ラジオからユーミン
yonkichi, · カテゴリー: あれこれ妙に長い1週間が終わった。帰りのバスの中で、いつも通りラジオを聞いていると、ユーミンのロッジで待つクリスマスが流れた。今年もそんな時期なのかと思わされてしまった。
この曲を聞いたのは随分前なのだが、やはりあの邦画、「私をスキーに連れてって」を思い出してしまった。ミーハーといえばそうなのだが、スキーに対してストイックに取り組んでいた頃、エンターティメントという意味で何度も見ただけなのだ。
ラブストーリーとしての内容はどうでもよかった。細かいこだわりがとても魅力的で、随分影響を受けたものだった。
当時我が家の車は、ずっとトヨタだった。父親が私が幼少の頃から通勤に使っていたので、記憶では私が小学校に入る前に我が家にはパブリカがあった事も憶えている。私は車好きで、その頃1BOXの車の名前すら記憶していたと聞く。
ただ父親は高級指向ではなく、グレードはどちらかといえば低い方だった。その為、カローラ、スプリンター、コロナとグレードアップしていっても、最上位機種のカッコよさはエントリーモデルにはなく、なんで同じ車なのに、ウチのはこんなにカッコ悪いのだろうと思った程だった。
次第に私は車にはあまり興味がなくなり、高校からはすっかりバイクばかりになったのだが、大学に入ってスキーをするようになり、車は必要なアイテムだった。父親に頼み込んで、週末よく借りたものだが、チェーンは鉄製で、おかげさまでオーソドックスなタイプなら5分程度で駆動輪に装着できるようになった。
そして時代は流れ、フルタイム4駆が手に入れやすくなった。当時RVは抵抗があったのだが、兄と私と共同で、父親を初めてトヨタ以外の車に買い換えて貰ったのだった。それが、三菱のギャランVR-4初期型だった。
暴力的なパワーは、試乗させてもらって驚きだった。まるでバイクの加速感で、見た目が単なる中型のセダンなのがまたいい。限定モデルだったので、真っ黒で、私はバイト代を全てアルミとピレリのスタッドレスにつぎ込み、スキーに行く事を許して貰ったのだった。
それからは、VR-4でひたすら長野や山梨、群馬、新潟のスキー場に毎週のように徹夜で通ったのだった。積雪路でも、アイスバーンでも、4駆+スタッドレスの走破力は素晴らしく、まさに「私をスキーに連れてって」の中の、セリカGT-FOURのシーンを現実に実践していた。流石にゲレンデは走れないのだが、チェーンの取り付け・取り外しから解放された事は、安全面でも大きなメリットだった。
そんな事をこの映画がきっかけで、大学から社会人になってしばらくはVR-4と雪山に行く事が当然になったのだった。
写真はある時のスキー帰り。会社の友人と蔵王まで足を伸ばした日だった。

スキーに行きたくなる映画でしたね、ホイチョイプロの策略にまんまと乗せられましたが(^^;
しかし、腕の方はいつまで経っても原田知世レベルですが
(^^;
あぁ、スキー行きたいけど、行けない(^^; 子供が二人とも小学校位にならないと、ゲレンデには立てないんだろうなぁ(:_:)
おっとさん
上手くなったじゃん、最初に一緒にスキー行った時に比べたら。ブーツを何足も買いなおして、気合の入り方がちゃいました。私はもうすっかり適当になっちゃったかんねえ。
シェフからよんきちの滑りは古い!と言われたけど、いまさら次郎ですよねぇ。80年代の基礎スキー世代だから、揃えちゃうのだな。
またでもいつか皆でいきたいね。騒ぎながら。(^_^;