丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

涙がとまらない映画

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

朝からよい天気だ。友人は八重山に行っていたり、今日は仕事に出たりと、それぞれなのだが、私は特に出社するまでもなく、家で何をするまでもなく、だらだらと朝から過ごす。
会社のサーバ状況を確認する為に1時間ほどリモートで仕事をしたのだが、それ以外は片づけをする気力もなく、撮り溜めたビデオを観たりして過ごす。
テレビドラマなどは結構見る方だ。といってもなかなか最近ヒットがない。今期のターンでは特にこれといったのがなく、とりあえず撮って見て判断しているという感じだ。最近のドラマでは、クドカンのタイガー&ドラゴンは秀逸だったと思う。古典の世界に興味が出た程だ。まあドラマなんて作り話ばかりで、事実や真実がねじ曲げられている事が多いのだが、素直に楽しむ事ができるというのは、やはり脚本がしっかりしているからだと思う。
そういえば、先日「いぬのえいが」を観た。これがクセもので、オムニバスの内容は前半面白おかしく描かれていて、噂は聴いていたがちらと観るつもりがすっかり面白く観はじめてしまった。これが敗因だった。
それはマリモのシーン。あとからボーダーコリーの飼い主から聴いた話だが、あの役者というか役犬はドラーダ君といい、雄らしい。そんな事は気づきもしないで観た私たちは、溢れる涙がとめどもなく流れてきてまともに観られなくなってしまった。
私もあれだけの涙が溢れたのは、実の父親がこの世を去った時以上だった。くーにいつか自分より先に虹の橋を渡ってしまう日が訪れたらどうしたらいいのだろうか。考えられない。地平線会議の江本さんの愛犬くるみちゃんと雪丸くん、LWDのトレーシーちゃんが先日、虹の橋を渡ったとあとから知った日も辛くて仕方がなかった。
犬という生き物は、12歳から16歳位までしか生きられない。体格にもよるようだが、その差はこの範囲くらいのものだ。自分でも犬を飼ってから、ここまで自分の生活の中に入り込み、ありきたりの言い方だが家族として一緒に過ごした事はかけがえのないものになる。今ではくーがいない時間は考えられない程だ。
いたずらにその触れてほしくない部分を映画にされるのは、ちょっと反則だと思った。しかし、あの最後のストーリーでダメージを大きく受ける人は、あの映画を観る必要はないような気もする。簡単にケーキでも買うように、らんらんと蛍光灯で照らされたショーケースで、本当はまだ親や兄弟のもとで、犬同士や兄弟との関係を経験しなければならない生後1カ月ちょっとの頃に並べられ、モノを買うように子供が犬や猫をねだり、買われていく犬たちがいるという事を疑問に思わない人が観ても、結局はそのマヒした感覚から伝わる事はないだろう。
犬をはじめ、動物は商品でもプレゼントの対象でもない。ましてや値段が付けられてショーケースで売られるようなモノではない。商売がある限り、儲けがある限り、それは行われるのかもしれないが、私はそれを見ていられない。サラ金がチワワを題材に金を借りるシーンとして大々的に放送するような行為が、おかしいと思わない時点で、生き物はモノだという考えをどこかに残しているのではないだろうかと思ってしまう。
映画やドラマ、コマーシャルにしても、もっと受けだけでなく、本質は見失わないように脚本を書いてほしいと思う。
写真は芝桜をバックに。笑顔を見ては飼い主は和む訳で。
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