母の日の息子の気配り
yonkichi, · カテゴリー: あれこれ我が母親のご機嫌取りの日。言われのない事を言われ続けてきた私としても、できれば波風はたてたくなく、母の日は何か気持ちだけの贈り物をしたりする。ここ最近妙な薬の飲み方もせず、体調も比較的よいせいか、あまり横暴な話はしてこないが、しっかりこういう日は覚えている訳で。
仕方がないので、GW期間中に付き合う予定だったが、目的とする店があいておらず、今日になった。
今回は向こう側が何かうまいものを食べたいと言ってきたので、リクエストを受けた。するとうまい鮑が食べたいという。三陸出身の母親は、正直な所戦中も女学院に行かせてもらっていた程お嬢である。食品業を営む家に生まれ、戦争中は東北の女学院に在籍したそうだ。父親と東京で出会う迄は、それはファッションを気にする程の生活水準だったそうな。
詳しい話は面倒なので聞いてもいないが、父親がサラリーマンだった頃から自営を始めた頃は、高度成長期と言われる時代で、単に材木を仕入れて現場に卸す事で利益も大きかった。今ではその当時からは比べものにならない薄利な仕事は、今長男の兄が継いでいる。私は学生時代はたまにアルバイトで実家に入った事はあったが、喘息もちという事もあり、現場に出るような事はなかった。
せいぜい運転や留守番位だった。自分ではレストラン系で働いていた方がお金もよかったので、ほんのたまにという程度だったが、一番の理由は母親の体調が悪かったという事で、その代わりだった。とはいっても平日は学業もある訳で、土曜や夏休みなどの期間ばかりだった。
自営になってから母親は父親と仕事をしていた。母親は経理と留守番を任され、使用人は1人。これまで3人変わったが、基本的には家族会社である。今でこそ父親が没後、兄が跡を継いでいるが、使用人は1人だけで経理や留守番役はいない。はっきり言って厳しいと思うが、今の社長、いわゆる私の兄が人を雇うのが面倒らしいので、その体制という感じだ。
母親はもっぱら家で隠居生活。まあやりたいようにやっていて、お金には非常に細かいくせに、自分の買い物は相当な額のものでも平気で手を出すようで、私は正直そういうのが嫌いだ。お金に強欲なのは、自分の母親だけではないのだが、ずっと幼少の頃からみてきた事で、私はお金に対してこうはなりたくないという事を感じていた。
私はサラリーマンであり、由はパート。現実に犬一匹飼いながら、マンションのローンを払っている訳だからそんなに裕福な訳ではない。実家は自営だから毎月銀行と途方もない数字の額をやりとりしているのだが、私はそんな事はできない訳で、ほそぼそとした生活というか、普通の生活を贈るしかない。いくら母の日といっても、宝石やブランドもののバックを贈るような事は由にだってしたことがない訳だから、いかに金額ではなく心のこもったものを渡すかという事を常に考える。
今回は1週間分、1日3回分のポケットがついた薬袋。ビニール製で折り畳むと厚手の財布のような形になるが、広げると壁にかけられるような感じだ。これがあれば、朝薬を飲んだ事を忘れてもう1度飲んでしまうような事はないだろうと考えたから。なかなか1週間分に分けられていても、朝昼晩と3回分が分かれているようなものがなかった。色々な病院で貰った薬を飲みあわせるような母親には一番よいと思ってこれにした。
それと由の手作り石鹸6個。オリーブオイルをベースに色々なものを混ぜて自作で作っている。私もこれまで手が荒れて仕方がなかったのだが、この石鹸にしてからはあまり荒れない。今ではシャンプーとしても使っている位だ。適度に保湿感が残るのでよい。
選ぶものをみれば、表面的や金額ではなく、ちゃんと相手の事を考えた上でのものだという事は分かってくれるだろう。私はこれまで苦しめられ続けてきたが、自分を生んでくれた母親であり、まがりなりにも学校まで行かせてくれた感謝の気持ちまで忘れていないのがわかると思う。しかし、私の母親はそういう部分はまったく考えない人なのだ。金額の差や、いかに息子の妻よりも母親である自分の方が偉い、という気持ちが言葉の端々ににじみ出る。そういう言葉は無視しているが、これが由や由のご両親に向けられた時は、すぐに無言で席を立ち、二度と母親の前には立たないだろう。
今回は母親は子供の日と称して、食事を奢ると言った。母親が食いたいものという事で、鮑をベースにした料理を安く出してくれる店を探し、実家の近くでみつけ、予約をしておいた。私はこういう時も、無駄に高額な料理を食べるは嫌だ。それ相応の金額というのは常に頭において考えるようにしている。
大きめの鮑が1つ刺身、1つバター焼き、肝のドリア、肝のぽんず和えなどに加え、にぎり鮨とお碗とデザートというもの。これでしめて2万円弱。新宿という地で食べる事において、高いか安いか?
気になっているのは由のご両親。今年は気がついたら今日だった。由もそういう事を言ってくれないのだが、私が忘れていた事が問題だ。後日何か考えなければ…それでなくても昨年は1度も顔を出せなかった。
写真は食べた鮑料理。支払いは母親持ちだ。

先日、ウチのくそばばあ(笑)は70歳になりました。
で、今年は古希の祝いをしろとリクエストが来ています。
しろ、と言われてやるものなのか、はなはだ疑問だけど(苦笑)
で、リクエストの内容は、まぁ、現実的でないことばかり書かれているわけで
全部否定しときましたけど・・・
で、お祝いして欲しい、ということにとどまらず
お祝いのプレゼントを贈るから、と言い出しまして・・・
これまた非現実的な数字のことが手紙に書かれているわけですが
世の中の金貸しはホントいいかげんにしろよってくらい簡単に金を貸すので
あっけなくローン組んだりしかねないので、本人と父親に絶対やめてくれ
とクギさしておきました。
でも、結局1桁少ない程度で買い物されてしまいました。
2桁少なくてもイラナイのに。
現金ください。マジで。
なんであんなに「金額=気持ち」「金額=価値」
という価値観なんでしょう。理解に苦しみますね。
ということは、こちらがどんなに相手の事を考えてプレゼントしても
金額が伴わない物に対しては喜びを感じない様です。
もっとマシなものは贈れないのか、くらいのことは何度言われたことか(悲)
それでも今年は誕生日に花籠を贈ってあげたら、随分喜んでいたようです。
母の日はすっかり失念(笑)していましたが
弟の家からカーネーションの花籠が届いたらしく
苦情の手紙(母の日にカーネーションくらい送れバカ! みたいなハガキ)は来ませんでした。
でも、母親亡くしてる人はこういう書き込み見て
幸せだよ
って思うのだろうね。
じんじんさん
お互い実の母親で苦労している仲間として…(^_^; 犬仲間の方に、私よりももっと激しいお母さんをお持ちの方がいて、自分が苦しんでいるだけに凄く心配です。じんじんさんは別な方もあるから、そっちも心配ですね…以前実のお母さんの方はちょっとマシになったと聴いていたんですが、やはりなかなか芯は変わってくれないようですね…
ほんと、自分の子供は自分の奴隷と同じようなレベルで考えられているような感じです。私だって、由のお母さんやお父さんみたいな方が自分の親だったら、私は言われなくても親孝行したくなります。それが当然とか強制的に命令されたり、納得できないものを要求(金額が無理なレベルとか…)されたら、もうそこで気持ちはどこかに消え失せてしまうものです。頼りだった親父も先にいってしまいましたから…あとは実の兄に期待したい所ですが、そっちもなかなか問題アリなので困ります。
親は大事に、とか多くの人に言われるけど、こういう親を持った身の人なら決してそんな簡単には言えないはずです。そりゃ親孝行なんて言葉を考えなくたって、単に適当なギフトではなく、考えて選んだ贈り物をあげたり、話相手になりに行ったり、する事を今でもちゃんとしている事実は、結局重要ではないようですね。それを理解してくれる相手なら、苦労はしないですから。
たまに誰にいうともなく、助けてくれ~って叫びたくなります…どれだけ苦しめられれば解放されるのか…もうそう感じるようになって30年以上経ってますからね…