丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

いろいろなヲタ

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

父島の近くを台風17号が通過していったようだ。メキシコ湾を北上中のリタも、勢力が衰えていないようで、被害があまりでなければいいのだが。
昨年はコースが殆ど日本をなめていく気圧配置で、日本でも壮絶な台風の被害が出た。私も北海道を旅行中、まる2日足止めを食らってしまったが、流石にかすめる程度ではなく、通過していく台風は、じっとしてやり過ごすしかない。
八重山や沖縄などは、通過していくのは日常茶飯な立地にある。赤瓦の屋根や、昔ながらの木造の家は、サンゴの石垣で守られ、また標高のない島も、自然の砦、リーフに守られている。高い建物が少ないのも、ちゃんと考えられているせいだろう。
父島もそういう意味では台風に遭遇するコースにある島だ。しかし、実際は赤瓦のような建物は殆どなく、コンクリートの真四角な建物が多い。東京都にその行政が行われているだけに、住人も都職員や派遣された職員が任期を全うするまで暫定で住んでいる人が、圧倒的に観光などで住んでいる人より多いように感じる。その分、風情ある建物は少なくなってしまったというのもあるかもしれない。
父島と母島を旅した時、ユース近くの公衆電話と、母島の客船ターミナルの前にあった公衆電話から、Nifty-serveに接続し、メールや掲示板の書き込みなどをしたのだが、当然日中は暑くて公衆電話の扉などは閉めていられない。パソコンも熱を相当にもっていて、PCカードモデムなどは強烈に発熱していた。なので長時間繋げられない状況だった。まだ当時、携帯電話が使えず、公衆電話も含めて確か小笠原諸島からの電話は全て有線ではなかったはず。普通に電話しても、音声は圧縮されたようなこもったものだったから、データ通信もエラーが多かった。
ただ当時にこういう事をしていると、妙な目で見られる訳で…
由に初めて会った時、私は和琴のおっとさんの友人という目で見られていた。和琴のおっとさんの友人=ヲタクという図式があったようで、パソコン通信をしていたという事がそれを確固たるイメージとしていたようだ。確かにその時にもう一人、強烈なヲタク臭を発する変な男がなぜかその場に現れていて、由はもうそれが気持ち悪くて仕方がなかったそうだ。
昨日のネタで、電車男の話が出ていたが、やはりヲタクと言われる人種はどうみても爽やかなイメージはない。あのドラマの中で私が妙に笑えたのは、停車駅を読み上げ続ける子供や、足首フェチ役の劇団ひとり。そういうのをみると、ヲタクにも種類があるなというのは判るのだが、私も結局そのひとりとして見られていた原因は、このパソコン通信だという事らしい。
私は便利だから使っていた訳で、ヲタク達かれみれば、私なんかは足もとにも及ばない素人だと思っている。モデムのATコマンドだって、4つ位しかパラメタは知らないし、PC自作だってただ組み合わせただけだ。その筋のエキスパートになりたいとも思わない。
中途半端なのはよくないが、私は所詮中途半端なパソコン使いだったりする訳で…ただ、このリブレットは小さいくせにフルスペックのWindows機としては、長いこと私のメイン機として活躍した。今使っているLet’s Note R3も小さい方だが、今この性能でリブレットの初期型サイズが出れば、いつ戻ってもいいと思える程、スタイルに会っていた。
機械好きという事では、否定しない。ただヲタクというのはちょっとだけ凝っている人を総称していう言葉ではないと思う。それなりに他の人が越えられない線を越えているという意味では、やはり凄い奴という事が言えるのではないだろうか。
何が凄いのかはわからないが…写真は母島のグレ電で通信中のリブレット。
20050923.jpg

4 Responses to “いろいろなヲタ”

  1. すぅ より:

    そーいえば、わたしも本社にしばらく行ってたときグレ電つかってたなぁ。
    さらにそのあとは9600bps対応のカプラ手に入れて、寮のピンク電話でNifTremつかってた(笑)
    じんじんにもらったISDNカードは新大阪の駅で一度使ったきりかも。
    悪いイメージでのヲタってのはその生態ではなくて、やっぱ周りが見えないってことかと。
    端的には狭い通路で商品に見入って人が来てもどかないくせに、仲間内には必要以上に気使うフリするとか、必要以上に声がでかいくせに、必要なときにはボソボソしゃべるとか。
    いわゆるオフ会になるとネット上での作った人格と現実の人格とのギャップをふさぐために、↑な行動とりがちでヲタくさくなるのかなぁ
    なんてぇ事をおもいました。

  2. のだて より:

    グレ電でニフにつなげてメール確認やパティオをしながら北海道を回った時代もありました。その後携帯でつなげられるようになり、グレ電まで行かなくてもよくなったのは画期的でした。
    あーやって、こーやって、と相方に教わったメモを片手に何度も失敗しながら(モジュラーを差す穴が2つあったりしてどっちだったけ???とかいろいろ)つなげられた時の感動は今思い出してもすごいすごい!!とドキドキします。
    今では旅先ではPCはいらなくなり、ブログ程度なら携帯で用が足りてしまうのでさらにお手軽になりましたね。
    マルチプランの頃からPCを使っていると、いい時代になったなぁとしみじみ思います。コマンドなんてすっかり忘れてしまいましたが(^_^;)
    私が一番最初に手に入れた自分専用機は、B5位のサイズのレッツノートでした。軽くてよかった。

  3. じん より:

    そーいえば、あの時私も小笠原にリブ持って行ったな。
    私は仕事がら、公衆電話より携帯でした。
    小笠原では携帯で通信出来なかったのでグレ電行った。
    しかし、すぅさんも書いてるけどISDN公衆電話で
    ISDN直でつないでる人ってほとんどいなかったよな。
    みんなアナログポート。
    私も。

  4. よんきち より:

    すぅさん、のだてさん、じんじんさん、コメントありがとうです。(^-^)
    みんなグレ電みつけてアクセスしたりしてたんですよね。そう、私もISDNカードなんか使った事はありませんので、オールアナログポート。Windows98で、NifTermを起動っていうのが殆どのグレ電での使い方でした。
    携帯電話で繋げられる設備は当時から私も持っていましたが、遅さとその料金でまず実用にはなりませんでしたね。じんじんさんが羨ましかった。(^_^;
    ヲタが悪いというんではなくて、ちょっと他の人よりも凝り性っていう感じなんでしょうか。本来ヲタって言われるのは、妙に物事に対して理屈っぽかったり、延々と独り言を言っていたり、人の話を聴けなかったりっていう感じ強いような人に対して使いますね。でもすごい記憶力だったり違う力を持っている人とも言えますね。(^_^; 自分なんかどんどんアタマ弱くなっていっているのを感じてます…(T-T)

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