丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

郵政民営化

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

郵便局がようやく民営化されるようだ。何だかこの決定に何年も年収2000万以上のおっさんやおばさんが自分の意見だけを主張して無駄な時間を使っていたという事だ。議員は先生と呼ばれ、何を教えてくれるのかわからないが、昔からそういう連中を選ぶ選挙や政界を無視し続けていた。
これほど無責任で、緊迫感のない世界は他にないのではないかと思う。プライドと金と欲。まさにそれが殆どを占める世界ではないか。我々の生活を連中が楽にしてくれたとでもいうのだろうか?
国鉄や電電公社など、民営化されてきた企業は数多い。なぜ民営化されなければならないのか。民営化される事で何らかの効果があるという事で、郵政もそのひとつなのだという。確かに、窓口では横柄な職員が多く、ゆうパックの配達員がとんでもなく失礼な態度をとり、郵政公社のウェブサイトからクレームをつけた事もあった。すると、至近の本局から偉い人が来て謝罪をしたいと連絡があった。
ヤフオクに一時期積極的に参加していたのと、eBayでアメリカやカナダから、何台もアンティークコールマンを購入したりしていたので、郵便局のサービスをよく使った。国際郵便為替、Money OrderやEMSが毎週のように扱う事から、おのずと郵便局の職員と接する事が多くなったのだった。
反面日本各地を旅していると、郵便局のネットワークはなかなか使える。どんなへんぴな町にも、ゆうちょの口座があれば、お金をおろせた。日本縦断の前後などは、あえて窓口で引き出しの時などに押してもらう印が楽しみで、現金を少なめにもち、主要都市でお金をおろしたりしていた。
もう殆ど最近は、ATMを使ってしまう為、印が押されなくなってしまったが、昔の通帳をみると、開陽郵便局が一番多かった。ある年の順では、釧路郵便局、開陽台郵便局、音威子府郵便局、浦河郵便局などという順に、いきなり鹿児島郵便局に飛んだりした。懐かしい旅の軌跡だ。
民営化すればどうなるかというと、採算のとれない部門は消えていく、少なくとも郵便局という性質上、ある程度は赤字路線の保護のようなものがあるとは思うが、今とは変わってくるだろう。民営化される事が全てよいとは思えないが、やはりこれまでのように採算度外視やサービスを無視した職員を淘汰するのは必要な事ではないかと思う。
簡保や投信など、本当に郵便局に必要なサービスではないもので、採算がとれなくなった事業を建て直すとはいうが、実際おえら方は天下りやらこれまでのエゴと欲の人脈で生きている連中が就任するだろう。社員についても殆どは現在とかわらない。どこまで変われるかわからないが、これまでよりマシなのは確かだと思う。
郵便局は日本を旅する人々にとって、やはり今でも重要なネットワークだろう。折角だから、これからもその部分だけは引き継いで、サービスレベルも事業のスリム化も含めて、何をすべき会社なのかをしっかり考えて進んでいって欲しい。
写真はフロリダからはるばるやってきたGIストーブ。
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運動するなら秋

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

スポーツの秋というのは、やはり過ごしやすくなり、人が運動するのに最適な季節という事からきているのだろうか。旅のシーズンは四季それぞれの良さがある事から、装備が違うだけで特にこれというのは感じないのだが、運動はできるものとできないものが出てしまう。
運動は中学時代に軟式テニスを1年やっただけで、既に体も素の状態になっている。素どころか、マイナスだろう。ちょっと全力疾走すると、もう辛くてたまらなくなる事も多々ある。バイクに乗る事もスポーツといえばスポーツなのだが、特その中でもエンデューロはハードなスポーツだった。自分の持ち時間30分程度でも、カラカラになる位、力を使い切る。
そうだ、あとスポーツらしい事はスキー。スキーは大学に入ってからはまり、相当に通った。ひと冬、菅平の旅館に住み込みでバイトをし、午後の2時間だけ思い切り滑る事ができた。なかなかこれも壁が何枚もあり、いつまでたってもウェーデルンができなかったのだが、ある日突然できるようなった。いわゆる、壁を越えたというものだろう。
当時は基礎スキーが流行っていて、デモパンを履いていた時代もあった。板も今のようにカービングやファンスキーというものはなく、195cmのものを使っていた。オガサカの安い板から始まり、ユニティ、ロシ、そしてダイナスターのSL。これはとにかく一番のお気に入りの板だったが、流石にエッジがダメになり、今うちにあるのは友人から貰ったロシの4G。重いし、ビンディングもイマイチのものがついている。
スキーはちょっとした旅気分を味わえた。夜通し、雪山に走ると、当時は若かったから寝不足でも朝から夕方まで滑りまくっていた。夜明けから夕焼けまでのスキー場は、人の多さで左右されるが、眺めもよいし楽しい運動だった。今でも機会があれば、滑りに行ってもいいが、もう6年位ゲレンデスキーには行っていない。
クロスカントリーも少しやったが、どうにもうまく乗れず、スノーシューでのトレックが手頃で気に入ってやっている位だ。こうしてみると、私にとってスポーツシーズンは冬という事になる。
今回、ディスクドッグの競技に出る事で、秋から春にかけてがスポーツのシーズンになりそうだ。真冬はないとしても、NDAはシーズンが始まったばかり。反面、エクストリームは終わってしまったのだが、真夏の暑い最中では流石に人も犬も運動は勘弁してほしい。先日の開成町ですら、暑くてへたってしまったのだから。
秋は喘息持ちにとって、ちょっと厳しい季節だが、昼休みにこれまで殆どオフィスの中のデスクに突っ伏して寝ている30分、秋晴れの外に出てディスクを投げるとちょっと胸の呼吸も軽くなるような気がした。当然昼休みが終わる事には、ちょっと疲労感が残り、右肩がだるくなってしまうのだが。
今年の秋は、ちょっとだけ多く外出するようになりそうだ。
写真は発作がおきても頑張るエンデューロ。病弱な乗り手に見えるか否か?
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いわゆる愚痴

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

咳が収まらず、話をしていても何もしていなくても、突然始まると停まらない。熱や風邪によるだるさのようなものはないのだが、喉や肺がどうもおかしいまま、いつになっても収まらない症状が続いている。
今週末は定期通院の日なのだが、どうせ何もしてくれないだろう。いつも通り薬を出すだけ。大学病院というのはそういう所なのだろう。なんせ、ここにはもう30年以上通っている訳で、その時々の流行りの治療を受けてきた。最初は甘い味のする吸入器にへばりつかされ、減感作療法として両腕に毎月、40本位の皮下注射をされて、アレルゲンを直接体内に注射したり、時にはステロイド剤やテオフィリン製剤の点滴をしに、夜中に救急車や父親の車で運ばれた事もあった。
ただ、長年この病気を付き合っていると、段々と適当な処置をしてしまうようで、あらためて今つかっている薬などの説明や情報をみると、なっていない使い方をしていたりする事に気がつく。効果を出す為には、使い方はしっかりと理解した上で、使わないとだめなのは当然なのだが、なかなか適当になってしまう。
今は時期が悪いのかもしれないが、色々イベントも控えているし、早く落ち着いてほしいものだ…
今日は連休明けで一番嫌な出勤日。いつからこんなに会社嫌いになったのか。まあその理由については93年頃の出来事が発端になり、その後ずっと冷める事なく感じている気持ちなのだが、元々愛社精神なんかこれっぽっちもないので必然といった所か。
その発端当時位から、少しづつ種を蒔いてきて、その中の2~3が少し芽が出てきている。その芽が育つか否かはやはり私自身にかかっている訳で、誰も助けてくれるわけではない。ただ、その芽はなんかしら私と出会った人が関係している訳で、これは嬉しい限りである。
何が言いたいかさっぱりわからない内容だが、まあ体調が悪い時には色々と考える訳で。そしてそこから抜け出すには体調を整える事もそうだが、気分を前向きに向けるような事を思うのが大事な事だと思う。
写真は今使っている薬たち。左のピークフローメーター、右上からセレベント・ディスカス、パルミコート、メプチン。
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