丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

気圧と頭痛の関係

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

昨晩からちょっと頭痛が出て、早く寝てしまった。それでおさまるかと思いきや、今朝は朝から激しい頭痛。騙し騙し川崎の事業所へ向かう。
雨は朝から激しく降っていた。バスや電車はその時点では通常通りだったが、駅から建物までの間だけで、すっかり下半身はびしょ濡れになり、今日はチノではなくウールのパンツだったので何とかマシン室で自然乾燥。実は作業に必要なものをすっかり忘れていたのに気がつき、昼すぎには早々と帰宅する事にした。帰りは何とか雨がやんでいる時を見計らって帰る事ができた。
流石に台風だから南からの風が蒸し暑い。汗でボタンダウンシャツが気持ち悪い。バスで妙にエアコンが効いていて、一気に汗がひくが、体調にはよくない。頭痛がまた再発してしまった。今日2度目のバファリンプラス。
元々私は頭痛持ちで、これまでもCTやMRIで調べて貰ったりもしたが、理由はわからず。頭痛の専門医の先生と一昨年知り合い、先日まで診察を受けてきたが、結局の所この私の群発性頭痛というのは謎が多く、発生のメカニズムも解明されていないと聴く。ただ、その先生が処方してくれたひとつの方法である、ワソランという心臓の薬を頭痛の予防に役立てるというのは、これまでの治療で一番効果があったようだ。
この群発性頭痛の発生にはサイクルがあり、始まると週に2~3度あり、1回につき3~5時間、目玉の奥を某でかき回されているような激痛が続く。そして全体的に2~3か月断続的に続き、それをすぎると頭痛は起こらなくなる。このパターン以外にも、肩こりや寝不足、風邪ぎみから来る後頭部や側頭部の鈍い頭痛がある。
また、私の頭痛の場合、どんな頭痛薬も効かなかった。高価なクリアミンやイミグラン、テラナスを処方され、少し効いたのだが、ものによって吐き気などが出るので、困っていたが、実はバファリンプラスが効果があるのがわかり、それからというものの、バファリンプラスを常に持ち歩いている。喘息の薬などもあわせて、いろいろ持ちあるかなければならないのは困った体だ。
結局帰ってきて少し痛みがなくなるまで昼寝。まともに食事もとっていないが、これも少しは台風の影響があるのだろうか。外は断続的に土砂降りがあるのが窓に打ちつける雨音でわかる。
ちょっと仕事の方も滞っているので、なんとか明日は復帰したいが、最悪夏休み前に使いたくない年休になってしまう可能性がある。台風は今夜中に通過してしまうだろうか。今北海道を旅しているシェフが少し心配だ。来週からはもう一人友人が北海道に行く。やはりよい天気で旅するのが一番だから、天気に恵まれてほしいものだ。
少しだけ寝て目をさますと、19時をまわっていた。今日はダッチオーブンでローストビーフならぬローストポークを私が作るので、ぼーっとした頭で用意にかかった。
気圧が人の体に何らかの影響を与えるというのは、論理的に証明されていのだろうか。そういえば腰も少し痛む。困ったものだ。とりあえず買ってきたもろみ酢を飲んで、半身浴を心がけよう。
写真は色々な野菜と豚モモブロックをダッチでローストした夕食。ちょっと夕食には多い。
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台風接近

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

今シーズン初の上陸する勢いでの台風7号がやってきている。昨年は台風が大量に日本列島を通過していったのだが、今年はまだ台風は7号。昨年に比べて格段に少ない、というか昨年があまりに被害を呼ぶ台風が多かったという事でもあるのだが、今年は今の所、平年に近い状況ではないだろうか。
台風は日本の場合、夏旅する時には切っても切り離せない関係になる。長距離・中期間(1週間程度の旅行を指す)の旅では、結構な確率でひっかかってしまう。特に夏の北海道ツーリングで、運悪くぶつかってしまった時も少なくない。
台風を北海道で越えた時は数回あるのだが、丘の上で台風越えをしたのは、直撃というケースにおいては経験はない。反面、根室をかすめていった時や、日本海を抜けていった時はあるのだが、どちらにしてもテントは張りっぱなし。撤収しなければならない状況に追いやられた時は運よくない。
長い期間テント生活を送っている友人の中には、いろいろなケースを経験している。フレームを抜いて上に石などを起いて飛ばないようにして、町へ避難したとか、テントのフレームが折れたなども聴いた。飛ばされるケースは殆ど、通過後の南風や台風ではなく、武佐おろしなどの気圧の谷により強風が吹いた時の方が多いのは、やはり流石に台風というものがやってくると、警戒モードが高まるという事かもしれない。
なかしべつ温泉に全ての荷物をもって降りたとか、根室や弟子屈の宿を取って、ゆっくりと台風が抜けるのを待ったりなど、私は避難してきた。最近では中標津や弟子屈に友人も増え、迷惑をかえりみず声をかければ1泊くらいはさせて頂けそうな感じだが、まだ親しき友人の仲とはいえ、そこまで自分からお願いした事はない。
職場のある東京湾のお台場でも、何度も台風通過を経験した。高潮どころか、もともと海だったエリアに建物がたっている訳だから、とんでもなく台風の場合は危険だ。ゆりかもめという電車も停まったりおくれたりする事もある、明日はまず、何らかの影響が出るだろうが、私としては予定と横浜に変更したので、びしょ濡れになるかもしれないが帰宅難民にならないようにしてしまった。
今年の高気圧の張り具合は、今の所昨年のような勢力圏ではないようだ。これから旅シーズンに入る事もあるが、先日の地震など地盤に影響するのが地震のあとの台風や大雨だ。罪もない人が被害にあわないよう、できるだけおだやかに通過していって欲しい。
とはいえ、台風の持つパワーはとてもすごいものだ。これを体感できるというのは、なかなかワクワクする。濡れてもよい格好で、そのパワーを楽しむ事ができればいいのだが。避難ルートを確保した上で、どこまで耐えられるかテントの中で体験してみたい。テントは当然、MOSSで。
写真は台風近づく開陽台。フライのばたつく音と、風の音がテントの間を吹き抜ける。
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涼しい午後に揺らぐ大地

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

久しぶりに過ごしやすい朝を迎えた。土曜の朝というのもあって、ゆっくりと朝寝坊をした。
夕方、くーを散歩に連れていく。だが雑誌「コーギースタイルVol.12」と「犬川柳・コーギーの逆襲」という本を買いに本屋と、広告に出ていた琉球もろみ酢を買いにマツモトキヨシに行く為、あとで公園で落ち合う事にして散歩隊とわかれ、私は自転車で駅前に行く。
駅前のビル3~5階に入っている本屋に入り、売り場が変わっていたので少々迷いながら目的の本をみつけた。本屋に来る回数が減ってしまったのだが、もともと活字好きなので用事がなくても本屋があれば入っていく、という事をしてきた。最近はネットでも買えたりするのも、目的の本を見つけるのが楽になった反面、ついでにとか、偶然面白そうな本に出会える事が減ってしまった。
その本の内容を少し確認していると、足元がズズズ、というように震えたように思えた。顔をあげると、まだ誰も私と同じように顔をあげているのはいなかったが、数秒後、大きい横揺れがあった。非常扉が勝手に閉まってしまい、大きな金属音が響いた。どよめく声がある中、レジの店員は気にはしているようだが接客の手をゆるめる事はなかった。私は立ち読みをやめ、早々にその本を手にレジで清算し、店を出た。
マツキヨに急いで寄り、自転車に鍵もかけずにさっさと目的のものを購入。その後全力疾走で自宅に戻る。家の中が何もなっていない事を確認し、テレビをつけ、地震情報を確認する。東京は震度4、埼玉、千葉、神奈川で震度5強であり、電車も相当な範囲で運行見合せされている事を知った。ついでの実家に電話をかけ、お袋の無事を確認する。実家は私も長年住んでいたが、新宿駅の近くで11階の高いフロアにある。ここは震度1に満たない地震も揺れを感じる程なので、相当揺れた事だろう。扉を開けっ放しにして様子をみている状況だった。
荷物をカメラセットに持ち替え、公園に向かうと、散歩仲間が沢山集まっていた。くーもその中に居たのだが、由達も公園にいたにもかかわらず、その大きな揺れを感じたそうだ。散歩仲間の中には、自宅のエレベータが停まっている人が何人もいたほどだった。
一昨年、北海道をツーリング中、あの平成15年十勝沖地震を道内で経験した事を思い出した。あの時は私は幌加内そばづくしの食事が出る朱鞠内湖畔に建つ宿のベッドの中だった。揺れは殆ど感じなかったのだが、明け方から携帯のメールが何通も届くので、目をさましてメールをみると、前日に美瑛の宿で一緒だった2人の友人からと、内地の友人からのものだった。
一緒に居た2人のうち、1人は美瑛に連泊。もう1人は釧路のビジネスホテルに泊まっていた。釧路は激しく揺れ、当時乗っていたBMW K1150RTのセンタースタンドがはずれ、壁によりかかっていたという。その時に擦れた事で、シートに穴が空いてしまっていた。美瑛の友人は無事だった。携帯もしばらくすると繋がりにくくなり、まだ早かったが起きてロビーにあるテレビを点け、あまりの地震の規模に愕然とした。
苫小牧港で石油タンクが大火災を起こし、各地でマンホールが高く隆起し、アスファルトは割れていた。これから小樽まで走らなければならないのが気がかりだが、道内に住んでいる友人も含めて心配になり、メールを送りまくった。
知り合いについては全員の無事が確認でき、私は朝食を取るとまだ雨の残る中、小樽へとアクセルを開けた。明けすぎて小樽市内に入った時、ウィンカーも点けずにいきなり曲がったトラックに軽く接触し、転倒してしまった。この話はまた別の時に書こうと思うが、なんとか私が走った朱鞠内から、昔から好きなルートである霧立峠を越えた先から、小平町に抜けるマイナールートを走り、あとは日本海オロロンラインを南下するルートは、地震の影響はまったくなかった。
小樽に昼すぎに到着し、ビジネスホテルがまだチェックインできない為、ロビーに荷物を置いて、風呂に入りに行った。しかし転倒の関係で両足が痛く、歩くのが大変だった。途中、店の中のテレビで黒煙と炎をあげる石油タンクが写っていたので、まだ鎮火していないらしい。大変な事故だ。苫小牧港も閉鎖されているようだが、明日小樽港から北海道を離れる私としては、正直苫小牧ルートにしなくてよかったと思っていた。
地震に出会う確率は、日本列島の中で、どこにその時居るかによるものであり、いわゆる運だ。震源に近い場所に居れば、極めて危険な目にあう。由も、神戸に住んでいる頃にあの阪神大震災を経験した。タンスや下駄箱が倒れ、容易に外に出られなかったようだ。おまけにその後、由は長い間避難所になる学校でボランティアをしたり、被災地の大変さを誰よりもよく分かっている。私はせいぜい東京で震度5を経験した位なので、今日のような地震以上のものを知らない。
写真は小樽で転倒後、痛い足をひきずりつつ、昼食を食べたとっぴー小樽店の前。この時もまだ、苫小牧では大火災が続いていた。
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