丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

ラベンダーの色

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

私は色弱だ。赤と緑が混ざると分からない。聞くところによると赤緑色弱の人間は、男性の20人に1人、女性の400人に1人、日本全体では300万人近く存在するようだ。例えば血液型でいうと、AB型は日本人で10%、アメリカだと3%と言われる訳だから、赤緑色弱の人がいかに多く存在しているかというのが分かる。
赤緑色弱は赤緑色覚異常と言われるが、異常と言われる所に障害の一種だと感じてしまう。由は美術の教員だった時代があるのだが、小学生の生徒でも結構色弱の子が存在していて、その子たちの絵の色はやはり特徴があったようだ。ただその色がその子が見た色であり、正解なのである。
私も色を扱う事は色々な面である。写真を撮るにしても、ウェブを作るにしても、色は凄くデリケートだ。また子供の頃からのトラウマもあり、自分の色についての表現は自信がない。何色っぽい、とはいうが、いつもそれがあっているか、自信がないのだ。
紫は青に見えるし、青だと判断したものが紫だったりする。一番不便なのが、充電器などによく使われる赤と緑のLED。私には満充電の緑が分からないのだ。いつも由にこれは何色?ときくが、そうか、という納得はできない。まったく違いが分からないからだ。
いっその事、青色LEDをもっと活用してほしいと思う。赤と緑のLEDは、生活の中でも多く使われており、非常にユーザビリティが悪い。正直嫌がらせか、と思える程、多く使われている。信号の青が緑でなくてよかったと本当に思う。そうであれば運転すらできなかった事だろう。このあたり、企業はどう考えているのだろうか。非常に不満を感じる所だ。
そんな私でもラベンダー畑や芝桜など一面の色がある場所はちょっと楽しい。どんな色だっていいんだ、その色が美しければ、と思うのだ。
我が家のプランターにあるラベンダーの花も咲いた。くーの散歩でいく公園にあるラベンダーは、品種が違うがこれも鮮やかな色をしている。花の種類は詳しくないし、自分でお金を出して買おうとか、育てようとは思わないのだが、人の五感の中で花というのは生きているという事を感じられるものだから。
写真は公園のラベンダーにとまるモンシロチョウ。明日は雨の中、アジ大会初参加だ。風邪をひかないようにしないと…
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雨の香りと四季折々

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

日本は地球上の独立国という意味では、とても敷地面積は小さい。そして島国な為、四方は海に囲まれている。南北に細長いその地形は、色々な独自の自然や文化が生まれ、育まれてきたのだが、その中で実はとても大きなものを示す要素として、四季というものがあると思う。
日本の地形は、川の多さや山地の多さなどから、海に川の水が流れこむまでの間に生き物や文化が育まれてきた。そしてその地には、春夏秋冬という季節が生活や植物たちの生育に計り知れない恩恵をくれる。その中で夏という1年の中で一番暑い季節の前にやってくる梅雨というものが、大きな意味を持っている。
昨今異常気象と呼ばれ、空梅雨とか梅雨が長引くような事で、農作物に影響を与えている。安定した農作物を供給する側としても困る訳だ。ただ自然はそんな計算されるものではないので、農家は毎年の気象パターンにヒヤヒヤさせられる。ビニールハウスや品種改良などで、少々のアンバランスな天候に見舞われたとしても、供給量が確保できるように改良されているものも多いが、それをフォローできない異常気象も少なくない。
梅雨の期間は見事に雨が多い。そして春から夏の間という季節もあって、蒸し暑く、昆虫や動物も活発に動き出す。ダニやノミなどの害虫もそうだろう。犬を飼う家にとっては、ほぼ毎日行わなければならない散歩のあとのケアに時間をとられてしまう。最近は予防薬としてフロントラインなどがあるが、その効果や成分を聞くとできれば使いたくないと思わせるものばかり。手間を惜しんでは犬にとっても家の衛生環境にとっても影響が出てしまうのも現実だ。
そんな中、梅雨は紫陽花などの季節の植物が花を添える。梅雨の合間の休日に、近所に咲く紫陽花で記念撮影なんかもこの季節ならではだ。この季節感というのは、人にとってどれだけ文化的な影響を与えてくれるか計り知れない。短歌や俳句にしても季語はつきものだし、日本の四季折々の風景は心を和ませてくれる。そんな季節がある事を喜ばしく思う。
最近は不安定な国の政局や、増税だけでなく税金の用途の無責任さ、悪意に満ちた犯罪の増加、生活モラルの低下などで暗くなる昨今、日本人に生まれてよかったと素直に思えるのは、昔から変わらぬ季節や風景位なのかもしれない。
根本的な問題の解決は簡単には至らないかもしれないが、梅雨という季節に、これからやってくる夏を想いつつ、木々に染みついた雨の香りを嗅いでは、ほっと一息つく今日この頃だったりする。
昨夜の帰宅と今朝の通勤は激しく雨に降られた。すっかり膝下がびっしょりだ。
写真は雨の日、外を疎ましそうに眺めるくー、といいたい所だが、変な所まで入り込んで進むに進めない姿のくー。しっぽが下がっている。
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ネット時代の銀行の課題

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

ヤフオクをする為に口座を作ったジャパンネット銀行から、トークンによるワンタイムパスワード発行機が届いた。由は当然これは何なのだという疑問の表情をしているのだが、説明をすると、へーと感心していた。
ネットで銀行口座の資金運用ができるようになって久しいが、昔のように窓口に長い間待たされたりするのが信じられない時代になった。銀行は口座開設者にやさしくなく、またマンションを買う時にも、ちょっとした問題で手のひらを返したような態度で何度も裏切られた。人のお金でビジネスをしているにもかかわらず、窓口はすぐに締まるし、預金してもポケットティッシュ位。今はもうゼロ金利が当然の時代なのに、それが当然という態度だ。唯一お客様案内係といわれる人だけが、低姿勢で親切に応対しているだけ。
窓口なんかいらないと感じる。ネット銀行はその点、多くの無駄な人件費や窓口運営費をなくし、効率的な資金運用をしているように思える。しかしネット銀行といっても、結局はインターネットを勝手にビジネスに利用しているのは間違いなく、共通のインフラであるインターネット上でいかにお客様の資金を安全に運用していくかという努力が足らないと思っていた。利便性だけは求めて単なるユーザIDやパスワード、第2暗唱といっても結局は紙の上での表を使うなど、レベルとしてはそんなものだった。
私の本業はもっぱらこのITセキュリティに関わる業務なのだが、自宅から仕事で社内ネットワークにアクセスする際は、今ではSecureIDのトークンによるワンタイムパスワードを使い、シンクライアントと言われる環境でアクセス。社内の情報を外部に漏洩させないよう、ローカルパソコンにデータがコピーなどができないようになっている。仮想デスクトップ環境で必要な作業ができるよう、システム面で考慮している。これまでは社内の情報は社外に持ち出してはならないという命令のようなもので、結局は社員や個々の意識に任されている事が多かったが、やはりシステム化しなければ完全に安全な環境は確保できないものだ。またシステム化といってもレベルがあって、例えば電話の発信番号通知機能を使ったダイヤルアップによる別なネットワークへの接続にしても、システム化と言えるものだ。そのあたりをいかに高度なセキュリティレベルを保ち、システムで認証・運用させるものが主流になってきている。
当然強固なセキュリティ対策がされていても、いくらでも穴は作ろうと思えば作れる訳で、本人次第になるのも確かだ。そのリスクをできる限りシステム面で低くさせる事はできる事から、こういう手法を考えてビジネスで活用されていく。
ネットバンキングなんていうのは、いきなり普及したが、実際は相当にリスキーな運用になっているはずだ。このトークンによるワンタイムパスワードを使った認証にしても、送金時に利用するいわゆる第二暗唱の代わりに使う訳で、結局利用者がこのトークンを誰もが持っていける場所においておけば意味は薄れていく。結局は使う人間がしっかりと管理運用する必要がある事は変わらないのだが、ネットバンキングをサービスとして提供する金融機関はもっとこういうセキュアな仕組みを前向きに整備していく責任があるのではないかと思う。
便利さだけを追求する時代は既に終わり、常についてまわる事として、個人情報の保護と本人認証の技術だ。それに対して最初にやった企業はやはり評価されるべきではないかと思う。
写真のトークンは、上が会社のもので、下がジャパンネット銀行のもの。
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