丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

一人旅はよいものだ

yonkichi, · カテゴリー:

北海道を旅する人は、その形こそ変わったが、何か自分でもわからない何かを求めて旅に出たんだと思う。日常生活にはないもの、それを感じたくて。但し、複数で行く旅はまた全然違う。それは旅ではなく旅行であって、自分たちの世界の中で完結するものが殆どだろう。
私も最初は友人と2人で行くつもりだった。しかし相手方の理由により、突如1人になり、意地になって出かけたのがきっかけだった。しかし帰りのフェリーでは心底1人で旅に出た事の重要さを感じる事ができたのだ。
殆どの人は1人で旅に出ると、なんでと聞く。そういう人たちは、旅ではなく旅行しかしない。勝手にこの言い方の違いを私が決めているのかもしれないが、そういう気持ちなのだ。そして旅では自分の大きさや存在がとてもよく見えてくる。景色を見に行ったり、レジャー施設で遊ぶ為に行くのではない。そこに同じように何かを求めて来た旅人だけが、同じように時間を共有できるものだと思っている。
そんな連中が開陽台にもやってきていた。グループで来た連中はその中で完結しているので、めったにコミュニケーションを取ってこない。逆に取り込もうとする。
私が長く付き合っている、世代も職業も住んでいる地域もまったく関係ない友人は、殆どが旅で出会った。彼らは私と同じく、あまり旅に出なくなってしまったものもいるし、今も旅を続けているものも居る。
1人で出る事に臆する事なく、飛び出す事で、そのままの人生では到底出会う事ができなかった人や場面に出会えるようになるはずだ。
こんな私でも、今また1人旅に出れば、ワクワクした変わらぬ気持ちを味わう事ができる。それが楽しくて、やめられない。
しばらく休んでいるが、また必ず1人旅には出るだろう。こんな面白い事、やめられる訳がない。
写真は釧路郊外、標茶あたりの横道を入り込んで見つけた所。
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北海道を想う季節

yonkichi, · カテゴリー:

くーと一昨年の夏の終わり、北海道を1週間ちょっと廻った。その後、夏の飛行機での犬のトラブルがあってから、夏は絶対に飛行機に載せたくないと思うようになり、その後は3月に2度、北海道にくーを連れていった。
くーにとって飛行機は相当に嫌な乗り物だと思う。これまで3往復しているが、3度とも往路は失禁していた。復路では大丈夫だったのだが、くーにとっては余程恐ろしく苦しい時間だったんだろうと思う。虐待と言ってもいい扱いだったのではないか。
飛行機会社はその事にどう感じているのだろうか。お利口な子なら、おとなしくしているのかもしれないが、私は殆どの犬が恐怖で震えているような気がする。そういう場が飼い主には見えない事がとても理不尽であり、もう載せたくなくなるという気持ちを客が感じてしまわないように、隠し得いるようにすら感じる時がある。
たった2時間程度のフライトとはいえ、くーが嫌がる事はできれば避けたい。時間がない飼い主にとってはとても有効な交通手段だが、フライトの前後で安全面とかの理由で空調を切られる時間がある事や、滑走路が混んでいる時に待たされている時間の状態、それより前に、搭乗カウンターで預けられて、飛行機の中に格納されるまでの運ばれる環境がまったく乗客にはわからない事は、異常ではないだろうかとすら思える。
航空会社がいつまで情報開示をしぶっているのか先が見えない状況ではあるが、くーはどんどん歳を重ねる訳で、一緒に旅行したいという気持ちとは相反するのである。なので、あらためて他の交通手段を考える事が増えた。
船では唯一、八戸苫小牧のフェリーだけが、1等船室で2名貸切の場合だけ、犬を部屋の中に持ち込む事を許されている。それ以外は倉庫のような所に入れる事になる。散歩も殆どがだめで、大型犬のように排泄を1日以上我慢する事が厳しい小型犬には、ストレスはかかる事になってしまう。
であればとふと思ったのが、北斗星。個室なら特殊手荷物でくーを入れる事ができる。札幌まで一晩で着く訳だから、案外使えるかもしれないと思うようになったのだ。
今年は既に私の夏休みはなくなってしまったし、秋には神戸に行く予定なので無理。なので来年は北斗星でまた秋頃に北海道に行こうか、という話しを由としている。
もっと犬と一緒に気軽に旅行できるようになる時代になるといいと思う今日この頃。
写真は一昨年に北海道に行ったときのもの。由とくーと誰もいない湿原の森を散歩すると、何だか充実した気分になれる。
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という事で本当に結婚記念日

yonkichi, · カテゴリー:

10年前の今日、北海道の東の丘で、結婚式をゲリラ的に挙げた私達は、もう10年も一緒に過ごしている。丘の上で式を挙げたのは、キャンパーの知り合いが他に2組。私たちは3組目なのだが、実際は他にもいるらしい。
他に和琴でも3組。行き交うメンバーは結構リンクしていて、不便な丘の上でのイベントだったが、多くの和琴の友人も来てくれた。今思い出しても素晴らしい数日間だった。
神戸から由のご両親も東京経由の空路で入って頂き、私の両親もまだ父親が健在だった事もあり、空路で合流。由の妹さんはというと、なんと敦賀からフェリーで小樽に入り、電車とバスを乗り継いでやってきてくれた。総勢5人分の宿は一番大きいホテルに部屋を取って、式の日だけは丘に来て頂いた。あとは私の父親がレンタカーを借り、周辺を少しドライブして観光したのだった。
私の両親が帰ったあと、由がレンタカーを借り、自分の両親と妹さんにいってない所を案内していた。この時期にしては珍しく強烈に暑い1週間だった。大抵雨に降られ、肌寒い北海道らしい気候なはずなのだが、私達が揃うと結構な確立で晴れてくれた。
とある丘の古い友人は、丘に上がってきてヘルメットを脱ぎ、一言目に「こんな暑い丘は嫌いだ」と呟いた。私達も皆、日中はどこかで沸いた頭のてっぺんを刺す虫に刺されて、頭を掻きむしっていた。懐かしい夏の時間だった。
その翌日、釧路新聞の一面に載ったり、町のパンフレットに写真が使われたりしたのだったが、実はこの写真を撮る事で一悶着あった。ただ、カメラマンとしてやってきた方は、私の条件を快く飲んでくれた。それは、私達の為に集まってくれた友人の顔が分かるような写真は使わないでくれという事。写真を嫌う友人も多く、そんな友人達に嫌な想いをしてほしくなったからだ。
強く願った所、パンフレットには遠くから広角で撮った写真が使われて、ほっとしたのも思い出せる。反面釧路新聞には見事に前から撮られていたのだが、新聞だけにあまりよく見えずこれもほっとした。顔が写っているのは私達だけだから、まあいいかという事に落ちついたというのもある。
そんな10年前の夏。あっという間でもあり、もう10年という気持ちもあって、不思議なものだ。確かな事は、そういう夏は私達にあった事。
写真は結婚式の時に1週間程テント生活をした時、洗濯物をバイクで干すの図。よい天気に恵まれ、12連休を取って最後の1泊は釧路のビジネスホテルだったが、それ以外は開陽台に全泊したのだった。由のバイクは残念ながらもう今は友人の足になっている。
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