丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

カフェとやらで休憩

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

10時くらいまで寝てしまった。寝すぎると肩がこり、頭が重くなってしまうが、普段は5時間弱の睡眠時間だとどうしても寝不足気味になってしまう。週末、少し寝すぎてしまうのは仕方ないが、逆にあまり遊びにいけなくなってしまう。気合を入れて、やはり4時間睡眠で早朝からでかける時もあるが、毎週末は到底無理だ。
昼前までエアコンなしでまたも我慢するが、我慢できずにエアコンを入れた。すると、いきなりおでかけ命令が。顔を洗って車でまずは恵比寿へ向かう。明治通りは混んでいるだろうと予想し、裏道から外苑西通りで南下。明治公園前では伊那バスが道路を塞いでいた。そしてこの炎天下の中、今日も明治公園ではフリマが盛大に開催されていた。下がアスファルトでなければ、くーを連れてフリマを流すのもよいが、今日はパス。
恵比寿駅近くの中国茶が飲める犬OKのお店を探すが、見つからない。3週くらいうろうろし、コインパーキングもいっぱいなので、線路沿いに停めて歩いて探すが、なんと見つかったと思ったら臨時休業。コインパーキングに入れなかったのが救いだが、とりあえずネットでどこか他に店がないかを探す。
既にお昼すぎでどこも混んでいるだろう。そこからの近場で、代官山ヒルサイドテラス横のイタリアンカフェが、犬も入れるという情報があったので、そこに向かう。旧山手通り沿いに、車がビッシリ停まってる。その中で反対車線に1台空いているスペースをみつけた。丁度そのカフェのまん前だ。日差しがサンサンと当たっているので、車内が強烈に暑くなりそうだが、仕方なくそこに停める。
カフェには外人やカップルが沢山。ガラス張りだが、木々に覆われて直射日光は入り込んでいないようだ。ギャルソンが犬同席の事を快く承諾してくれ、窓際のよい席へ案内してくれた。あとで気がついたが、犬連れの客も数人いたようだ。隣には赤ん坊連れの女性、後ろには外人さんと日本人のカップルが居たが、どちらもくーを見ては笑顔をくれた。
オーダーはクラムチャウダーに生ハムや厚切りのトマトのフォカッチャ、そしてパンナコッタのデザート。なんとお洒落なランチだ。くーは氷を貰って大理石の床にべったり。ここはドッグカフェではなく、基本的に普通のカフェレストランだ。しかし店員は皆、犬に対して優しく、声をかけてくれる。ドッグカフェとなると、犬の為の設備やら、犬のグッズを置いている犬の為の場所になるのだが、案外そこは割高なのが多い。しかしここは犬をヨーロッパのように犬を客の一人として見てくれている。それがとても気持ちよかった。
犬嫌いな人にとっては迷惑な話だが、迷惑をかけず、それぞれの客がそれぞれの時間を楽しむという基本的な事ができていれば、皆が快適になれるといういい例だった。また利用したいと思える気持ち良さと、別な料理も食べてみたいと思えるお店だった。
帰りに折角だからともう1軒、新宿御苑のこちらが純粋なドッグカフェを訪ねてみた。駐車場所は近くのコインパーキングだったが、まあ近くにあるのでよしとする。隣に新宿御苑があり、静かな所なのだが、カウンターの男の定員がこれ以上ない程無愛想だった。濡れた手で飲み物は出すは、ガンガン店内で鳴っているFMのボリュームを少し落としてくれ、というと「うるさいですか」ときた。失礼な店員で二度と来るかと思ったが、他の店員(どうやら他は併設されてるトリミングルームのスタッフらしく、その態度の悪い店員は調理専門らしかった)はとてもフレンドリーだった。こういう所も、まだジャンルとしてドッグカフェが成熟していないものだという事を証明しているようだった。
カフェ巡りをして、自宅に帰ると、もう何だか疲れが出て夕方まで寝てしまった。散歩に出ようとしたが、くーも妙に疲れているようだったので、今日は取りやめ。途中で買ってきたスリー・ドッグ・ベーカリーのちっこいケーキを貰って今、横で嬉しそうに食べている。
そんなこんなで今週末もこれといった事もせず過ごした。川遊びにでも行きたい所だが、既に夏休みだ。土曜の早朝に家を出て、近郊に川遊びをしにいこうか。寝不足になるが、自分の体の為にも家にこもっているよりはいいだろうと思う、日曜の終わりだった。
写真はその代官山でなかなかよかったイタリアンカフェ。また行こうと思う。
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思いやりのある生活

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

カテゴリで愚痴というのが必要かもしれない。日々の生活の中で、愚痴というジャンルに含まれるものが、実際何も生まない非生産的なものに属するのはうすうす分かっている。しかし、呆れてとか、情けないと感じる事があまりに日常に多すぎるのも、悲しいかな事実なのだ。
帰りが辛かった。子供連れの多さだけでなく、妙にイラつくのが多い。都会にいるとこういう事が多く、人が多すぎるのもその理由のひとつかもしれないが、人に迷惑をかけて平気な顔をしているのがあまりにも多すぎる。気候も意識が朦朧とする位、湿度が高く、不快極まりない空気の中、それぞれがイライラ感をつのらせていたような感じだ。
たかがバスや電車に乗るのに順番争い。子供連れの親がバスの中で子供を走り回らせ、椅子を遊び道具にしている姿。バス停横で煙草を吸い、子供やおばあさんに煙をはきかけ、灰を指で飛ばす。当然ながら最後は吸殻は足元に捨てる。こういう姿ばかりみていると、本当に一度人類は滅亡した方がいいのかとすら思える。
結局の所、無神経なのが多すぎるんじゃないだろうか。ACのコマーシャルにもある通り、ジコチュウが増えている、というのはその通りだ。いつでも誰でもが、被害者になりうる状況は事実だ。本当に情けない。
夏休みで多くの観光客が汐留やお台場にやってきている。そんな所に事務所を構えている会社も問題だ。何ひとつメリットはない。全社員の交通費が余分にかかり、窓口のある銀行すらなく、人が生活する上で必要な施設が足らない事もしばしばだ。病院にしても、選ぶ余地はない。そういう理由からすれば、会社のせいと言ってもいい。
折角一番好きな金曜日の帰りに、もうヘトヘトになって帰ってきた。変なじいさんに絡まれるは、暑くて汗が目に入るわ、疲れた…
昔は今ほど疲労感も失望感もなかった。大抵は夏のロングツーリングでリフレッシュし、また次の旅までの1年の都会生活を頑張る事ができた。なかなかそのスパンが短くなり、夏だけでなく冬も旅するようになり、春、そして秋と、四六時中旅に出たくなる。そして今は旅に出ても帰る事を考えた時点で、既に憂鬱な気分が戻ってくる。リフレッシュなんかどこに行ってしまったのかわからない。
少しでもその間をもたせる為に、夏の旅はいつも8月後半。同僚の殆どが今もお盆の時期に集中して休むのだが、そのあとにゆっくりと休ませて貰う。反面、7月末から8月頭にかけて休むのも以前あったが、これも早く休みが終わり、秋までが長く辛い。まあ堂々巡りの葛藤との戦いが、毎年行われるようなものだ。
この週末から、友人が旅に出る。どうやら、今年の旅はいつもと違うらしい。これまでなんだかんだ行って往復の船を私と一緒に取り、北海道を旅してきた彼は、今年はこれまでにない旅になる事だろう。よい旅を、そして思い出に残るよい時間を過ごしてきて欲しい。
本格的な夏休みシーズンに入る。ただ旅の恥はかきすてではなく、あくまで自分が楽しむ為に、廻りに迷惑をかけていいなんて思わないでほしい。人間なんだから、モノを考えられる生き物なのだから、できる限り廻りに迷惑をかけずに、自分達が楽しんでほしい。いつからそんな基本的な事を後回しにするようになってしまったのかわからないが、そうする事で、誰もが楽しい時間を過ごす事ができるのだから。
そしてもしも廻りに迷惑をかけてしまったら、素直に謝る事。これがまたできない。そういうオトナが多くなっているが、単純な事だ。それを見た子供や若者はどう思うだろうか。悪循環の根底に、今の時代オトナと呼ばれる人々の言動にかかっている。
まあそんな簡単にはいかないだろうが、気持ち的にはお願いだから…という気持ちである。頼むから、自分たちの事は自分で始末して欲しい。旅やキャンプの基本でもまさに同じであり、それができる事で初めて、自分の時間を楽しむ権利を得られるのだから。大人数で混雑していても、それぞれがちゃんとできれば、別に不快になる事はないのだから。
写真は通勤に使っているバス。キョロちゃん号はおいといて、今日は携帯のバス運行情報システムが障害だったらしく、10分以上遅れているのすらわからず、これもマイナス要素になってしまった。
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地面の太陽

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

日中、都心を移動するとジリジリとした日差しを感じる。まばらだがとある会社の建屋に流れ込む人の流れの中や、人込みの渋谷を早足で歩き抜ける一瞬の間にも、容赦なくその暑さは体に降りそそぐ。
この暑さは子供の頃、やはり同じように感じていたのだろうか。今の子供達はこの暑さの中で、やはり走り回っているのだろうか。病弱だった私でさえ、足踏み自動車で新宿の片隅を走り回ったり、ビルの裏にあるちょっとした庭で虫取りをしたり、駐車場の壁でキャッチボールをしたりしていた。
最近の子供はそうしている姿よりも、きっとゲームボーイなんかをいじくって冷房の効いた部屋にいる事の方が多いのだろう。それは暑さが昔よりも厳しくなった事にも理由があるのかもしれない。土が全てアスファルトにコーティングされ、あるのは街路樹の猫の額のような土しか表面に出ていない。
東京は大規模な公園が比較的多い。我が家から程近い所の戸山公園をはじめ、新宿御苑や代々木公園なども作られた緑かもしれないが、しっかりと土や雑草の芝生も顔を出している。それらが呼吸をし、雨を吸い取り、人が少なくなる夜に木々と共に空気を清浄してくれる。その機能が既にオーバーフローしているのではないか。
八重山や沖縄よりも、九州などの暑さの方が湿度が高く、私が訪れた時の経験からは、正直暑さを感じるような気がしている。しかしそれは九州という地にいるという事が、気分的にもそうさせているのかもしれない。それはそれで旅気分として悪いものではなく、逆に楽しめる事だ。
日本縦断の時は、沖縄の暑さにしてやられたが、北部では爽やかさを感じていた。特に北部の東海岸では、適度なワインディングと素朴な海岸線がすばらしく、R58が南北に貫く西側よりも、沖縄らしさを感じる事ができた。逆にコザから那覇あたりの米軍色が強く、それも沖縄らしさに感じたのだが、南部の糸満の漁港はやはり海人(うみんちゅ)の故郷であり、沖縄の漁業色が濃く、それもこの島の文化をしっかり感じさせてくれた。
九州は内陸に濃い森がある。特に椎葉や五木など、宮崎から熊本にかけての森はすばらしく、その森が沖縄を豊かにしてくれている。ひたすら曲がりくねり、バイクのタイヤのセンターよりもサイドが減っているのが九州のバイクなのではないかと思える程、これでもかと森の奥まで人の生活はあり、それを道は繋いでいる。
都心のように平野においては、はるか昔に人が住みはじめ、森があったのかもしれないが、その跡は殆どないだろう。人が集まりやすく、住みやすい平野は、水はけや交通の円滑な発展の為に、アスファルトやコンクリートにコーティングされる運命だったのかもしれないが、今そこに蓄熱され反射される暑さは、人々へストレスを与え続けている。
人は土がなくては生きていけない。これはまんざら大げさな言葉ではないような気がする。
写真は今はなき、指宿ユースホステル。沖縄から鹿児島港へ入り、九州上陸後、洗濯の為に宿泊した。そのチェックアウトの朝。この日、開聞岳を巡って、下川から根占へ鹿児島湾を渡る。
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