丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

ハイジーの家20周年OPEN

yonkichi, · カテゴリー:

今日、中標津のはずれにある開陽台という展望台がオープンした。冬の期間は雪と氷に閉ざされ、営業ができない為だ。冬の間は、鍵がかけられ、中には入れないようになっているが、下の駐車場までは町が除雪してくれている。中標津の最もメジャーな観光地である為、季節を問わず訪れる人がいる為、公衆トイレとゴミ処理の清掃が、定期的にやってくる。
しかし2月などは駐車場から伸びる階段も雪に沈み、手すりすら殆どが雪の下に隠れてしまう。厳冬期に5~6度訪れているが、うち1度はまったく登る事ができなかった程だ。ただ道東は北海道の中では積雪量が少ない。風が強く平地が多い為、吹き溜まりができやすく、雪も風で押し固められてしまうようだ。
その展望台の1階にある、軽食喫茶のハイジーの家というお店も、今日開店した。今シーズンは記念すべき、開店20周年となる。当然そこに当初から通っていた連中も、20年歳をとったという事も事実だ。
先週大雪が降っていたので、今日の開店は随分大変だったんじゃないかと思う。昨日、丁度別件でハイジーの家のオーナーである、かあさんから電話を貰って少し話したのだが、そういえば雪の状態を聞くのをすっかり忘れてしまっていた。しかし、今日から開店する事は確かだったようだ。
今日は連休の初日。本当は今日までに間に合わせたかったのだが、ハイジーの家のウェブページをまとめていた。さっきまでかかって漸くアウトラインができた所だ。かあさんにチェックを入れてもらったあと、ギャラリーのページをチャチャっと作り、あとはBBSだけとなった。
他にも旧サイトのコンテンツをどう移動し、また旧サイトから自動的に新サイトに飛ぶようにリダイレクト設定をするなど、ごちゃごちゃやる事はある。ここまできて、ちょっとサイトが重いのが気になっている。もう少しシェイプアップするか、先読み設定をしてやらないとまずいかもしれない。
まあどちらにせよ先が見えてきたのでちょっとほっとしている。明日ももう少しがんばろう。
かあさん、のりちゃん、ふーちゃんという3人が、今年のハイジーの家のスタッフだ。大変だろうけど、やっぱり開陽台にはハイジーがあって、かあさんがいないと寂しいというか、変だ。頑張って今シーズンも、あの笑顔と元気な声で、「おかえりー」とやってほしい。
連休に入った事で、ランチョンはベトナムへ、オカルトの方々は鹿児島へ旅立たれたようだ。羨ましいけど、今日みたいに暑いと地球の季節感に不安を感じてしまう。涼しい山の方にゆっくりしに行きたいものだ。きっとそういう所に行っても、ウェブを作っているかもしれないが…
写真は1995年8月の終わり。旧ハイジーの家が撤去され、新展望台にあがった年。その記念すべき跡地に立っていた、真実のプラカードを前に、かあさんと共に。
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南のパラダイス

yonkichi, · カテゴリー:

さて、一般的なサラリーマンな私は、一番幸せとも言える金曜の夜だったりする。明日から、久しぶりにカレンダーの並びがよく、長い連休に入るからだ。会社嫌いな私でも、もう何だかんだ言って10ン年勤務。年間年休数は限られているので、途方もない回数通勤し、途方もない回数満員列車に揺れられてきた。自分でもよく続いていると感心してしまう。
ちょっと前なら、これだけカレンダーの並びがよければ、迷う事なくどこかに旅に出た。やれ九州だ、四国だ、八重山だと、南方向に向かうのが通例だった。その玄関が川崎のフェリー埠頭だったり、有明の埠頭だったり、羽田空港だったりする。さすがに沖縄方面に向かう時は飛行機しか今は考えられないが、それも那覇行きの50時間でもうおなか一杯という経験があるというのもあるし、そこまで時間に余裕がある訳ではないというのが主な理由だ。
どこもまた行きたいと思える場所なのだが、やはりこの時期に宿泊回数として一番多いのは石垣島の米原キャンプ場かもしれない。あとは、せいぜい3~4泊程度だろう。その昔、某教団がここで集まって何か宗教活動をしていたり、指名手配になった幹部が逃げ込んでいたりして物騒な事に巻き込まれた時もあったが、それでなくても渡りや旅スレした気合の入った旅人がこのキャンプ場をランドマークにしている位、有名な所でもある。
炊事場は合計9つあり、私は主に屋根のない(なくなった、とも言う)第4炊事場周辺にテントを張っていた。なんでそこなのかわからないが、最初に訪れた時から第4だったのだ。しかし奥にいけば行く程、怪しさは増して長期滞在者が生活の匂いをさせながら暮らしている。私はせいぜい2~3挨拶を交わすだけで、親しくはならなかったが、今思うともうちょっと交流してもよかったかなと思ったりする。それだけ濃いキャンパーがここにはザラにいるというのも現実だ。
第4炊事場以外には屋根があり、奥の炊事場には洗濯物を干すロープや、食器を乾かす網がぶらさがり、石垣市図書館から借りてきた本が数冊綺麗に本棚に立っており、お徳用のシャンプーや食材が置かれていたりする。どうみても普通のキャンプ場とは思えないありさまだ。テントも殆どがコンパクトなテントであり、草や木に半分隠れるように張られて、どうみても移動できそうもない量のダンボールが積まれてブルーシートがかけられている。
米原キャンプ場は、米原ビーチに沿ってある。サイトとの境というよりは、砂浜に沿って奥に林があり、その林をくり抜くようにサイトが細長く広がっている。その為サイトは直射日光にはあたらないし、風が通るので過ごしやすい。ただ風がとまるので、夕方は蚊が出てくる時間は、林を抜け砂浜にいけば風があり、蚊にも刺されない。その土地の特性をわかれば、とても快適な空間になる。
日中はそれこそすばらしい米原リーフが広がるビーチが目の前だ。潮がひく頃リーフの落ち込みまで歩いていきながら、残った魚やタコを探すキャンパーもいる。夕陽が川平のあたりに落ちていき、美しい放射状の光の束が空を光らせ、しばらくすると満天の星空が現れる。それはまさにパラダイスだ。
夜には私の好きなリュウキュウコノハズク鳴き声がテントの上で響き、テントの脇を少し大きめのヤドカリがごそごそ通過していく音でまどろむ夜、遠くで三線と指笛の音をききながら、明日何もしなければならない事の幸せに浸りつつ、眠る。
写真はその入り口。入って左手にある炊事場が第一だ。
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日本の道は美しい

yonkichi, · カテゴリー:

日本は海に囲まれた島国だ。
日本には道路が縦横無尽に通っている。以前道は全て繋がっているという話をしたが、これはあたりまえの話であり、でもあらためて思い返す事で、結構すごい事なんじゃないかって再確認したりしてしまう。今だに知床岬や礼文の東海岸に道がないというのも、それはそれで歩けばよろしい。また人が入る事で大切なものが失われるなら、好奇心やジャーナリズムは不要で何よりもルールを重んじればよい。
その日本の道には、走っていたり、ふと休憩する為に停まった所から振り返った視点から見る事で、ひとつの芸術作品に思える程美しい所がある。道は人や車が通る為に作られるものだが、それが貫かれる地形や、周りの風景、そして光と影が、息をのむ程にその存在を語りかけてくるような、そんな所と出会うと幸せな気分になれる。
とはいえ、メジャーな風景はいろいろなメディアで紹介されている事から、それほど新鮮味はないかもしれないが、私も写真でみた場所に実際にいき、何枚かの写真を撮ってみたが、その時の天気もあるのか、あきらかな写真の腕が違うのか、こんなもんか、という程度の写真しか撮れなかった。それが現実なのかもしれない。
やはりプロの撮影した写真は違うものだ。それをしみじみ感じたのは、初代のツーリングマガジン、アウトライダーだった。その中で風景の一部に溶け込み、旅を感じる写真を撮っていたのは、須藤カメラマン。他にもそれぞれポリシーが感じられる写真が沢山あり、ずっと講読していた。バイク雑誌ではなく、バイクで行く旅というまさに自分がバイクに乗る理由にリンクした、毎月楽しみにしていた本だった。
一昨年と昨年の夏の終わり、北海道でその須藤カメラマンと同行する事で、これまで開陽台中心の旅をしてきた私の方向性を少し区切りをつけたいという気持を整理できるかもしれないと思い、新しい旅に挑戦をしてみた。ただ須藤カメラマンの作品はそれこそ私じゃなくても、誰でも旅を感じさせるバイクと乗り手がいればできあがってしまう。とはいえ、実は自分がその作品の中に、ひとつの要素として加わっている事は正直嬉しかった。
写真という作品の中に、日本の繊細さや柔らかさが、島国という地形から、水と土が光と影にコントラストをきかせる風景。そんな中を自分が旅するのを、やはり私は好きなのだと思う。
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その、ツーリング・フォトグラファー、須藤カメラマンの新しい本が出た。実際にバイクや車で日本をまわり、見つけた素晴らしい風景が本になった。この本をもって、旅に出るのもよいだろう。上が新作。下が旧作だ。