丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

御殿場の長い1日その2

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

土曜の早朝の続き。
朝の東名は交通量が多かった。先週の3連休は台風のせいで、どこにもいけなかった人が多かった分、今週は交通量が多そうだと思っていたのだ。渋滞のメッカ、大和トンネル付近で60km/h以下まで落ちたのだが、何とか停まらずに通過。
ゆっくり走ったのだが、流石に時間には余裕がある。その為、横で寝息をたてている由には相談せずに、秦野中井で東名を降り、懐かしいR246をゆっくり走って御殿場に向おうと思いたち、ウィンカーを点けた。
秦野中井のETCレーンは先がすぐに信号のせいもあり、渋滞していた。一般道でR246に入り、先の方に霧で霞んだ丹沢の山々をみながら、何台か前にいる数台のダンプがスロー走行で40km/h以下で走る。眠くなりそうな条件は揃っていたが、小雨降る山が近い雰囲気の道を走っていると、そんなに眠気は感じなかった。ちょっと旅気分で嬉しい。寄り道も余裕がある時は大歓迎だった。
大井松田を越えると、本格的に山や谷に漂う雨雲がいい感じだ。バイクだと気が進まないだろうが、車だとこういう所に余裕ができる。
とにかくゆっくり走り、結果的に+30分ほど多くかかり御殿場に到着。まだ時間的には早いので、フィールド方面にあるマックスバリュに寄る。駐車場のあるスーパーは地元にないので、色々普段使うものや食べるものを買い込みつつ、時間潰しを考えたのだった。由にはマックスバリュの駐車場で初めて起きて貰った。
スポーツドリンクやレトルト、味噌汁の具などいろいろ買い込み、時間は8時を少しまわった所で、ジョナサンに移動し朝食。私はいつもの目玉焼きモーニングに納豆で、由も目玉焼きモーニングにパン。ゆっくりお茶を飲んだあと、9時ちょっと前にアウトレットの場内駐車場へ裏道から向う。
アウトレットには前回アジ友のマフィさんの車に乗り合わせて、フィールドから昨年の夏に1度行っただけなのだが、その時は手前の場外駐車場に停めさせられ、バスで移動する事になってしまった。色々と調べた所、犬連れの場合は日陰でないと厳しいのだが、屋根がある駐車場が場内にあるというのを知ったのだった。
何とかそこに入れて買い物をゆっくり楽しむ事はできないだろうかと調べてカーナビの設定もほぼ万全。予想していた入口が出口専用になっていた位で、あとはとてもスムーズにベストポジションに車を停める事ができたのだった。まだ霧に煙る周辺では、通る風が涼しくて肌寒い程。くーも充分待っていられる環境だった。
駐車したのが9時15分頃。由にゆっくりと近くを散歩して貰い、20分ほど車の中で待っていると、9時50分頃からアウトレット場内に音楽が鳴り響き、同じように開店前に入ろうという人々が少しづつ駐車場から出てきた。といってもまだそんなに混雑していない。ただ、特定の店舗前には既に並びができていた。
さて、買い物だ。由がずっとジャージや靴が欲しいと言っていたので、いいのが見つかるといいのだが。
写真は御殿場プレミアムアウトレット、9時55分頃に音楽が流れている中、くーを車の置いて買い物に出陣の由。
20070722.jpg

御殿場の長い1日その1

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

夏時間となって今シーズン初めての御殿場。時間が夜の17時~19時半と、犬が活動しやすい時間にあわせてセミナーを開催して頂いている。昨年は朝の部と夜の部だったのだが、他の時間は自主練もできるので、アジ機材が身近にない我が家にとっては、結構有意義な1日にしたい所だ。
また御殿場は普段、ハンドラーが身につけるスパイクやスポーツウェアもアウトレットで安いし、食事する所も充実している。そういう意味でもいい場所なのだ。
御殿場といえば、私が中学の頃にカメラを持って初めて一人で遠出をした所。富士スピードウェイにレースを見に行ったのだった。御殿場駅でおりる時に、自動ドアではなく、ボタンを押して電車の扉を開けた事を思い出す。田舎に来たものだとしみじみ思ったものだったのを思い出す。
また御殿場にほど近い丹沢湖も思い出深い。初めて50ccのトレール車で本格的な林道越えをした時、ずっとR246を走ってヤビツ峠と犬越路を経由して往復したものだった。たかだか陣馬山を抜ける日帰り林道ツーリングで、当時走り屋のメッカでもあった大垂水峠を越え、林道に入った時も、そこまでの甲州街道は苦痛だった。どちらも渋滞に何度もひっかかり、路肩も狭い上にトラックも多く、命の危険を感じながら、ディーゼルの黒煙に咳き込みながらも走ったのはもう26年前の話だ。
さて時は朝。今回ナイターのみのセミナーなのだが、色々やる事があって、結局朝の6時前に東名に乗り、ETC割引を使おうと思い、朝、4時前にブザー音で目を醒ました。
私は寝ぼけているのか、それは電話の子機から鳴っているもののようだった。タップはコンセント毎に通電スイッチがあるので、入っていれば電気がついているのだが、真っ暗だった。何か起こっているのかよくわからないまま、リビングにおりていくと、見事に電気がついていない。常に点いているルータやHDレコーダー類のサスペンドランプ、空気清浄機などが全て停まっている。これは停電だと思い、とりあえず落ち着こうとトイレに行ったのだが、何しろ真っ暗でなにもわからない。
落ち着きはまだ取り戻せないが、ふと冷蔵庫にも当然電気が入っていない事に気がついた。冷凍しているものは全てダメになってしまう。それは大損害だけでなく、とんでもなく面倒な事になると思い、窓をあけて近所はどうなっているのかを確認する。
すぐ目の前の一方通行の先の電気は入っている。これだけではわからないが、とりあえずお湯を沸かし、換気扇が動かないので窓を少しだけ開けた。セミナーにいつも持っていくポット分と、紅茶だけを入れて、それでも電気は回復しないので、ゴミ棄てついでに外の様子を伺に出た。
すると人がいたるところに出ていて、停電に困っているような会話をしていた。サイレンを馴らしたパトカーが走り去っていく。大通りに出て様子とみると、赤灯東京電力のワゴンに慌ただしく走り回るスタッフが見えた。ロッキーの置いてある駐車場の近くでも、おばさんやおじさんが出ていて、どこも夜更けの停電に困り果てているようだった。
一旦部屋に戻り、由を起こして状況を説明して、用意だけはと続けた。くーにも軽く朝食をあげ、その後荷物を積み込むべく、ロッキーを取りにいく。その時、先程の東京電力のスタッフが増えていて、先程より少し落ち着いている感じだったので、話をすると、どうも東京電力の設備と他の設備が接触してダウンしたとの事。確かに気がつくと先程真っ暗だった街灯も点いていた。我が家にはまだ通電してないと言うと、今復旧したので点いているはずだと言われる。それ以上は会話せず、ロッキーを玄関横まで運んだ。
玄関に出しておいたクーラーや着替え、カメラバックなどを積み込み、部屋に戻ると電気はついていた。由も安心していたのだが、ガスがおかしい。我が家の室外機だけ動作音がしており、操作パネルには00Fというエラーコードが出ている。
説明書を探すのに手間取り、そこの電話番号は古いようなので、ウェブで確認すると24時間対応のトラブル受付窓口の電話が乗っていたので即座に電話。状況を知らせると、エラーコードの説明はしてもらえず、8時にならないと技術の担当が来ないと言い、結局携帯にかけて貰う事にする。この動作している状況は危険ではないと言うので、それを信じるしかない。しかしもうタイムリミットギリギリ。
我が家を5時20分にスタートしたのだが、道路工事でひっかかりつつも飛ばしながら走る。丁度ガソリンも見事に空なので安いセルフに入ろうとすると4台ほど並んでいる。ついてない時はついてない。何とかその後はすぐに順番が回ってきたので、給油後また飛ばすが、交通量が多く、イライラする。
東京ICの坂を上った時は、あと5分を切っていた。ロッキーには悪いがアクセルを踏みつけ、何とか1分20秒前にETCレーンを通過する事ができた。これだけでもうへたへただった。
朝からとんでもないトラブルな上に、割引が効かなくなっても東京電力は保証なんかしてくれない。ガス機器はおかしくなるし、たまったものではないスタートになった。
写真は大井松田を越えたあたりのR246から東名高速の橋脚を望む所。雨が降ったりやんだりしている天気の中、山や谷には霧雲が立ち込めていていい感じだ。
20070721.jpg

台風は去り地震が来る

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

結局関東には大きな影響もなく、予想進路よりも南にずれて東へ抜けていったようだ。ここ最近、台風直撃や集中豪雨で、これまでめったにみたことがなかったトラック横転や尋常ではない波しぶきをテレビ中継で目にする事ができる。
いわゆる地球温暖化や異常気象と言われるものが、目に見えて感じられる風景のような気がする。子供の頃は、こういう風景を観た記憶がないからだ。
同時に中越地方で地震がまた発生。多大な被害を与えている。まさに今も避難生活をされている方が多い上に、家屋倒壊の目にあった老人もおられるようで、これまであまり地震がなかった場所に、集中して大地震が発生しているように感じる。そう、阪神大震災もそのひとつだと思う。
昨晩地震のニュースを観ながら、揺れた、と感じた瞬間があった。22時18分、テレビではテレビ朝日が即時にニュース速報を流し、他の民放が続いた。どこかの国営放送が一番遅い。それは京都府沖なのに、浦幌や釜石など北海道や岩手、他に福島・茨城で3以上の震度だったようで、すぐに頭の中に日本地図が浮かんだ私は、困惑した。何故こんな揺れ方をするのか。それこそ同時に北海道、岩手、福島、京都で地震が発生したものだと思ったほどだ。それが断層や地形の関係なのか、京都府沖の日本海を震源に、福島、岩手、北海道へとそん揺れを伸ばしたというのが想像できなかった。
大きく自然のバランスが崩れてきているように思える。それこそ、本当に世界の終わりが近づいているような気分だ。
写真は2001年の初夏、被害が甚大だった神戸は長田のアーケードは、震災後6年経ってもこの状況だった。その傷跡は深い。
20070717.jpg