丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

明日から連休なのに

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

連休を前に、本業の方では色々と慌ただしい。先月下旬より、新種のウィルスが多数発生しており、まめに各社ウィルス対策ベンダーのパターンファイルの更新も多くなっている。
同時に社内教育で問題を作り、解答して貰っているのだが、これがやはりなかなか進まない。仕事が忙しいというのもあるのだろうが、大抵そういう理由で実施しない連中が一番問題児なのだ。忙しくてもさっさと解答してくれる方は、やはり何につけても知識も考え方もしっかりしているようで、ダメなのはダメという感じがしてしまう。
何度も督促しても、なかなか回答がこなかったり、結局役職を盾に半強制的に行動させないと、中途半端な大企業は前に進まない事が多いようだ。
またそういう規模の会社は、横のつながりが希薄であり、事業部や本部といった壁はなかなか越えようとしない。私の仕事としては、この壁がいつもやっかいな存在になってしまうのだ。
私の役割としては、結局はみんなの為のものなのではあるが、いわゆる「デキない奴」からみれば敵扱いされてしまう。そういう仕事について既に7年目。今では悪者になる事は気にならなくなってしまった。ただ分かってくれる人は分かってくれる。
私はただ、皆が安全に仕事が続けられる環境を提供したいだけ。それを守る役割という事を分かって行動しているのだから。
そんな私は、明日からの連休を前に、1時間ほどフレックスで退社。ヤボ用を済ませようとしたのだが、バスに乗っている時、ラジオから気になる事が。我が家近くの交差点で火事の為の道路封鎖されているという交通情報が耳に入ってきたのだ。
慌てても仕方がないが、ネットなどでできる限り調べてみると、どうもオリンピックというディスカウントショップが燃えているという。それも結構大規模に。
バスから降りた時、由からメールがあった。由もくーも何も問題はないようで、ほっとした。まあ近いとはいえ影響がある距離ではないとは思っていたのだが、ただやはり心配は心配だった。
現場は大変な騒ぎで、まだ火は消えていないようだった。テレビのニュースでも大々的に報道されていたり、空には何台ものヘリがずっと飛び交っている。今年に入って、やはり丁度反対の早稲田通りでも古いクリーニング店などが燃えて被害者が出ていたり、物騒な話だ。
ただ、この騒ぎのお蔭で本当の用事を済ます事はできなかったが、ちょっと早めに帰ってきてよかったと正直な所、思った。定時まで会社に居たら、落ち着かないどころか慌てて帰ったと思うからだ。
何十台もの消防車、白バイ、パトカーが封鎖された明治通り周辺に停まっている。また各放送局の中継車も、路地の奥で仕事をしていた。
とはいえ明日から9日間、由とくーと毎日遊べるので嬉しかったりする。怪我や事故がないように、改めて気を引き締めたい。
写真はその現場、まだ鎮火しておらず、煙が凄い。
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まじめにダイエット

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

メタボというキーワードが氾濫しているが、私もここ最近はちょっと危険値に入っている。元々今の仕事について、過労で倒れてからは回復する事もなく、そして悪化の一途を辿っている私の体なのだが、食べる量や質と、運動量のバランスがなかなか取れなくなっている。
特に今もずっと風邪っぽかったり、走ると咳や発作が出たりという状況では、基礎代謝も改善できない。当然悪化する一方な訳で、その理由も納得がいくものだ。
由は先週からスポクラに通いだしたのだが、私も無理のない程度にできれば通いたいと思う位だ。現実には平日にそんな余裕はないので難しいのも分かっている。
ただこのままではよくないのも、充分理解している。季節の変わり目はいつも調子悪いのだが、最近少しづつ安定してきているので、これからは歩く距離も増やしたり、基礎代謝を改善すべく、毎日体重や基礎代謝を測り、メモをしながら行動へ繋げたいと思う。
といってもなかなか難しいもの。それができれば誰もが苦労しない。友人はブログにダイエットというカテゴリをつけて、自分自身に言い聞かせたりしているので、私もそうすべきかもしれないと思う。
但し、私の場合は体調が安定する事がまず大事だ。春を越えれば、秋までは毎年の事だが、少し安定すると思われる。頑張らないと。
写真は我が家のインナースキャン体脂肪体重計。
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母親入院見舞い

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

13日の予定を延期した為、20日に母親の膝の手術が行われた。膝の後ろの部分の軟骨が潰れてしまったので、そこに人工の関節を入れる手術の為だ。
母親は80手前なのだが、コロコロ太っている。贅沢し放題で、食べ物で苦労した事はなく、戦争経験者だが、親父が自営業で高度成長期を渡りあるいていた事で、生活で苦労した事はない。女学院も通わせて貰えたお嬢様だ。
私は別に子供の頃から言われる事もなく、小学6年の頃からアルバイトをして、自分の小遣いを稼いでいた。そして兄が腹が減ったといえば、オヤツであるラーメンやチャーハンを作らされ、母親が年に数回調子が悪いといえば、代わりに洗濯や掃除や料理をしてきた。要は小中学生の頃から家事をせざるを得ない環境だったので、今でもしている。
おまけにその期間は、毎週土曜は大学病院で注射を打ち、高校から大学時代は、月に1度同様の治療を受けなければならない身体ではあったが、私が体調が悪くてもおかまいなしに、母親も兄も自分勝手に私を頼った。
最後まで面倒をみなければならないというよりも、私はあとは兄に任せたい。もういいだろう、もう私はお役御免だろう、私には守るべき由と由のご両親が居る訳だから、と最近ははっきり言うようになってきた。
私が高校時代から八ヶ岳や北海道に住みたいと言い続けてきたのは、これらから開放されたかったからかもしれない。私の身体の面倒だけでもう一杯一杯だという事を、隠さずにもっと伝えようと思うようになったのは、結婚後だ。
それでもおかまいなしの連中は、今回も何だかんだと頼ってくる。こういう事から、私が人間の子を欲しいと思えないようにさせた理由の一つである事は、彼らはこれっぽっちも理解しようとしない。
知らないだけではないのだ。理解しようとしないのだ。
また別な理由で、6歳手前から薬漬けの私が、健康な子を育てられる訳がないという気持ちがある。どちらかというと、そちらの方が大きい。子供が苦手なのは、結局この親をみてきたから、という事もあるのだから。
痛い思いをして長生きさせるのも可哀相だから、今回の手術についても、最適だと思われた小規模の手術を推薦した。なんだかんだ言いつつも、私は相手の事を思いやっている。何で向こうは自分の事の前に、実の息子の事を思ってくれないのか。今さらだが、そういう人なのだから仕方がないようだ。
入院大好きな母は、喜んで旅行のような用意をしてでかけたに違いない。手術当日は、私は流石に会社を休めないので、悪いが由に立ち会って貰う事にした。ただ、由に迷惑をかけなければいいのだが…結局振り回され続けているのは私だ。
今回は手術の予定も延期され、私の予定も狂ってしまったので、兄に全てを任せるように話を進めた。その甲斐あってか、今回は珍しく私に泣きついて来なかった。ほっとしつつも流石に1度も見舞いに行かないのも何なので、会社をちょっと早めにあがり、車で由と入院先の病院へ。落ち着いているようで、耳が遠くなったのか、単に聞こえているのに聞こえないフリをしているのかわからないが、自分の事しか話さないのはいつも通りだった。
手術した足も少し楽になったらしく、普通に食事や会話もできるようなので、水やらお茶やらを差し入れて帰宅。雨は本降りになってしまった。
夕食も作るのは面倒な時間なので、外食する事にした。ラーメンや中華は昨日、揚州商人に寄ったので、今回はパス。なので、久しぶりに練馬の桃太郎寿司へ。やっぱりいきつけの網走の鮨屋にはかなわないが、まあ値段も高すぎず、そこそこの味なので、たまに寄る。
母親の入院には、しばらく付き合わされる事になるだろう。しかしとりあえず顔を出した事で、ちょっとほっとした。私よりももっと大変な人はいるのはわかるが、私自身、自分の体の事だけでもハンデを背負っているので、あとはカンベンしてほしいと思うのだった。
写真は母親の実家に、親孝行の為に着いていった時、乗り換えた新花巻駅でのもの。長男は父親や母親の為に何かしたという事がこれまでない。
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