丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

気管支炎が治まらず

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

今週はずっと天気が悪いらしい。4月。
年度はじめで町も混み気味なので、行きはよいよい帰りは渋滞、という感じだろうか。バス停付近では相変わらず路上喫煙禁止のマークが書かれていようが、バス停に付近での喫煙はご遠慮くださいと書いてあっても、柱に禁煙マークがあってもまったく感知せずのオヤジだらけの町、といった感じだ。こちらは最近呼吸器の調子が悪いだけに、死活問題なのだが、まったく人を苦しめていても悪いという気持ちすら沸いてこないような人間が毎日必ず5人以上みかけ、私を確実に苦しめる。
一人一人に注意していたらたまったものではない。それこそ逆ギレなんてしょっちゅうだ。禁煙の場所なのに、禁煙だと言わなければならない状況自体に理不尽だと思うのだが、きっと彼らはそんな事は見えないとか知らないと言い、他人のせいにするだけだろう。ただ確かな事が、毎日単に町を歩いて通勤しているだけで、苦しまなければならない人間がここに存在しているという事実なのだ。人ごとで済ませるならそれでよいだろう。確実に苦しんだり辛い思いをしている人が居るという事は現実であり、また誰もが自分の都合だけで加害者になっているという事だ。それ以外の何ものでもない。
木曜から一度咳が出だすと停まらない症状が続いているが、実は職場でも至る所で酷い咳が聞こえる。まさにこの職場が感染原因だろう。加湿器を入れるとか、何とかならないものか。
職場近くにも、いかにもという新入社員の姿をみかける。自分にそういう時代もあったかと懐かしむほど今が平和ではない訳だが、正直な所彼らがどの位、この会社に残り、何かを身につけていけるのだろうか。人の事を心配している余裕はないのだが…
まあ何でもいいから、この気管支の調子の悪さが落ち着いてほしい。体調がよくないとグチも出やすい訳で、こうしてブログを書いている間も咳が出始めるととまらない。苦しい時ほど色々やらなければならない事が溜まっていくようだ。
写真は私がダウンしている時に、掛け布団の上でのけぞりながら寝るくー。
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喉が痛い年度末

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

また風邪をひいたのだろうか。喉の奥がとても痛い。病院にいくと、喉が真っ赤になっているという。気管支の弱い私にはてきめん、喘息の発作にひょんな事で繋がってしまう。我が家の近くにある内科では、呼吸器系が詳しい先生がいるこの病院に来るようになって、喘息を持っている私にとっては色々助かる。
今流行っている風邪らしく、やはり同じように苦しんでいる人も少なくないようだ。しかし私は週末色々用事を控えているので、なんとか治したい。それもあって、年度末だが会社を休んでしまった。
年休の調整は私にとって重要だ。喉が痛い位では休まない方がいいのだが、土日も大事なのだ。葛藤の中、朝休む事を会社に伝えた。21日には次年度分の年休が来るのだが、大事に使わないと。
年休を使わず毎年切り捨てられているのも依然多いようだが、何でそんなに会社を休まないのだろうと逆に不思議だ。そんなに会社が好きなのだろうか。プライベートを大事にしすぎるという人が最近増えているようだが、そんなのは当然じゃないだろうか。私には会社に何で義理だてしなければいけないのかわからない。当然、契約している以上しなければならない仕事はすべきだと思うが、自分の体や自分の生活を犠牲にしてまで、してもしなくても変わらないような事をしなければならないなんて思えない。
ただ正直最近私は給料分の仕事をしていない日も多いような気がする。逆に必要以上の仕事をしている日もある訳で、それは仕方がないのではないかと勝手に思っている。そんなに人間、100%以上の力を出し続ける事なんかできないだろう。
今年度の終わりまであと2週間ちょっと。昨年度よりも少し繰り越しを多くできればそれでいいとしよう。
写真はまったく関係ないが、やっぱり風邪っぴきで咳しながらキャンプにでかけた日の写真。本当に私はよく風邪をひく。自分でも嫌になる位。
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企業トップの平和ボケ

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

先月いっぱいでニフティのTTYサービスが終了した。20年近く前に今の会社に入ってから、業務の連絡用として支給されたアドレスがあり、同時に個人的にも入会したのが始まりだ。
学生時代はパソコンなんかまともに触った事も無かった。農学部という特殊な専攻だった私は、農芸化学や栄養などの学科であればまだしも、私の研究室には生徒が使えるパソコンはなかった。1台が相当な値段だった時代、またOSもCUIでコマンドを打つしかないようなものだった。
会社に入って学んだのはメインフレームOS。カラーディスプレイなんかは不要の文字だけの世界だった。そしてビジネス文書を作る為のワープロや、表計算ソフト位がパーソナルなポジションにあった時代。会社にあった通信機能があるワープロで、モジュラージャックを引き込んで接続したのが始まりだった。
比較的そういう製品が出回った時代から私は通信の世界に入ったので、それ以前のマニアックな人々しか参加できない世界よりも不純というか、単に利用するだけのユーザーだった。今でこそ通信があって当然の世界になっているが、ひとつひとつ環境を揃えて、商用コミュニティに参加するという意味では、垣根は高かった。
メールもフォーラムもコマンドのECHOも、ゆっくり読みながら画面のスクロールを追えるというような通信速度の時代、今はパソコンも回線もスピードアップ、処理速度向上が永遠のテーマのように、突き進んでいる。
ただ今でも変わっていない事がある。入会当時のIDが、私の今のメインIDでもある。結局今もニフティと付き合っている訳で、そういうユーザーをニフティ側はどう思っているのだろうか。
どうも社風なのか、親会社もこの会社も大切なユーザーや末端で働いている社員に対して、敬いの気持ちを感じられない驚くべき発言を、平気でトップが公に発するのだ。このような愚かな企業は他のどこにもない。まったく信じられない脳味噌だ。そんな問題発言をしても、誰も責任すら取れないという事実。社内や契約ユーザーをばかにしているだけでなく、社会的に見てもあまりに幼稚な対応が目白押しなのだ。言ってはならない事を平気で吐くトップ。まったく信じられない。
最近ではココログというサービスの性能が出ないだけでなく、システム的な問題が何度も繰り返し発生しているにもかかわらず、謝罪の言葉が流行りで作ったのか社長のブログにあったかと思えば、不具合はまったく改善されず暫く版数をあげた言い訳ブログが更新されていった。なんと今日の時点でも同じ言い訳をしている。それだけでなく、TTYサービス終了パーティの席で、ニフティの社長は、トラックバックを見ていると殺伐とした空気があり、パソコン通信時代の心の温かさがインターネット時代になって失われつつあるのではないかと少し心配だというような事ぬかしたようだ。あきらかパソコン通信を使った経験がない人間だという事を証明している。
フォーラムでは荒れる事は少なくなかった。問題児もどこのフォーラムにも存在した事を知らないという事は、彼はきっと企業内という守られた環境で、荒れるという事が事実上ない掲示板や、TTYでもメールしかつかった事がないのだろう。不特定多数の人とコミュニケーションを取る事、役職や立場、職業や年齢を越えたネットワークの世界を彼は知らない。そんなのがTTYサービスの終焉を迎えた時に、社長として存在している事は、非常に残念だ。
文字だけの世界は沢山の大事な事を教えてくれ、また経験させてくれた。言い回しの難しさ、相手がどういう気持ちでこういう文章を書いているかという事を考えて解釈しないと、すぐに荒れる原因になる。文章力がないという理由だけで片づけるにはあまりにも短絡的な発想と思えたのは、色々なフォーラムがあり、色々なテーマがある話題で、見えない相手と会話する事は、実際に顔をあわせて話す以上に難しく、それを経験できたからだ。パソコン上でのコミュニケーションだからといって、相手は人なのだ。マナーや思いやりは不可欠だという事。とても簡単な事なのだが、それが匿名性が高いインターネットでは、荒れる場も必ずあるだろう。
友人の多くが現時点でニフティの存在価値をゼロと評価し、契約ISPを乗り換えている事実は、私の廻りだけではなく多くのユーザーが感じている事だろう。P2Pソフトの帯域についても、方式やどうやって制限をかけるかなどの話は契約ユーザにすら公表せず、ウェブサイトのサービス紹介の中で「使い放題」と言っている事からしても詐欺まがいの事を平気でできる会社だ。我々ユーザが対価を払って受けているサービスとは思えない。
情けない、というか、とても日本を代表する企業のトップと思えない人間が、しばらくすると大金の退職金や年金をゴッソリさらって自慢げに若い頃はと語る胡散臭いオヤジの姿が目に浮かぶ。団塊世代が優遇されまくっている時代は、これからもまだ当分続き、しわ寄せは残された世代が背負う事になるだろう。
写真はそのパソコン通信フォーラム、FKENの永源寺オフでの1枚。この帰り道、恵那山トンネル先で始めてGPz900Rで速度超過でお縄となってしまった。
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