JRのガード下には油まみれになった焼きとり屋やホッピーが飲める店があり、そこに集う少々よれっとしたスーツの人種と、一方通行の銀座の裏通りに車で横付けするような人種とはまた違う訳で、私は明らかににどちらかというとよれっとした人種の方だったのだろう。
ただ私は余り酒は飲めないので、1~2杯程度おいしいお酒を飲みながら話をしに行く位だった。そんな中で私が通った店は、知る人ぞ知るKOOLとJBA Bar SUZUKI。そして渋谷にそれ以上気に入っていた「月」というBARがあった。20代中盤、バブル時代に残業で懐が潤った時期の話だ。
朝は比較的足早に歩く勤め人か、圧倒的に人の数が少ない町なのだが、夜はどこから沸いてきたのかと思える程、多くの人が町にあふれている。小綺麗な洋服を着た女性、うさん臭いオヤジの集団、学生のようなノリの若者たち。それらを窓から眺めながら、今、私は帰路を急ぐ。
私がまだ実家に住んでいた頃、そして東京フェリーターミナルからの北海道航路があった頃、私はこの夜の町をバイクで駆け抜けた。それはかるく20回以上。由と一緒に晴海通りで銀座を抜けたりもした。その時は廻りなんか見る余裕もなく、ちょっと前まではその30分の1程の交通量だった道なのに、夜でもあふれる人と車に圧倒されながら。
旅の始まりと終わりは、何故だかあまり憶えていない。あまりのギャップのせいかもしれない。また周囲をみている余裕がないせいかもしれない。しかし、この人や光で埋めつくされた日本で最も人が集まる町を走り抜けなければ旅二出る事も家に帰る事もできなかった。
今は新潟港や大洗を使う訳で、こういう町を抜ける事もなくなったが、ふと毎日の通勤の帰りに、それを思い出す。そこに私が居たが如く、窓の外を眺めていた。
この文章はまさにその経路上を走るバスの中で書いている。今、麹町を抜け、旧日本テレビの前へ入ろうとしているのだが、12月に入った事が、外を行き交う人々のファッションが語っているようだ。
写真はありし日の東京港フェリーターミナル。ここから全てが始まったのだ。
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2 Responses to “ネオン輝く町を”

  1. けー君@ター坊 より:

    新橋行きのバス、確かに有りますね。僕もたま~に電車ではなく、バスで新橋に行く事がありますね。
    麹町を行き交う人の中に、ヲイラも居たりしちゃって。。。w

  2. よんきち より:

    アニジャ
    昨日はいけず、すみませんでした。m(__)m
    私、結構都会では廻りをみていないので、すれ違って相手が気がついていても、まったく気がつかないっていう事多いと思います…
    もしそんな事があっても怒らないでくださいね…(^_^;単にみていないだけなんで…

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