生き物に対する考え方
yonkichi, · カテゴリー: あれこれ今回香川を旅して、あらためて感じた事がある。四国エリアという所は、特になのかはわからないが、犬に対して厳しい環境のような気がした。
例えば23区では中野区の犬禁さは突出している。片っ端から公共の公園には犬禁看板だらけ。正直これほどの犬禁ルールは行き過ぎ以外何者でもないと感じるほど、エスカレートしている。それなら子供禁止や老人禁止だって正当化されうる状況であるし、公共という名のもとに、一部の権力者なのか発言力を持ったものが意見を強行に通してルールかしてしまっているという横暴な区政がにじみ出ているような極めて心寂しいエリアである。
ただ四国はそれとはちょっと違う。実際にこの目でも見たのだが、野良犬が存在している上に、ちゃんと犬を飼っている家も混在している。結局は最初に人が犬を捨てたり飼育放棄した事からが発端という感じがする。
犬を捨てないでという看板もやたらにみる。地域の犬や猫に対する考え方が、当然だが都心よりも薄っぺらで、また行政もそれに対応していないという感じがひしひしと感じるのだ。看板をたてればよいというものではない。
例の徳島の崖っぷち犬の件にしても、話題性はあったがその結末はちょっと真面目に状況をみていた人なら誰でも分かるだろう。抽選に参加した人の殆どが、心からその犬を保護し、犬を飼うという事を真面目に考えておらず、話題性だけで集まったという事。当然本気でその犬を家族として迎え入れようとした人も多く存在したのだろうが、公平な抽選というものはえてして不幸な結果を招いてしまう。
庭先どころか、駐車場の片隅の冷たいコンクリート上に犬小屋を置かれ、そこに鎖で繋がれた犬たちを見るたびに、犬を飼う前はそういう事を疑問に思わなかった事に自分自身で改めて驚くのだ。犬はオモチャではない。家族と同じ生き物であり、意思を持っている。群れの中で飼い主を何よりも信用し、飼い主と一緒にいる事に生きる喜びを感じる生き物のはずなのに、一人外に繋がれ食事を与えられ、時には食器も洗われずに、散歩にすら連れていかれていない犬たちの多い事に愕然とする。
飼い主に裏切られ、見捨てられ、でも生きる意思は生き物なのだからある訳で、野良犬たちは何としても生きていこうという行動を取る。それらを生む環境を造ってきたのは、誰でもない人間なのだ。
自分の行動に責任を取らない人間が毎日テレビや新聞を賑わしているが、それからすればもっともっと些細な「無責任」から生まれた野良犬たち。犬禁にする区政を平然と議会で決め、執行するような連中の無責任さを目の当たりにすると、人として、日本人という文化を持つ人種の一員として、胸を掻きむしられるような不条理感を感じずにはいられない。
写真は小さい公園に貼られた税金をかけて作られた「犬を捨てないで」と呼びかける看板。満濃池森林公園の駐車場周辺だけでも犬禁の看板がいたる所に貼られていた。


