丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

連休明けからついてない

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

今日は大型連休あけ。この連休中目立ったウィルスも出ず、ほっとしたと思っていた。この連休中も毎日のようにリモートで仕事をしていのだ。しかし、今日の昼前から大量の新種のウィルスらしきメールが大量に流れ込んできた。
殆どというか、ほぼ100%今のメール添付型のウィルスは、全て内容は英文。どう考えても知り合いじゃないし、タイトルだけで怪しさ満点なのに、なぜかご丁寧に解凍し、実行するアホがあとをたたない。
今日はこんな内容だった。
件名例
・Notice: **Last Warning**
・Your email account access is restricted
・Your Email Account is Suspended For Securi
・Notice:***Your email account will be suspe
・Security measures
・Email Account Suspension
・*IMPORTANT* Please Validate Your Email Acc
・*IMPORTANT* Your Account Has Been Locked
メール本文例
・Once you have completed the form in the attached file, your account records will not be interrupted and will continue as normal.
・To unblock your email account access, please see the attachment.
・Please see the attachment.
・We have suspended some of your email services, to resolve the problem you should read the attached document.
・To safeguard your email account from possible termination, please see the attached file.
・Please look at attached document.
・Account Information Are Attached!
添付ファイル名例
・email-info
・email-text
・email-doc
・information
・your_details
・document_full
・IMPORTANT info-text
添付ファイルの拡張子
・exe
・pif
・scr
・zip
こんなメール、どう見てもウィルスとしか思えないが、アホのおかげで私の仕事が増える訳である。こういう連中は給料ドロボウ以外何者でもないので、2度以上やったら懲戒くらいにしないとそれこそ信用問題になると思うのだが…
また今日のウィルスは、この記事ようにトレンドマイクロが偉そうに言っているが、昼の12時すぎにシマンテックは対応済にもかかわらず、トレンドマイクロが対応パターンを出したのは20時すぎだった。この8時間の間にどれだけの人が仕事ができなくなり、被害が広がったか。ウィルス対策ベンダーはこの対応レスポンスが命のはずなのに、前回の大チョンボが怖いのか、それにしても遅すぎだ。私は昼すぎにはウィルスらしきファイルを検体としてラボに送っているのにだ。
確かに新種のウィルスの対応速度は、ベンダーによって差が出る。逆にトレンドが早くて、シマンテックが遅い場合もあるが、最近のトレンドのふがいなさは、導入している側としては正直信用まるつぶれといった所だ。
明日、チョンボの件で謝罪に来るらしいが、私はまた冷たく言い放ってしまう事だろう。「ウィルス対策ベンダーの選択いかんによって、新種ウィルスへの対応時間の差9時間で、どれだけの企業的損失と信用欠落が発生したと思いますか?」と。
久しぶりに深夜の山手線に乗ってしまい、いきなり怒り心頭の連休あけである。明日も早起きして、業務開始前にいろいろチェックしなければならないだろう。
おまけにこのブログを書き込もうと思ったら、サーバーダウン…睡眠時間がまた30分減った…

限りない欲望

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

旅から帰って来たのか、荷物を積んだバイクをみかけた。明日で連休も最終日になる。そろそろこの連休の間旅した人々が、また日常に戻ってくる。この時ほど、複雑な気持ちはない。
明日から休みになるという時間、金曜の夜や、連休の前日の夜が好きだ。一番とってもいい。仕事が嫌いかというとそうでもないのだが、ここ最近は仕事というか会社に対して素直に仕事に取り組めない要素があまりにも多く、特にそれは一般的な会社員にとっては、切実な現実なのではないだろうか。連休の終わりに感じるこの複雑な気持ちは一体何なんだろう。
こんな気持ちになる前は、仕事をする事に没頭でき、それこそ毎日0時近くに帰り、土日もどちらかが仕事していても、それは普通だと思っていた。仕事の内容についてや、今後どういう仕事をしていきたいか、という事に対して、前向きに考えていられた。今でこそ冷静にみれば、仕事をする事に集中できて、それに関連する部分についてはあまり気にならなかったとも言える。
バブルな時代とも言えたが、純粋に仕事に取り組み、成果をあげて、毎月賞与並の収入を得た分、プライベートな時間を削っていた。しかし不思議と今ほどプライベートな時間については、どうにもならないほどの不満はなかったのかもしれない。今は、いくらプライベートな時間があっても、足らないという感覚に襲われる。
時間の使い方や、限られた時間を過ごした満足度が違うだけではなく、それはきっと会社や仕事に対するモチベーションの大小によるものが私は大きいのではないかと感じる。それこそ成果主義や、年功序列の排除など、ていのいい評価基準を打ち出している多くの企業では、それを評価したり策定する連中は、それこそ年功序列の中で会社に依存して今の立場になった人々なのだ。
政治家やなんとか省の人間も同じく、政策や評価について、どういう感情を社員や国民が持ち、それによってどれだけ効果があり、どれだけ弊害があるかを理解できていない。そんな進め方で、これからどうなってしまうのか。若者もどんどん無気力化しているの者が増え、老人も増え続けている。高度成長期のしわ寄せは今、まさに我々中堅年齢の世代にかかり、しかし実際やりたい放題に牛耳っているのは、高度成長期においしい部分を沢山吸い込んだ年配の人々が、自分の範疇で決めつけているだけなのだ。
忙しくても、充実していた日々。時間はあっても、今の仕事に対してどうしても疑問がつきまとってしまう今。どちらが幸せなのか、究極の選択なのだろうか。自分の時間をしっかり確保して、仕事についても充実した時間を費やす事ができる。これだけの事をしたいだけなのに、なかなかうまくいかない。
忙しく収入もそれなりにあった頃、3台のバイクを所有していた。今までで一番、維持費や車両などにお金をかけられた時期だ。この3台はどれも素晴らしく、私はずっと所有していたいと思っていた。しかし、今では全て手元から離れていってしまった。
体はひとつしかない。3台あっても仕方ないだろうと、普通の人は言うだろうが、3台なければだめだった頃だった。いつか、このような3台を再度所有し、仕事に対しても積極的になれるような日々が来ればいいと思っている。旅先によって、相棒を使い分ける事によって、いつも新鮮な感覚で旅したい。贅沢な願いだが、一度この構成で過ごした日々は、予想以上に充実していた。
なかなか現実的には難しい事だという事を、今ではよく分かっている。まあ、ちょっとした過去の栄光と、今の夢だ。そういう仕事に就ければ、満足なのかというと、きっとまた新たな夢が生まれてくるのだろう。そう、井上陽水の「限りない欲望」のように。
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鯉のぼりの行く先

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

昨日は子供の日だった。
九州や四国では、川にロープを渡し、鯉のぼりを沢山吊るしている風景をよくみかける。四国の四万十川では、吊るすだけでなく、沈下橋にかけるように川に沈め、その流れに泳ぐ鯉のぼりもよくみかけた。旅先でみかける風景の中で、なかなか風情あるものである事から、好きだ。
実は子供の日は、私のバイクの友人としては初めて、この世から亡くした命日でもある。あまり柄はよくなかったが、一緒に塾に通い、バイクに興味を持っていた。ただ私と大きく違っていたのは、バイクに対する思い入れだったのだが、どちらにせよこの事実は当時私がバイクに乗る行為について、衝撃的な事件だった。
尾崎豊ではないが、その時も盗んだバイクで飛ばしていたようだ。詳しくは知らないが、運悪く転倒し、電柱に激突。病院に担ぎ込まれたが、まもなく亡き人となった。私はそれほど親しくなかったが、一時期は同じ屋根の下で同じ時間を過ごした事もあって、葬式の日に泣いた。バイクに乗るという事は、こういう事がいつあってもおかしくないという事を、この時知った。
しかし何故だろう。バイクのように、別にあってもなくても人が生活する上で、少しばかり便利になるものかもしれないが、必要不可欠なものではない。車にいたっては、それこそ荷物を運んだり、雨の中や雪の中でも安全に移動できたりするように、重要な役割を持つ乗り物なのは明白なのだが、バイクはそうではないとも言える。逆に人が足で支えたり、走り出さなければ倒れてしまったり、雨が降れば傘もさせずに濡れるだけという、不完全な乗り物を、なんで好んで乗るのだろうか。転べば、ただでは済まない。骨を折るかもしれないし、最悪、この世からおさらばとなってしまう程、危険な乗り物である事は変わらない。
その答えは、乗る事にある。乗って、走り出す。それだけでなく、自分のバイクを手に入れ、それに跨がり、自分の意志で走り出す事にあるのだ。単に借りて乗ればいいというものではない。それが、「こちら側」と我々が言う意味なのだから。
初めて自転車に乗った時、これまでの行動範囲が広がり、コイツがあればどこにでも行けると思えたように、イグニッションを回し、苦労して手に入れた相棒のバイクに跨がり、どこか遠くにでかけようとすると、何よりもかえがたいワクワクする気持ちがあった。そんな感覚を同じように持って、北海道や信州、沖縄などにでかける連中は、やっぱり何か普通の感覚ではないのかもしれない。
バイクって何だろう。そんな疑問には、こんな答えをする事にしている。ただ、薦める事はできない。乗るのは、こちら側に踏み出すには、あくまでも自分の意志なのだ。だからこそ、私にできる事は、バイクと旅の話をする事。私がそうであったように、扉の存在を知り、その扉の先の話を聞く事でワクワクしたように。
写真は九州は宮崎、日之影川に渡された鯉のぼりたち。
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