母親入院見舞い
yonkichi, · カテゴリー: あれこれ13日の予定を延期した為、20日に母親の膝の手術が行われた。膝の後ろの部分の軟骨が潰れてしまったので、そこに人工の関節を入れる手術の為だ。
母親は80手前なのだが、コロコロ太っている。贅沢し放題で、食べ物で苦労した事はなく、戦争経験者だが、親父が自営業で高度成長期を渡りあるいていた事で、生活で苦労した事はない。女学院も通わせて貰えたお嬢様だ。
私は別に子供の頃から言われる事もなく、小学6年の頃からアルバイトをして、自分の小遣いを稼いでいた。そして兄が腹が減ったといえば、オヤツであるラーメンやチャーハンを作らされ、母親が年に数回調子が悪いといえば、代わりに洗濯や掃除や料理をしてきた。要は小中学生の頃から家事をせざるを得ない環境だったので、今でもしている。
おまけにその期間は、毎週土曜は大学病院で注射を打ち、高校から大学時代は、月に1度同様の治療を受けなければならない身体ではあったが、私が体調が悪くてもおかまいなしに、母親も兄も自分勝手に私を頼った。
最後まで面倒をみなければならないというよりも、私はあとは兄に任せたい。もういいだろう、もう私はお役御免だろう、私には守るべき由と由のご両親が居る訳だから、と最近ははっきり言うようになってきた。
私が高校時代から八ヶ岳や北海道に住みたいと言い続けてきたのは、これらから開放されたかったからかもしれない。私の身体の面倒だけでもう一杯一杯だという事を、隠さずにもっと伝えようと思うようになったのは、結婚後だ。
それでもおかまいなしの連中は、今回も何だかんだと頼ってくる。こういう事から、私が人間の子を欲しいと思えないようにさせた理由の一つである事は、彼らはこれっぽっちも理解しようとしない。
知らないだけではないのだ。理解しようとしないのだ。
また別な理由で、6歳手前から薬漬けの私が、健康な子を育てられる訳がないという気持ちがある。どちらかというと、そちらの方が大きい。子供が苦手なのは、結局この親をみてきたから、という事もあるのだから。
痛い思いをして長生きさせるのも可哀相だから、今回の手術についても、最適だと思われた小規模の手術を推薦した。なんだかんだ言いつつも、私は相手の事を思いやっている。何で向こうは自分の事の前に、実の息子の事を思ってくれないのか。今さらだが、そういう人なのだから仕方がないようだ。
入院大好きな母は、喜んで旅行のような用意をしてでかけたに違いない。手術当日は、私は流石に会社を休めないので、悪いが由に立ち会って貰う事にした。ただ、由に迷惑をかけなければいいのだが…結局振り回され続けているのは私だ。
今回は手術の予定も延期され、私の予定も狂ってしまったので、兄に全てを任せるように話を進めた。その甲斐あってか、今回は珍しく私に泣きついて来なかった。ほっとしつつも流石に1度も見舞いに行かないのも何なので、会社をちょっと早めにあがり、車で由と入院先の病院へ。落ち着いているようで、耳が遠くなったのか、単に聞こえているのに聞こえないフリをしているのかわからないが、自分の事しか話さないのはいつも通りだった。
手術した足も少し楽になったらしく、普通に食事や会話もできるようなので、水やらお茶やらを差し入れて帰宅。雨は本降りになってしまった。
夕食も作るのは面倒な時間なので、外食する事にした。ラーメンや中華は昨日、揚州商人に寄ったので、今回はパス。なので、久しぶりに練馬の桃太郎寿司へ。やっぱりいきつけの網走の鮨屋にはかなわないが、まあ値段も高すぎず、そこそこの味なので、たまに寄る。
母親の入院には、しばらく付き合わされる事になるだろう。しかしとりあえず顔を出した事で、ちょっとほっとした。私よりももっと大変な人はいるのはわかるが、私自身、自分の体の事だけでもハンデを背負っているので、あとはカンベンしてほしいと思うのだった。
写真は母親の実家に、親孝行の為に着いていった時、乗り換えた新花巻駅でのもの。長男は父親や母親の為に何かしたという事がこれまでない。

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