丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

霧のまん中、霧の向こう側

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

出勤の朝、家を出ると、予報では涼しいといっていたわりには、湿度と気温が高い。昼間はこの調子だと暑くなるだろうと思われた。薄曇りの早朝の町を、最前列に私が座ったバスが走る。山手線の円を少しずれながら横切るルートなのだが、細い道をくねくねと曲がり、停留所で人と乗降を繰り返す。7時丁度に終点に着いた。バスはここから車庫まで折り返し運転を行う。
今日でとりあえず一週間は終わり。明日から2日休みだと思うと、嬉しくて週で一番力が入る。いつからだろうか、ここまで金曜が他の曜日より好きになったのは。正直言って、自分がいつまでこの会社に勤めて仕事をしていけるか分からない。こう思いながら、何年も続いているのだが、正直な所自分でこの先の保証ができない。
バスの終点で、タイヤのついた電車のような乗り物に乗り換える。朝から結構人が乗っているが、この時間帯は皆仕事に向かう為の人ばかりだ。しかし、明日からは乗車する客層がガラっと変わる。そう、夏休みになるからだ。既にフジテレビ周辺ではイベントのテントや施設が沢山できている。通勤に影響が出るのはもっぱら帰りなのだが、電車の中はまるで遊園地のお猿の電車。治外法権状態になる。
とりあえず朝はラッシュになる事もなく、確率から言っても50%以上は座れるのだが、今朝は席が空いていたにもかかわらず、座らずに窓際で立ちながら眺めていた。
大きな橋を渡る前に、フジテレビや船の科学館がぼんやりと霧の中にシルエットを浮かべ、東京湾も船が白濁した空間に浮かんでいるような不思議な景色だ。晴れた日はそれこそ木更津方面の房総半島だけでなく、東京湾を横断するアクアラインの陸橋や、換気口である風の塔が海から生えているのが見える。今日はそれどころか、羽田空港のもっと手前から、すっかり霧で見えない。
こうしてみると、都会でもいろいろな天気に出くわす。明らかに土が露出している地面が減り、アスファルトやコンクリートに包まれた建造物が立ち並び、高層ビルが増えると同時に、空調の室外機から大量の熱気が吐き出される。それでも当然なのだが雨や雪、張れや曇りがある。ただ、昔と違って朝晩の冷え込みは都会にはない。少しばかり郊外なら、朝晩の空気の澄み方は明らかに感じられるのだが、都会のよどんだ空気の朝は、いつまでたっても慣れる事はない。喘息の喉はここ最近、妙に気道が狭くなっている。
そんな中、霧の日は、なぜかちょっとだけ気分が落ち着く。それはやはり、ずっと先が見えず、ささやかだが広がりが感じられるからだろう。乳白色に溶け込む風景は、その先に何があるかを隠してくれる。それがよい事なのか悪い事なのかはわからないが、見えない事が気持ちの持ち方を換えてくれる事もある。
霧の中、バイクや車を走らせる事も多々あったが、かつて知ったる道であっても、場所であっても、その奇妙な浮遊感と不安感、そしてちょっとしたワクワク感があった。霧雨でシールドを何度も左手の人指し指でワイパーよろしく何度も拭う事や、レインウェアを着ないとすっかりびしょ濡れになってしまう事はやっかいなのだが、後先考えずにその場所だけの事を考えれば、実はそんなに嫌いじゃなかったりする。
写真は濃霧の狩勝峠。北海道では夏には珍しくないのだが、視界が悪い事で、危険度も高まる。長距離トラックも多く、それこそ路肩のホワイトラインと、センターにあるイエローラインだけが、自分が今ルート上に居る事を証明してくれる。進んでいるのか、戻っているのかもわからない。
それもまた旅なのかもしれない。
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都会に住むという事

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

エアコンのドライを稼働させながら寝ていると、眠る事はできるが喉がおかしくなる。またドライでも明け方結構体が冷えている事もあって、体がだるくなる。今年もそういうシーズンが始まったようだ。
今の我が家は小規模なマンションなのだが、メゾネットで2階部分と3階部分がある。私が家を出たのはまだ10年前程度なのだが、実はその時、世間知らずな私は、売りに出ていた新大久保駅近くの1LDKの新築マンションを1度見にいっただけでいきなり購入したのだった。
そのマンションには結果的に1年しか住まなかった。引っ越しの案内を出して、友人を色々呼んだりして新しい生活を楽しんだのだが、大きな問題があったからだ。それは騒音。6階建ての5階部分だったが、とにかく上の階の住人の歩く音が気になる程響いた。
販売会社や施工会社を呼んで、実際に音を聴いて貰ってもらちがあかず、上の階の住人は一切聞く耳もたずで、紛争状態になり、私はすっかりノイローゼになってしまった。そして住みだして半年もたたずに実家に舞い戻ってしまった。最近のマンションの騒音対策の甘さにしてやられた、とでも言うのだろうか。最近はフローリングが殆どで、足音が響き気味になっている。そして建物の高さの限界一杯にフロアを増やす為、屋根裏や床下の防音対策が犠牲にされる事になり、壁も含めた間接音の伝わり方は、昔よりも悪化しているのではないかと思う。反面、直接音はコンクリートスラブやサッシにより減っている。
引っ越して、バイク用に駐車場も借りたのだが、すぐに引っ越し先を探す事になってしまった。同時に予定にもなかった結婚も同時に進んでしまう事になり、新大久保の家を実家の管理をしている不動産屋経由で売りに出したのだが、これがまたなかなか売れない。しかし、丁度そのマンションの前の部屋に住んでいる方が親切に、知り合いの不動産屋を紹介してくださり、そこに一度相談しにいくと、売れなかった不動産屋よりも高く、あっという間に買い手をみつけてくれた。
広告で目をつけた新しい住まいはこれから施工する為に、更地にモデルルームが作られている所だった。そこは16世帯の小さなマンションだったが、玄関は完全に独立し、各部屋に階段のあるメゾネットタイプ。私が狙ったのは、もう階下はこりごりなので、上の階の角部屋だった。先着順だったそのマンションの発売日は土曜だったが、月曜の朝から便利屋をネットで探して頼み、なんとか希望の部屋の順番を確保する事ができた。
順番取りで泊る事も想定し、会社も休むつもりだったが、発売5日前に全ての上のフロアが決まってしまい、販売会社側も流石に近隣に迷惑だったり、並んで貰う人の健康状態の事も考え、整理券を配る事になり、夜は家で寝る事ができた。何とか無事に発売日を迎え、2番目に小さい部屋だったが、2LDKの角部屋、2階と3階部分のメゾネット型のマンションをめでたく、あらためて買う事になった。
前のマンションのローンがまだ清算されていなかった事もあり、銀行まわりをして資金繰りに相当苦労したのだが、無事に前のマンションの売買契約も済み、今のマンションの支払いだけになった。当時は賃貸にすべきか、また頭金を何とか大目に用意するかなど、胃の痛い日々を送ったのだが、なんとか普通の家賃よりも少ない月々の支払いで住む事ができ、それももう8年目を迎えている。支払いはまだ随分残っているのだが、毎月支払う分や賞与時の支払い、固定資産税を含めても、賃貸より大した差はない。結果的に支払った分が自分の資産になる事を考えて、私は買う方を選んだのだ。
マンションは昔ながらの下宿屋に囲まれており、となりにちょっと大きめの建物が建っている事から、風の流れがちょっとよくない。部屋は北向きで、南側はマンションの通路になっている事もあって、あまり日当たりはよくない。ただどの部屋よりも視界はよく、ベランダもルーフバルコニー型だが2つあり、小さいながらも洗濯物を干したり、くーをベランダで日光浴させる事ができた。
困っているのは、階下からや近くのアパートからくるたばこの煙。ちょっと気候がよくなると、いずこの家も窓を開けたくなる訳で、当然喫煙している煙が外に出て、やってくる。すると私のような敏感な体の持ち主は窓を閉めざるを得なくなる。そうするとエアコンを使わなくてはならなくなるのだが、こんな事で苦労しなければならないのも都会生活者の悲しい所だ。
3階部分にある寝室では流石にそこまで煙があがってくる事はないのだが、今度は100m位先に建っているビルの空調の室外機が耳障りな音をたてている為、窓を開け放つと耳鳴りのような音がずっとしている状況になる。季節がよい時期になると、斜め前にある下宿屋の屋根の上にある、レトロな物干し台に学生があがってきて話をしている事もあり、なかなか気が休まらない。
私のような性格の者が都会に住んでいる事が問題なのだと思うようにしているのだが、別に普通に必要な空気を吸って、誰にも迷惑をかけるような事もしていないつもりなのだが、逆に自分が困る境遇には毎日のように出会う。理不尽だとは思いつつ、どうにもなるものではない。これは都会に住まなくてもある事だろう。
エアコンによって、何とか生活ができているといっても間違いではない。働き者の空気清浄機はその分、ずっと稼働している。呼吸器に問題がある人間にとっては、どこに住もうと変わらないのかもしれないが、例えば北海道とかで広大な土地の中のまん中に家を建てれば、そういう事もなくなるだろうなんて考えてしまう私は、根本的に人との共同生活に向いていないのかもしれない…困ったものだ。
写真はそのマンションのパティオと言われる通路。ちょっとした戸建て感覚で見た目はとてもお洒落にできている。しかし収納は殆どなく、施工業者の手抜きで問題も多く、デザイン重視なものだ。
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誕生日の過ごし方

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

実をいうと、今日は私の誕生日だったりする。その誕生日はいつも華やかに…なんてことはまったくなく、朝っぱらから都内の某大学病院で肺機能検査をしていたりする。この文章もその待合室で打っている。
肺機能検査は、公害手帳を持っている私としては、毎年その審査の為にも受けている。この巨大病院では、6歳から小児喘息の治療の為に通っている訳で、最近検査してないね、という事もあり、2年ぶりに受ける事になった。あいかわらず「吐いて吐いて吐いて~グっと吸って~」と何だか怪しい声をはりあげながら、機械の前で肩をいからせるのであった。
ざっとその結果をみると、2年前よりあきらかにデータが悪い。今の職場のせいとしか思えない。このデータを持ってしても、会社は何もしてくれるものでもないだろうが、健康管理室に行っても、ISO14001を推進している人事においても、大変だねと同情してくれるだけなのが関の山だ。
今は2か月に1度の通院になっているが、高校生位までは毎週通っていた。夜中に苦しくなって車で点滴を打ちにいった事も数えきれない程ある。社会人になってから、仕事の環境とスケジュールで肺炎になった時も、発作がひどく死ぬかもしれないと、それまで喘息で死ぬなんて思わなかった私も、心配になって会社にも行けず入院もできず、家で鬱状態になった事もあった。その後、最近かもしれないが、喘息で命を落とす人も少なくないと知って、いままであまりにも長く喘息と付き合ってきた自分の無知さ加減に笑ってしまった程だ。
鼻が悪く、喉がベタついたり、何か詰まっているような感覚や、最初の声がでない、痰がからむというような症状が常にある私は、正直職場とかでも騒がしいと思われているのだろう。申し訳ないが、それは自分でもどうしようもない事で、できるだけ気をつけているつもりなのだが、やはり迷惑をかけている事もあると思う。既に小児喘息から慢性の気管支喘息というような病名で公に認定されてしまっているのだが、みためは健康そのものらしく、職場でも別段特別に見られる事もないようだ。
おまけにバイクに乗っていたり、激しいスポーツのモトクロスまがいの事、日本各地や海外への旅、キャンプなどをしている事はそれなりに知られているので、まさかそんな病気を持っているように思われないのも仕方がない事だろう。
既に年齢を隠していても仕方ないが、私は今年本厄の辰年。厄払いもしていないが、何とか乗り切りたい。気にしていないのでこれからも厄払いにいくつもりもないのだが、何か自分が納得できるような効果や意味があれば、素直にそれを認めて受けるだろう。
今日から3連休。別にこれといった変わった事はするつもりはないが、病院に帰り際に由にケーキと昼飯を小田急ハルクに寄って買っていこうと思う。あと余裕があれば、ニュークイックで久しぶりにラフテー用の豚バラブロックでも買っていこうか。帰ったら、油抜きをし、ラフテーを作る。そんな普段と変わらない1日になるだろう。
写真はその喘息君。頑張ってネパールでトレッキングをしてみたある日の朝の図。ダンプスの宿の朝。
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