丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

大いなる自然とエゴ

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

知床が自然世界遺産登録されたらしい。漸くというか、やっとというのか、正直そのような話が出てから随分たっているような気がする。
知床横断道路ができた時や、五湖から先のカムイワッカに交通規制がかかった時も、もう遅いんじゃないかと思った位だ。ただ実際には道がなく、気楽に足を踏み入れられないエリアは半島の半分もあるのも事実で、周辺の海洋も含むエリアを自然遺産にする事で、今の時代を生きる私たちが、今後世に残す事ができる大事な事だと思っていた。
ただ、羅臼側は漁業が発達している。道路も昔から漁の町である相泊までのびており、地図をみてもその存在は違和感があるが、観光施設はほとんど皆無といっていい。町が財政難といっても、これまで観光に力を入れなくても運営されてきた。漁師の中には中標津で遊ぶ為に別荘を借りたり豊かな暮らしをしている人もいると聞く。過疎にならず、これまで経済水準も維持できたのは、その豊富な自然と海からの恵みがなくては無理だろう。その恩恵は、豊かな森があり、川が流れ、そしてアムール川河口からの流氷が運んできてくれる。人間はその恩恵に授かり、網でさらって自分だけのお金にするが、町や周辺産業とのギャップは明らかだろう。
例えば四国では漁師が森を作っているという。植林をし、海に流れ込む川の水に豊富な栄養分を与え、魚を育て、それを漁師が初めて恩恵を授かる。ただそこにいる魚を取るだけでなく、農民が畑を耕し、育て、最後にそれを収穫するように、漁で生きる人がそれをよくわかった上で、何をすべきかを考えて実践している。すばらしい事だと思う。
羅臼には熊の湯という有名な露天風呂がある。何度か訪れた事があるのだが、しっかりと女湯と男湯がわかれ、川沿いにある気持ちのよい温泉だ。国道を挟んでキャンプ場もあって、シーズンには多くの旅人が利用する。反面、漁師や地元の人も多く利用しているよい温泉だ。
過去、何度かその地元の漁師と自称する人に、乱暴な事を言われた事が何度かある。それがいい加減うんざりになって、通りすぎるようになって久しいが、要は地元としても熊の湯は自慢のできるよい温泉であり、それは利用する旅人にとってもよくわかっていた。しかし、いわゆるヌシのように振る舞う事は、郷里を愛する心とは違う。単なるエゴとしか思えない。事実そういう目にあったのは、広い北海道の中ではここだけだから。
インタビューで答える漁師は、殆どトドが大事か人間が大事かといったり、世界遺産で漁に影響が出て、生活できなくなるという。世界遺産というのは、そういう次元ではないはずだ。実際鹿が増えすぎていて、木々に害が出ている事も毎年のように聴かれる。トドにしても増えすぎの場合は困るだろうが、漁師が絶滅危惧種に対して、人が大事か、獣が大事かという事を平然と主張する事は私は理解できない。ではうむも言わさず一網打尽にされるカラフトマスやサケの立場はどうなるのだろう。サケマス孵化場などはあるが、いくばくかのお金を払っているだけで満足しているのではないだろうか。
私は農業に関係する勉強をしていた事があるが、それは農業というのは土地を切り開き、耕し、種を蒔き、育て、収穫し、食べるまたは現金にするというサイクルがとても自然に感じたからだ。とはいえ、森を全て切り開き、畑にする事がよいかというと、またそれは別問題だ。漁業は先に描いた四国の人々の例を除き、取るだけなのが自分にはどうしてもひっかかってしまう。
私自身はそういうひっかかる点を感じている反面、素直に今回の知床の自然遺産認可を喜んでいる。岬へ歩いて到達した旅人は、友人でも多くいるが、そのルートがあまりに多くの人が入った為、しっかり道になってしまっていると聴いた。人が足を常に踏み入れる場合は、そこに道は必ずできてしまう。
そして中には行程の厳しさからゴミや残飯を捨てたり、自然を敬う気持ちが薄れてしまうだろう。知床くらい自然が濃いエリアなら、少し位破壊してもすぐに一冬越えれば気がつかない位に復活してしまうだろうが、それが毎年続くと、そうはいかないだろう。
大事に思うなら、いかない事だ。だが、行きたくなるのは人間の心理でもわかる。その葛藤がある分にはまだ救われるが、人間の都合だけで、自然や生き物を殺したりする事はどう考えてもおかしいという事に全ての人が気づいてほしい。しかし、自然を守る為や維持する為に、間引いたりする事は程度問題で必要だと思っている。例えばカラスは駆除すべきだとか、鹿の増えすぎには何らかの方法でバランスを保つ事が必要だ。
カラフトマスにしても、イクラだけを取って、その他を投げ捨てるような行為は軽蔑するが、事実そういう輩もいるようだ。同じ人間として、残念としか言いようがない。普通に釣りが好きで、自分が食べる分だけを釣ったりするには、釣り人の人口比率から言っても、何ら問題はないだろう。組織的とか、商売として接する所で、欲がそうさせてしまうのではないか。
写真はペキンノ鼻まで船で行き、魚釣りをする常宿の客がつり上げたカラフトマス。一番上がオスで、下がメス。私は単にこの場所に行ってみたかっただけなので、同行しただけで釣りはしなかった。単ペキンノ鼻が望めるちょっとした小高い岬の上で、半日ぼーっと鬱蒼とした知床の森をみているだけで、ワクワクしていた。
ペキンノ鼻は昔、ひかりごけという小説であった事件があった場所だ。この場所なら、昔本で読んだこの出来事があってもおかしくないと思えた。
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2 Responses to “大いなる自然とエゴ”

  1. うりちゃん より:

    羅臼ってお金ないんじゃなかった?
    合併がぽしゃったのは羅臼が貧乏だから中標津が嫌がったって、誰かが言ってたような気がする…。
    本当に鹿は増えたね。六月の昼日中の相泊で、かなりでかい牡鹿がどうどうと道路を横断してったし(笑)
    世界遺産が決まって、これからが羅臼・斜里及び周辺自治体の民度が分かるんでないだろうか。
    オシンコシンの滝なんて、冬の最中、緑色にライトアップされとったし(-_-)
    土建&観光業界では知床まで道路作ろうとか(笑)張り切ってるみたいだし…。
    道民になった今、何かできることはないかな、と思っています。

  2. よんきち より:

    うりちゃん
    ちょっと書き方に問題があったので訂正しました。(^_^;
    事実問題があると思う内容を書いたのですが、自分のブログなので…思うことを書いてしまいました。
    中標津も標津も別海も羅臼も、あまり仲がよくないようですよね。別海が自衛隊と米軍の誘致でお金が入り、周辺で一番先に情報インフラが整備されたようですが、確かこれも期限があったはず。中標津が商業都市として周辺とは違う路線に進んでいることもあって、最近流行の合併となるとギャップが大きいんじゃないかなぁと思ったりします。町村の利害と、権利の確保が何だかんだ言って第一でしょうから…
    本当に、世界遺産をどうとらえるかが周辺自治体の民度が出てくるんでしょうね。実際に住んでいないよそ者の意見は度外視されるでしょうけど、好き好んで毎年あの地に訪れる者としては、複雑な心境で見つめていたいと思います。
    私はちょっとだけ、中標津へ貢献しているんじゃないかなぁ。観光パンフにも載ったし。(^_^; 反面別海や標津や羅臼は通過しているだけかも。その知床も…

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