丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

トウキビを煮てみる

yonkichi, · カテゴリー: 食べ物

北海道の味といえば、いろいろあるのだが、子供の頃、海水浴に行ったときやお祭りの夜店で一番のご馳走だったのは、醤油の焦げた香ばしい香りのトウモロコシだった。歯に挟まるのはご愛嬌、私は結構キチンと食べるタチなので、前歯で3粒位を外しながら、先の方から食べて行った。
どちらかというとトウモロコシは甘さよりも、醤油の味が印象に残りがちだった。炭火で焼くという事自体が、それまでアウトドアでバーベキューのような事をしたことがなかった幼少時代、とんでもなく大変な料理であるような気がしていたという事もある。炭を使うというのは、焼きとり屋や鰻屋など、簡単に一般家庭でできるようなものではないようなイメージをもっていた。
炭で焼くとやはりおいしさが違う。最近になって、漸く炭を使いこなそうという気になっているのだが、つい最近まではやはり炭は「かさばる」「着火が大変」「後始末も大変」という印象が先にたち、なかなかその気にならなかった。だがダッチオーブンや長い時間、火を使う場合は、炭が便利であって、また車で荷物を運ぶならという事から、とうとう(今更、とも言うが)手を出す事にしたのだ。
真っ先に考えたのは、トウモロコシを焼く事。だが、トウモロコシはどちらかというとその後の旅の経験の中から、焼くよりもシンプルに茹でるトウキビのイメージが勝りつつあった。醤油で焼いたワイルドなトウモロコシもウマイが、シンプルに素材の甘さを引き立てた、茹でたてのトウキビもウマイ。これはまったく別な食べ物だという認識のもと、トウモロコシとトウキビという呼び方を勝手に自分の中で決めてしまっていた。
北海道を旅していると、ジャガイモやトウキビ、赤肉メロン、アスパラ、サンマ、サケなどが極端に安く手に入る事がある。それはしめたもので、早速その日のメインディッシュやデザートとなるのだが、料理のレパートリーが炭をつかっていない分、狭くなってしまう。サンマなどは、七輪がよく似合うし、事実キャンパーで七輪をもっている強者も少なくなかった。サケなどはアキアジ祭りで400円/尾で生を買ってきて、イクラを作り、身は味噌とキャベツでチャンチャン、アラは味噌汁などを楽しめた。
メロンなんかは半分に切られてパックされ100円で出ていたりすれば、当然買い物カゴに入った。北海道はオイシイのである。
トウキビはたいてい長い為にコッフェルで煮るには折らなければならない。追っても入らない時がある位だが、ストーブで煮る時間は結構嫌いではない。薄曇りの開陽台。腹へったからトウキビでも食うか、といった所で煮ている写真がこれである。
甘くてジューシーな北海道のトウキビは、北の大地の味がする。粒が数個、色が薄いのが混ざっているのが、また北海道のトウキビらしいのだ。
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ジンギスカンブームらしい

yonkichi, · カテゴリー: 食べ物

ダイエット?お肌にいい?これまでそんな事考えてもみなかったが、テレビでも雑誌でも取り上げられていて、お店もいつのまにか増え、いわゆるブームという状況らしい。
ジンギスカンはタレでも味噌や醤油ベースなど、色々ある。どちらかというと、農機具などが入っているD型と言われる納屋の中で、巨大な鉄板を置いて、スーパーの一番大きな袋サイズで、透明なビニールの中にぎっしりとタレに使ったラム肉がその上に次々とひろげられていく。そういうイメージなのだが、テーブルの上でお洒落に野菜と一緒に食べるような感じらしい。
松尾や小林という、ジンギスカンといえば出てくるブランドは、北海道は滝川が本拠地だ。野菜や果物などが入った少し甘く、深みのあるタレは、ラムやマトンによくあう。独特なジンギスカン鍋でモヤシやキャベツと一緒に食べると、これまた北海道の味がするのは、私だけだろうか。
たまに都心でも松尾のパッケージをみかける時がる。少々高いのだが、ちょっと食べるには丁度よい。有楽町の前にある北海道物産センターでは、松尾純正の鍋でさえ置いてあるが、私は焦げつくペラペラのアルミ製の、使い捨てジンギスカン鍋を使う事の方が多い。鉄鍋の方がうまいので、最近ダッチオーブンも使うようになったので、ダッチの蓋で焼いてもいいかと思っている。ただタレが焦げついてしまう料理なので、ちょっと後始末が大変だ。そういう意味でも使い捨て鍋をうまく使うと楽なのである。
お洒落に我が家の近くにもいきなりジンギスカン屋ができているが、私としては北海道の少し荒っぽいジンギスカンが好きだ。タレにつかっていない肉を、サッパリした漬けダレに少し浸して食べるのも好きだし、濃厚な大阪屋や和琴レストハウスの味噌ジンギスカンもいい。色々な味があってもよいではないか。
これは兄貴(とはいっても実の兄貴ではなく、キャンパーネームが兄貴という男)が松尾のジンギスカンを食べた事がないというので、買ってきてくれた肉。開陽台は、旧カメハウスの前で、霧の中で数人が背中を丸めて食べた。それも私のジンギスカンの思い出だ。
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太陽熱に対抗する味とは

yonkichi, · カテゴリー: 食べ物

陽水の歌ではないが、直射日光に長く当たっていると、命を落としそうな勢いの太陽熱が容赦なく降り注いでいる東京。地面のアスファルトからの照り返しも強烈だ。日中歩いたりするととんでもない事になりそうだ。
最近ニュースで熱射病への対策がよく取り上げられているが、子供の頃は日射病だった。熱射病っていうのは何時からなのか。帽子をかぶってでかけても、熱射病には関係ない。実際最近、自分でも熱射病気味じゃないかという位、目眩が起きそうな程、意識が朦朧とする事がある。少し歩くようにしているのだが、その途中、サウナの中に居るようなねばっこい空気の中で喘いでいる。
クーラーが恋しい。冷たいお茶が飲みたい。そんな事を考えながら、たどり着くと毛玉が飛びついてくる。とりあえずおとなしくなるまでなでてやり、べたつく洋服をはぎ取り、まずお茶を1杯。そしてすぐに風呂に入る。風呂も殆どシャワーで充分だ。
私はさっと風呂に入るタチなので、15分程度しかかからない。もう少し涼しければ半身浴で少しじっくりと温まるんだが、とにかく汗を流してさっぱりしたい。夏はいつもこんな感じだ。いや、独り暮らしの頃は殆ど夏はシャワーだけだった。八重山の宿だってそうだ。
ただ東京はその暑さに加え、空気の悪い空間だけに別な意味での息苦しさもある。坂のある道ではアクセルをあける車の排気ガス、タクシーが休憩駐車の為に、アイドリングさせながら中で寝ている横を抜けてくるだけで、こっちは息苦しくなってくる。
この季節はあともう少し我慢すれば通りすぎる。あまり暑すぎると、やはりダメダメになってしまうものだろう。こういう季節にはよく鰻を食べたり、体力がつくような食事が取り上げられる。逆に脂っこい料理ではなく、さっぱり素麺やそばでも食べたい所なのだが、それではこの暑さを乗り越えられないというのだろう。さっぱりした料理ばかりでは、体がしっかりした味の料理を求めるように、それは程度問題だろう。
鰻は今、高い。来年もどうやら、稚魚の生育が悪くもっと高くなるだろうと言われている。個人的には鰻は好きなのだが、ちょっとした体の問題があるのと、食費を少し節約しうようという所で、ゴーヤーなどのサッパリした味で栄養豊富な野菜などで乗り越えようと思う。
という割には、今日は夏野菜のカレー。インドやタイのカレーも好きで、真似して作ったりしているが、日本のカレーはやはり独特だ。子供の頃からなれ親しんだとろみのあるカレーは、日本のカレーと言ってもいい。一晩おいたカレーの美味しさなどは、日本人ならみんな知っているだろう。
沖縄料理でも洋食でもなく、実は今日食べたかったものは、帯広はぱんちょうの豚丼。これは常習性があり、一度食べるとまた食べたくなる。おなかがいっぱいでも、一口食べれば最後まで食べずにはいられない絶妙な味なのだ。梅おばあさんの味は、魅惑の味だ。
昨年の夏も、開店10分前に到着し、何とか1ターンで入り、松を食べる事ができた。今年も帰る時の空港は帯広空港なのは、ここに寄りたいからなのだ。
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