丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

ハイウェイ・スピリット(8台目)

yonkichi, · カテゴリー: バイク

めでたく限定解除をし、晴れてどんなバイクでも乗れるようになった。ある意味これで「バイクは私のライフスタイルです」と言えるようになったとも言える。この程度が取れなくて、バイクが好きだと言う事が恥ずかしいキャリアになったから、だ。
カタナのライディングの楽しさ、KDXのダートパフォーマンスの楽しさで十分だったのだが、限定解除を絶対に取るのだという自分への追い込みの為、そして憧れでもあったGPz900R(A7黒)を新車で手に入れる最後のチャンスかもしれない(これは後日大嘘だった事は誰もが知っている事)、という事もあり、3台目のパートナーがやってきた。
厳密に言えば、限定解除を取る前に、ショップから引き取り命令が出、限定違反で埼玉のガレージに乗って帰った。その途中、ガス欠して交番の前を押しながら横切り、ガソリンを入れた事は情けない思い出だ。その重さを身に沁みた出来事でもあった。
正式に免許を取り、埼玉のガレージから自宅に900Rを移動させた日からほんの1週間目、900Rのスクリーンとバックミラー、KDXのリアバックが盗難にあった。まだ走行40km程度で、アッパーカウルに傷がついた。あまりにショックで、この頃から通いはじめたモトショップ世田谷に盗難にあった朝、持ち込んだ。ミラーもスクリーンもない900Rが哀れという事と、自宅に置いていては、安心して眠れないという状況に陥ってしまった。
当初、スクリーンは純正、ミラーはA6以前の小柄なものに変更するつもりでいたのだが、このショップは一筋縄ではいかない。この頃からカスタムへの泥沼に入り込んでいく事になる。スクリーンは純正ではなく、ヨシムラ・スクリーン・クラフトのスモークが少し高いだけだったので発注したのが、すべての始まりだったのかもしれない。バックミラーもA6までのシンプルなタイプに変更してみた。
この憧れのカワサキを手に入れたら、絶対に付けたいものがあった。それはKERKER SYSTEM K2の2本出しマフラー。殆どがスリップオンというエキパイはそのままで、サイレンサーと途中までのエキパイをボルトオンするだけのタイプが定番とも言えた。しかし私はエキパイからすべてKERKER製のものを選び、装着した。この2本の先から奏でられるサウンドは、心を震わせた。
当時仕事は毎月100時間を越える残業が続いており、休みは土日のどちらか1日という事もあり、その休みはバイクショップに行くか、日帰りツーリングと決まっていた。当然悪魔のようなショップに入り浸る事で、日に日に私の900Rは変貌していく。いや、殆ど外見はノーマルとはわからないが、足回りは殆どすべて交換。エンジンパワーをあげるよりも、バネ下重量を軽量化し、マグネシウムホイールや目の字断面のスィングアーム、飛行機すら停めるロッキードの4podブレーキ、鋳鉄のフルフローティングディスク、オーリンズのサスなど、これでもかとレーシングパーツを組み込んでいった。
ある日、アウトライダーパティオという私がスタッフをしていた集まりで宇都宮に餃子を食べに行く集まりに900Rで行くと、どこがカスタムしているんだ?というような言葉を耳にしたりした。しかし、KERKER 2本出しの奏でる轟音は、タダモノデハナイニンジャである事を、証明していた。いや、基本的にカスタムは自己満足なのだから自分が納得できればよいのだ。
箱根ターンパイクを友人と異様な速度で大観山パーキングまで駆け上がったり、永源寺への高速巡行ツーリング、そして激しい日帰りのワインディングツーリング…これまで経験した事のない速度域で、高次元にバランスを取ったライディングを経験した。50ccに初めて乗って、走り出した感動、400ccからカタナに乗り換えた時に感じたこれまでにない感動、そしてそれをはるかに凌ぐ新しい領域を見せてくれた900Rは、私にとってどれも高いインパクトと今でも忘れられない衝撃を味あわせてくれた。
しかし鋳鉄ディスクやマグネシウムホイールなど、ハードな一般道を走る事や、保管する時の湿気の問題など、不自由な面の方が目立ってしまう。保管は屋内、乗る為には電車+徒歩で片道1時間強の場所に通わなければならない事から、結果的に乗る回数も極端に減っていってしまう。保管場所も限界に近づいてきていた。そしてたまに乗れば、仕事のストレスからなのか、サーカスのような走りをする事も多く、命の危険を感じてきたのも理由のひとつなのかもしれない。
私が理想のバイクショップと認めていたモトショップ世田谷も、社長の夜逃げにより惜しまれながら閉店。その後環八沿いのカタナショップ、FORにメンテを頼むが、最後は雑誌ロードライダーに私のバイクを使い、ショップカスタムとして勝手に掲載されてしまう事で、あまりのレベルの引くさに縁を切ってしまう。そして結果的に7年所有したあと、車体の購入価格より10万UPした価格で、知らない人に引き取られていってしまった。
こうして比較的に長い期間、私のメインバイクとしてカスタム900Rは君臨してきた。大げさだが、私はある意味初めて自分が満足のいくまで手を入れ、理想の形に仕上げたバイクだったと思っている。カスタム900Rは私のバイクライフを語る上で欠かせないほど、バカらしくお金をかけた、理想のバイクだったと言える。
ハイウェイや高速コーナーを、KERKERサウンドを奏でながら走り抜ける。いつかまた保管場所や時間に余裕ができたら、リッターバイクに乗りたい。それはカタナか、外車かわからないが、カワサキである可能性も十分にある。
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4 Responses to “ハイウェイ・スピリット(8台目)”

  1. もんすた~ より:

    とは良く言ったものです。
    昔125に乗っていた頃、4号バイパスの信号スタートで
    2台の900Rがフル加速したのを見た時はゾゾゾッときました。
    遠ざかり方が、今まで見たどんな乗り物より激しく速かった・・・
    それから10年近くたって、自分が1100に乗りはじめると
    その現象が自分のバックミラーの中でおきていました。(笑)
    私は直線番長なので、ターンパイクを異様な速度で
    上ったりしませんでしたが(笑)
    たいして飛ばしてないつもりなのに、新幹線で行くのと
    大差ない時間で仙台を越えていたりするので
    往復1500kmの日帰り酸ヶ湯ツーリングも、そんなに無理
    せずに出来たりしてカンゲキしたものです。
    いろいろな意味で高速道路を走るのは好きなので
    1100は手放せない感じですが
    ここのところの体力低下には、まいっています。
    前に話したけど、ちょっと富士宮までヤキソバ食いに
    走ったら、右腕が何日も筋肉痛というていたらく。
    車だって、以前は半日あれば博多まで行けたのに
    今は一日かけて八ヶ岳往復すると二日会社休むことに
    なるし・・・
    青鹿を走り抜いて、鹿児島からバイク走らせて帰った
    かっちゃんは偉大ですな。(笑)

  2. よんきち より:

    小排気量好きだったじんがイレブン乗るのって、実は結構心配してました。
    じんとは一緒に走った事もないし、ライディングを見た事なかったから。ごめん。(^_^;
    反面ランチョンとは一緒に移動した事、数回あるから、ランチョンならライディングはまず安心と根拠のない確信のようなものがあったりします。でも今は同じだよ。
    私はそうだなぁ、ZX-4で限界速度で巡行していた時に、そのはるか次元の違う速度でボヒュンと抜かれた時は、「おー」と鳥肌がたちました。エキゾーストもそうだけど、高い速度での速度差ってすごいものだから。
    カタナはナナハンで、エンジンもそんなに調子よくなかったら遅くて遅くてたまんなかったけど、ニンジャに乗り換えて「なんだこれ」って感じでしたね。高速道路の料金所抜けて、まだ料金所がバックミラーで目視できる(バックミラーで目視、という所がミソ)距離なのに、えらい速度域に入っていることもありました。
    こんな事書いちゃうと、確信犯で某女優みたいにイケナイ事になるかな?でも証拠は既にありませんし、今はそんな事しようにも、できない車種だから…
    ターンパイクでの登りは楽しかったなぁ。某横浜のバイクショップが企画したり、オランダの幽霊ライダーがやっているような世界がリアルなんですから。その時はニフでかつ会社関係の友人と一緒だったんだけど、激しく乗ってしまった。大観山で普段はしないけどバイク交換して、イレブンに乗せてもらって、あ、これもひとつ上の次元に突入しているなと感じました。イレブンに乗っていた彼は、激しい乗り方でエンジン壊して終わりましたが、そんな彼が私のニンジャに乗って「こんなブレーキ怖くて乗れない」と言っていたのを思い出します…
    ロングツーリストという意味では、じんは私が真似できない領域を走っていました。スタミナと集中力の維持というか…私はたかだか永源寺まで往復するだけで疲れてしまったし(帰りにはあとにも先にも最初で最後の速度違反で赤という事がありましたが…)。
    青鹿は本当に最初は軽く「へーそんな事すんだ」って思ってましたが、ひとつの伝説になりましたね。かっちゃんは宗谷から走ったんじゃなかったでしたっけ?凄すぎ。普段の生活についても、尊敬に値するロングライダースですね。自分もそうなれるかな。
    お互いそうですが、下降気味の時はあるから、そんな時はおとなしく上向きになるのを待てばよいと思っています。でも、これまでやってきたスタイルというか、自分のポリシーは大事にしたいと思っています。

  3. そうねー、実際に持ち合わせている素養というか
    いわゆるテクニックの元になっている運動神経、反射神経のたぐい。
    そういう領域で、私は皆さんより数段落ちるので
    もし一緒に走ったら「やめときなよ」って言われてると
    思います(笑)
    まーでも、そういうコトを認識しているので、小心者な運転でありまして
    結果としての直線番長なのですな。
    20代の頃に乗ってたらヤバいことになってたでしょうねぇ
    心配しててくれてうれしいです。

  4. よんきち より:

    そんな他人よりライテクが劣るなんて、私自身が一番感じてます。ランチョンとかアルバさんとか、走りを見た人だけだけど、そういう人の乗り方を見ると、メリハリがあって先をしっかり見てリズムよく走っているなぁというのがよくわかります。自分でもああいう乗り方をしたいものだと。
    だからじんじんさんの事を心配していた理由は、私がよくわかんなかったからというのと、ちょうどいろいろあった時期だったからです。心配したって何も変わるもんじゃないけど…
    ニンジャ乗っていて売ろうと思ったのは、置き場所の問題も大いにあったんだけど、町中走っててヤバいと思ったのも大きいです。違法駐車と流れている車との読みが1度だけできなかった時があるんですね。ああ、これはこんなバイクに乗っていてはヤバイ。もっと自分に相応の車種に乗るべきだ、と。
    でもね、やっぱりカタナのイレブンは乗りたい。遅くてもいい、あのアメリカンみたいなディメンションでも、正丸峠の下りで遅いナナハンがクォーター相手に楽しい走りを展開した日を思い出します。ライポジも積載性も含めて、私にとっては波長のあう車種です。
    オフ車だとXR250Rかな。また乗りたいです。

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