丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

思い立って(その1)

yonkichi, · カテゴリー:

伊豆旅行に行ってきた。
由が何かおいしいものを食べたいと言うので、となれば海のものとなる訳で、千葉か伊豆あたりの近場で探していた。
結果的に直前まで決まらず、出発の前々日に某直前予約サイトで探した所がそこそこよさそうだったので申し込んだ。という訳で、早朝のETC割引時間に高速に乗り、出発。
足柄SAでひと休憩を入れた時、外気温は1度だった。凍結注意マークがインパネに表示されている。由は助手席で寝ていたので、私だけトイレ休憩。裾野で高速を降り、沼津市内に一般道で向う。
時間は7時をまわり、既に通勤ラッシュが始まっていた。所どころ混雑を越えながら、沼津漁港に到着したのは7時40分。ぬまづみなとパーキングに停め、朝食に目当ての丸天に行ってみるとまだガラガラだった。
寝起きで腹が減っていないという由に従い、ちょっと場内をうろうろ。沼津港INOという競りを見学できる建物に入ってみるが、時既に遅し、がらがらであった。由は競りが見たかったようだが、それだともっと早くにでなければならないという事で、諦めて貰った。
再び戻って丸天で朝食。私はトロすきみ丼、由は近海にぎり寿司かにのみそ汁付を頼んだ。朝からボリュームのある食事だがなかなか美味しかった。
沼津港を離れ、西伊豆を南下。伊豆三津シーパラダイスまでがちょっと混雑したが、それを越えて内陸に入り、西伊豆スカイラインを上りはじめる頃には殆ど車はいなくなった。
個人的に伊豆で一番好きなルートである西伊豆スカイライン。特に仁科峠周辺は牧歌的でかつ駿河湾のきらめきが素晴らしい。しかしこの日、恐ろしいほどの突風が尾根筋を走っていた。
知人の中華料理屋がある戸田の町を望む展望台では飛ばされそうになり、車も風で揺れるほど。結局まともに写真すら撮れず、細い山道を下り、湧き水をコイン販売している所を抜けて松崎で海際の道に戻った。
相変わらず白波がたっている中、石廊崎~下田へ海岸沿いを走る。途中朝日が丘展望台でくーを少し散歩させた。そこで生まれて餌付けされたのか、黒い子猫が4匹由のまわりに集まってきて離れない。お昼をすぎてしまったが、朝もしっかり食べたし、夕食も多そうなので、どこかでデザートを食べようと下田に向う。
まずは弓ヶ浜へ。私は幼稚園の時に来た事があるのだが、殆ど記憶がない。ただ白く綺麗な砂浜が広がっていて、くーは思いっきり走り回った。その隣にある逢ヶ浜まで散歩をすると、別荘のような建物が沢山あり、サーファーが住んでいるのかと思いきや、普通の家族が住んでいるようだった。
その後岩田商店のおいしい塩アイスを食べて下田へ。城山公園という所に立ち寄り、くーとちょっと長めの散歩。公園のメンテナンスをしているおじさんが撫でてくれた。ぐるっと山を登って下って展望台に立ち寄りながら駐車場まで戻ったのだが、ここはどうも紫陽花で有名らしい。時期が来たらなかなか盛大に美しそうなので、由はまたその頃に来たいと言っていた。
その後、フォンテーヌという所でオレンジケーキを買い、サニーサイドカフェでケーキタイム。寂しいシーズンオフのビーチ脇に洒落た建物のカフェは、思いのほかお客さんが入っていた。オレンジソースのアイスとケーキが美味しい。
お茶をしたあとにちょっと戻り、由のリクエストで三福屋という所のミルク煎餅を買いに行き、一路宿のある赤沢へ東海岸を北上していく。どんどん日が暮れていき、明るいうちに現地に到着したかったのだが、おもいのほか時間がかかり、ギリギリ到着前に真っ暗になってしまった。
今日の宿泊場所はルネッサ赤沢というコテージ型宿泊施設。フロントに車を停め、チェックインをすると宿泊棟への地図を渡してくれた。既に真っ暗の場内にちょっと寂しい照明が道を照らしている。宿泊棟の周辺に車が既に3台停まっていた。
4部屋1棟というコテージは、どうもペット連れ専用として使われているらしい。周辺には車が停まっているコテージもあるにはあるが、圧倒的に少ない。その中でペット宿泊可の棟だけは満室という感じだった。
部屋は充分広く、正直我が家と同じぐらいの間取りだった。キッチンも広いが設備はとりあえずといった感じで、お湯を沸かす事は可能だ。冷蔵庫も大きめのものがあり、設備の痛み具合は結構なものだが、直前予約で随分お得になっている事を踏まえれば充分に満足度が高いものだった。
くーをクレートに待たせてまずは温泉。大浴場はほぼ貸し切りだった。癖のない泉質はちょっと物足りないが、とても体は暖まった。冷えてきている事もあり、温泉は助かる。部屋に戻るとすぐに食事が運ばれてきた。
大きな金目鯛に陶板焼きと称するものはサザエやアワビ、伊勢海老半身、牛ステーキ、鳥モモの黒胡椒焼き、野菜などが盛られている。ほかに2人前としては多めの刺身盛り合わせ、おむすびと味噌汁などがテーブルいっぱいに並べられた。温泉に入る時に由がこれもと追加したカンパチのカマの塩焼きもちゃんと用意されていた。
くーは飼い主と同じソファの上で、よだれをたらしながら眺めている。くー用にちゃんと食事もあげたのだが、いくらでも食べようとするのがコーギー。安全な刺身だけ少しおすそ分けしてあげた。
さすがにこれだけの料理を一気に運んでくる事で、ちょっと冷めてしまってた金目鯛や伊勢海老はレンジに入るお皿に盛りつけなおし、温めたら味のランクがグンとあがった。
結構おなかが膨れ、満足。テレビを見ながら私がネットに繋ぐと仕事のメールが来ており、急遽由も私もちょっとだけ仕事をするはめに。それでもそれはすぐ終わり、早めに就寝するのだった。
写真は弓ヶ浜で散歩をする由とくー。これだけ広いと伸縮リードでも足らない。
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19th和琴ミーティングその2

yonkichi, · カテゴリー:

朝は7時に起床。既に焚き火の前には数人起きてきていた。いつもは無料だったりキャンプ場ではない場所で行う和琴ミーティングだが、その時は昼まで起きてこなかったりするのが普通だ。なんせ、朝日が登りだすまで焚き火を絶やさず、酒を飲み、フォークを歌い続けているのだから。
今日はいつもとは大きく違う。なんせ既に横では今日の昼すぎまで行われるキャンプ場主催の地元向け芋煮会があるのだ。立派なステージがあり、紅白の幕で囲まれ、芋煮鍋をつるす台が40箇所も作られている。お手伝いとなる地元のおばさん、おじさんが軽トラで集まってきていたのだから、寝ていられる訳がない。
イベント中は車が出られなくなると言われてあわてて車を駐車場の出入口近くまで移動させたり、荷物を少しづつ片づけたりと忙しい。我が家は午後早い時間にここを出る予定なので、必要なものだけ残して片づけてしまった。
あれよあれよという間に芋煮会が開催された。ステージには演歌歌手や高校生のバンド、おばちゃんおじちゃんのよさこいソーランなど、凄い催し物が次々と開催されていく。私達は横でぼーっとそれを眺めたり、子供たちは場内で釣りを楽しんだりして過ごすのだが、何だか妙な雰囲気の中で時間が過ぎていった。
お昼前に兄貴が到着。そしてシェフが電車でやってきて、これからトレッキングをして電車で帰るとか。皆久しぶりだがそれぞれのスタイルでやってきているのがよい。旅の知り合いはそれぞれが自分のスタイルで時間を楽しむ事がうまい。それが誰にも迷惑がかからず、それでも友人の間でシンクロする部分はしっかりする。久しぶりなんて言葉はめったに出ない。1年に1度しか逢わなくても、昨日逢っていたかのような気軽さですぐに会話になり、じゃ、という簡単な一言で去っていく。
10代の後半から、40代中盤の今まで、こうやって長く付き合っていられる友人たちは皆気持ちのよい奴らばかりなのだ。
結局お菓子や人の食べ物をつまみながら、14時に我が家は帰路に着いた。休日昼間割引だと大井松田から厚木までしか半額にならないが、渋滞なくスムーズに自宅まで帰る事ができ、16時には荷物も降ろして一息ついていた。今頃はキャンプ場の友人達は夕食の用意に忙しく動いている事だろう。すぐに日が暮れる頃だ。
今年の和琴ミーティングはこうして終わったが、来年は20周年なので和琴でやるとか。何人が来れるだろうか。10周年記念の時は、10月の終わりに結構な人数が和琴の湖畔に集まった。我が家もロッキーで当時なくなる寸前の近海郵船で往復したものだった。
一人の友人が、定年になったら飽きるまで車で日本をまわるんだと言っていた。彼は長年デリカのスターワゴンだったが、数年前にハイエースになり、一家5人+犬2匹の大所帯でよくでかけており、車内で生活ができるように改造されている。
私が定年まで会社員として居られたら、我が家も同じように1~2年は日本を旅したいと思っている。
写真は今回のキャンプ場。我が家のテントはエスクードだ。
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19th和琴ミーティングその1

yonkichi, · カテゴリー:

この3連休、19年目の和琴ミーティングが普通のオートキャンプ場で行われた。場所は丹沢。
先週からずっと風邪をひいていて、まともに会社も行けなかった中で、何とか参加しなければと頑張って体調管理をした結果、完治していないが何とかキャンプに耐えられそうな体調になったので、渋滞を避け早朝からでかける事にした。
5時40分頃に東京料金所を抜けて、渋滞なく大井松田ICで出る。山北方面にR246で向かう途中にコンビニで今日と明日の朝食を購入。荷物も何だか適当に積んでしまっているのだが、あとは何とかなるだろうと相当にいい加減な装備なので、ちょっと不安も残る。
駐車場で由が豚まん、私がおにぎりをひとつ食べ、移動。ずっと行って見たかった大野山乳牛育成牧場へ向かう。細く狭くすれ違いができるスペースがちょっとしかない急な道をゆっくりと登る。途中擦れ違う車は全て地元車だ。事前にネットで調べていたが、ここは相当な難所のようだ。おまけに今日はフェスティバルがあり、11時から焼肉配布のイベントがあるらしい。どの程度の来客があるのか、この道では恐ろしい。簡単に崖下に転がり落ちてしまう危険がそこここにある。
無事頂上直下の少し大きめの駐車場まで登ると、ここからは歩いてという看板に従い、くーと散歩開始。大宮ナンバーの白っぽいセレナが通行禁止を無視して登って行ったが、400mないという事なので朝の散歩。たかだか400mなのに何故車を停めて歩けないものなのかと呆れたが、案の定すぐに降りてきて我々は道をあけなければならなかった。頂上にはまだ8時なのでイベント関係者もいない。
北海道の標茶のあたりの牧場のように、結構急な勾配の斜面の牧草地で、ホルスタインが草を食んでいる。目の前には足柄山や箱根に至る山々、遠くは小田原の海まで望める。山頂にはテントの準備がされていて、配布目的の金太郎牛乳が山ほどおかれていた。季節物なのか牧草ロールにハロウィンのカボチャ柄のビニールがかけられている。反対側には山頂付近に雲がかかっている富士山が望め、御殿場の町並みも見えた。視線をずらすと、丹沢湖と三保ダムも見える。
この広々とした景色を独り占め。くーとでかけるとこういう時間と場所が一番安心して楽しめる。
しばらく歩きまわって、下りが怖いので下山。途中牛に近づける所があったので、くーと記念撮影をするが、やはりくーは近寄らない。牛の方も何だかちっこいのがいるという表情で、くーを見つめていた。元々牛追い犬なくーだが、これでは無理なようだ。
下山ルートは擦れ違う車が数台あっただけで思いのほかスムーズだった。道の駅山北を抜け、三保ダムのダム広場へ。ここの紅葉は始まったばかりだがなかなか綺麗だった。駐車場で眠いという由と一緒に1時間ほど車内ベッドで仮眠。目を醒ますと駐車場に数台しかいなかった車がぎっしりと停まっていた。
9時半頃になって芝の中にあるベンチで朝食。くーには枝で遊んで貰い、食後は周辺を散策。ミニ三保ダムや丹沢湖などもあるが、誰もいない。多くの車を停めて来ている人たちは一体どこに消えたのだろうか。ここから先程の大野山へも歩けるようだが、走ったりフォールディングバイクを組み立ててサイクリングを始めた人も居たので、ここをベースに遊びにでかけたという感じのようだっだ。
1時間ほど遊んで11時頃になってから移動。丹沢湖を抜けようとすると、何だか騒がしい。のぼりが沢山たっているのだが、書いてある事をみるとどうやら高校の駅伝大会があるようだった。やがて警察が警備している中、反対車線ではまさにレースの真っ最中。必死の形相で走っているランナーを応援しながら徐行して奥へ向かう。
目指すは中川温泉ぶなの湯。昔、この先にある犬越路を原付のMR50で越えたのが懐かしい。今は一般車通行止になっているが、神ノ川側から上りトンネル手前でオーバーヒートでエンジンが悲鳴をあげて大変だった。
ぶなの湯に到着したのは11時前。2時間券を買ってゆっくりと露天風呂で体を温め、休憩所のマッサージチェアで体をほぐすと寝不足だった頭が醒めていくようだった。中に売られていたカリンを購入してみた。
そのあと丹沢湖の中心地で昼食。信玄そばの店に入ったが、厨房の親父が騒がしく文句ばかり言っていて落ち着かなかった。由はとろろそば、私は値段があまりに高いので比較的安いカツ丼。くーを車に待たせていたが、日差しが強いので換気に注意し、早めに食事を終わらせた。
時間も12時をすぎた頃だったが、まだ早いので今度は玄倉川方面へ行き、丹沢湖ビジターセンターとやらに足を伸ばす。ビジターセンターは羅臼や白神などどこも似たような感じでよろしい。人も少なく静かで落ち着けた。前の湖岸周遊道路ではまだ駅伝大会真っ最中。歓声や拡声器からの声が静寂を破っていた。建物の廻りを歩ける遊歩道もあるらしいが、12時半になったのでそろそろキャンプ場に向かおうと移動開始。
道の駅山北でゆずとさつまいもを購入。ついでにくーのおやつにと、焼き芋も1本購入。駐車場がごったがえしている中、車の中から対岸のキャンプ場内にエンジのステップワゴンが移動中なのが見えた。早速じんじんさんに電話するとやはり本人だった。ほかには軽トラでやってきていた畔ちゃんがいるようだ。
我が家も橋を渡り、キャンプ場に入る。奥の方にはトレーラー型のキャンピングカーがワンサカ。何かのオフ会のようだった。フリーサイト脇にある芝のサイトに到着し、我が家の移動テントであるエスクードを芝の上に停め、テーブルと椅子を出してやっと一息つくのだった。
しばらくすると、夢あかり一族も到着。奥さんと子供を置いてきて作業着姿のとどん、暗くなって半分仕事で近くまで来たというきりんちゃん、薪を運んできた師匠に加え、夜中に松家が到着し、ようやく和琴ミーティングっぽくなっていった。
焚き火ができないのでおっとさんが持ってきた焚き火台を使い、ちょっと冷えてきた体を温めた。こうやって年に1回は焚き火を囲んで下らない話をする仲間たちは、殆どがもう40歳中盤だ。子供がいる家庭、犬がいる家庭、今北米~南米を子供と共に自転車で旅している友人の話や、北海道に移住した友人の話、20年前の北海道の和琴や開陽台であったエピソードなどを終わる事なく話すのだった。
我が家は23時頃にエスクードのベッドにもぐり込み就寝。すぐ近くでは焚き火を前に朝まで声が聞こえていた。
写真は大野山の乳牛さんとくーのガンつけあい。牛さんはじっと見つめていた。
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