親と子
yonkichi, · カテゴリー: あれこれ土曜の夜、大会から帰ってきてから、両足が異様に痛くなり、それこそ立てなくなる程の痛さに見舞われた。まる1日走り回っていたからかもしれない。情けない話だ。疲れて23時すぎには寝てしまったのだが、深夜1時前に電話でたたき起こされた。そう、またお袋の体調が悪く、救急扱いで病院に向かうというのだ。
契約しているセコムは24時間体制で、ホームセキュリティ契約から人を派遣し、救急車の依頼と搬送先の病院が決まると登録してある家族などに知らせてくれるサービスなのだ。これは便利は便利なのだが、この時間に呼んだおかげで、深夜2時半までに結局3度の報告の電話が入り、もう泣きそうだった。
母親は老人性の鬱に近いもので、人間ドッグや検査をしょっちゅうしなければ気が済まない。昨年の秋ころには少しましになったのだが、ひどい時は毎週血圧が高いとか狭心症とか言っては、救急車を呼び、救急車の中では血圧は正常、病院に着くとすぐに落ち着くのだ。そう、病院が大好きなのだ。
そんな事があった翌日曜、叔父の一周忌の法要の為に寺に向かう。母親は明け方まで点滴をうって貰ってきたので、外出しないで法事は欠席する事になり、私と由だけが雨の中法事を済ませた。私も疲れが溜まっていたので、食事の前に抜けさせてもらい、再度母親の実家に寄って帰った。当の長男である兄は、予想通り30分遅刻して寺に到着。長男の意識は相変わらずまったくない。これでは中学時代からずっと母親の相手をしている私が最後まで世話をしなければならなくなりそうで、いい加減ウンザリだ。これまで何度も自分の予定を中止し、友人に謝りつつ予定をキャンセルし、母親の食事を作ったり、感謝の気持ちもなしに面倒をみせられてきた事か。
この週末も結局、また自分勝手な母親の為にふりまわされたのだった。私が自律神経失調症になった原因のひとつでもあるこの母親は、一体いつまで私を苦しめるのだろうか。
私自身親孝行をしてきたつもりだ。書き切れないほどの気配りと自分の体調が悪い日も、忙しい日も世話をしたりしてきた事に対して、親なんだから面倒をみて当然、親が体調が悪いといえば忙しくても会社も休むべきだと真顔でいう。予定していた旅行も中止するのが当然だと言われては、私も限界というものを感じる。それでもなお、ちゃんと母親の為に弁当を届けたり、気配りをしない訳でもないのに、伝わらないだけでなく、悪態をついたりされることのむなしさは私に深くのしかかる。
実の母親だからこそ、それは面倒を見るのは当然だと私でも思う。でも相手に思いやりのない言動や態度は、何も生まないどころかそこに対等な関係は存在しない。私は由と由のおかあさん、おとうさんにもっと親孝行をしたいのだが、神戸という土地柄それは簡単ではない。自分の親の情けなさというものをひしひしと噛みしめながら、私の運命として乗り切るしかないのだと思う。子は親を選べない。親は子を自分の色に染める事はできたとしても、それはお互いが家族だという事と、お互いを敬う気持ちがなければ、成り立たなくなってしまうのではないだろうか。
私自身幼少の頃からずっと持病を持っている。人並みどころか、人以上に頑張らねば、普通の生活もできないのだが、そんな事はこれっぽっちも人のせいにしない。それに「自分の方が年寄りで、他は皆若い」という論理を人に押しつけるような、彼女の中では自分以外はどうなっても構わないという論理はやはり私は納得がいかない。
今の世の中、親も子も、そういう思いやりが足らない人間が増えているような気がしてならない。
写真は雨のお寺。年間5回以上行っているのに、母親には少ないと言われる。私は墓なんかいらない。墓を守って貰おうなんてこれっぽっちも思っていない。


