丘に吹く風

時には地を這うように、時にはささやくように

正当なサービスと価値

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

頭痛が2日続き、会社を休んでしまった。
理由はわからないが、とにかくジクジクした頭痛が続いて辛かった。眠るとその間だけ忘れられるのだが、その分夜眠れなくなってしまう。何もする気もおきないので、ただ布団をかぶって寝ていた。くーはその間、布団に乗っている時もあったが、脇のクッションで丸まって眠っていた。
日中少し仕事の絡みで会社にネットを繋いだり、ネットトレード情報をチェックしたりはしたが、それぞれほんの20分程度だっただろう。それだけ辛かったという証拠だ。
そういえば月曜に、由の関西の実家にADSLが敷かれた。回線速度が出るかとか、本当に安定して繋がるのかが気になってはいたのだが、無事使えており、IP電話も使えているようだ。ほっと胸をなで下ろしている。
市営住宅にはなぜか、フレッツ光が敷かれていた。つい最近のようだが若い人が殆ど住んでいない市営住宅に、NTTのフレッツ光が何故敷かれたのだろうか。インフラ費用としても充分高価な光は、ISPの契約が必要でありその分、月にコンスタントにかかる費用はバカにならない。それだけインターネットを使う世帯がどれだけあるのだろうか。住民には高価な接続メニューの案内が届いているようだった。
国の政策で勝手にデジタル放送が始まり、これまでのテレビなども買い換えなければならなくなる。ネットの費用だって今は単にインターネットにごくわずかなストリーミング放送の利用しかないのに、経済的な負担が大きいフレッツ光を住宅単位で勝手に敷き、個別に契約させるというのは何だかうさん臭い。本当に住民によいサービスを考えているのだろうか。
JR西日本も、NTT西日本も、何だか信じられない。それは私だけだろうか。信じて貰う為によりよく安いサービスを提供しようとする姿勢が見えないのがその大きな理由だ。市営住宅なのに、何故NTTが牛耳るのか。フレッツ光は今、必要なのだろうか。
使う側は無駄なお金は払いたくない訳で、僅かな年金で暮らす両親と、安い価格で連絡を取れるようにしたり、離れて暮らす娘たちなどの生活がわかるブログを見るような楽しみを、一人の息子として環境を整えてあげたいと思うのだが、そんな事はまったく考えてくれない訳で、こちらで安くて使えるサービスを探し、契約をするしか方法はない。黙っていると、NHKの受信料のように納得のできない理由で勝手に人のよい国民からお金を吸い上げていく。酷い話としか思えない。
今回約月2000円弱で、ネットが常時接続になった。我が家のADSLは一番高速なコースなのだが、2件分あわせてもフレッツ光の1世帯分の契約より安い。使えるサービスは動画のストリーミングサービスを自由に使えない程度の差なのだが、現実にはまだまだコンテンツが少ない訳で、慌てて光を引かなくても構わないと思っている。光が必要になる時期は、デジタル放送が始まり、みたい番組だけを契約する時代が来てからだと思っている。
あと大きな理由は、離れて住む両親に、安全にネットを使って頂く為に、ウィルスパターンファイルはまめに最新になるように常時接続にしたかったというのがある。ダイヤルアップではたまったものではない。メールのウィルスチェックサービスは付加しているが、それだけでは不十分だからだ。
会社には1000通/1時間のSOBER.AGがメール爆弾なみに届いている。そんな時代に、安心してネットが使えるようになるにはまだ程遠い行政やサービスメニューだ。しかし光とかデジタル放送とかは金が直結しているのでさっさと整備していく。マンションの強度偽装にかかわる行政や監査の仕組みも全て同じような事だ。
結局は行政や元国営企業、大企業などがお膳立てしてくれる事は期待できない。賢い消費者になり、NOと言える知識や経験をつけなければ、フィッシング詐欺のようにターゲットにされどんどんと資産を搾取されていくのだ。物騒な世の中だ。
写真は由の実家の近くでみつけた小さい食堂のような所のメニュー。素朴さが好きだ。安くてそしておいしいのは嬉しい。これこそが正当なサービスに対して適した額を支払うという事ではないだろうか。
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頭痛の季節

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

夜中に頭痛で目が醒めた。最近酷い頭痛がなかったのだが、今日は左肩側がズキズキ痛む。何度かそのまま寝ようかと思ったのだが、どうにも収まりそうもないのでいつものバファリンプラスを飲んでからまた眠った。
しばらく寝ただろうか。また夜明け前に目が醒めたのだが、まったく収まっていなかった。左肩がだるい。別に重いものをカバンに入れていた訳でもないのに、原因がわからなかった。ひょっとしたら眠方がおかしかったのかもしれない。
右肩がだるいのであれば、投げ練の影響かと思ったがそれも違う。理由はわからないが、とりあえずマッサージ機をかけたのだが、変わらない。
結局夜まで、今もまだ少しズキズキする。風呂に入って早く寝よう。
写真はあまり意味はなく、ニカニカカヌー犬、くー。爽やかな川でも下れば、頭痛も治るだろうか。
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勤労は必要か否か

yonkichi, · カテゴリー: あれこれ

今日は勤労感謝の日という日らしい。
朝寝坊をし、食事をゆっくりと作り、夕方に由とくーと3人で散歩に行っただけの、何もしない1日だった。
普段勤労している人に感謝するのか、勤労できる事を感謝するのか。私はどちらかというと勤労する事よりも、やはり遊んでいたい。仕事が趣味であったり、仕事が好きだったりする人は、また別なのだろうが、私はひいき目にみても仕事は食べていく為に仕方なくしている事であり、短い人生、もっとしたい事は沢山あるという考えを持っている。
今の仕事について、最初は貪欲に仕事を吸収し、納得のいく仕事をしていきたいと思っていた。それこそ最初の3年はがむしゃらに仕事に取り組んだ。といっても、間には限定解除を取ったり、北海道ツーリングなどはしていたのだが、それ以外は土日も会社に捧げて、朝から晩まで仕事をしていた。朝8時半から夜は22時頃までは殆どといってもいい程、会社に居たのが今では信じられない位だ。
当時は某金融関係の顧客先に常駐し、仕事をしていたのだが、夕方17時にはオフィスは閉まる。その後私はオフィスに40分ほどかけて戻り、そこから翌日の仕事分やらまとめをして、22時頃にはオフィスを出るという感じだ。睡眠時間は今とはあまり変わらないのかもしれないが、自分の時間なんていうのはなかった。
バブル経済が崩壊し、私の顧客もシステム拡張時代から縮小もしくはアウトソーシング時代になり、職種が違う顧客に移る事になった。そこはとんでもなく酷い勤務形態で、通勤時間は往路で2時間、復路で3時間弱。夜は終電なので各駅停車で自宅に帰るのは深夜1時を回っていた。そして風呂に入り寝るのだが、4時間後には起きて8時からのチーフミーティングに出る為に出勤という日々が続いた。土日もまず土曜はまったくなく、日曜も度々出た。あっという間に毎月ボーナスのような給料を手にしたのだが、使う時間もない。
そんな時にバイクにお金を投資したりしていたのだが、今思うと勿体ない事をしたものだ。でもそれはまったく無駄だった訳ではない。私は色々な事を学んだのでよいのだが…。
私は父親が物心ついた頃には、自営業になっていた。元々は勤め人だったのだが、理由があって自立した。それは父親が急逝し、長男が継いでいるのだが、土日返上で会社に出る事はめずらしくなかった。
勤労する人は、何かしら我慢しながら、何かを犠牲にしながら働いていると思う。その人の為の休日ならば、もっとあってもいいのではないだろうか。やり手の経営者の人なんかはそんな余裕はないかもしれないが、多くの一般人は、もっと休みを望んでいる。その時間は家庭サービスをしたり、自分の為に時間を割く。
ドイツのように、もっとしっかり休みを取り、本当の意味でリフレッシュしたり、人間の発想を豊かにするように自分の時間をしっかりと過ごして、仕事に復帰すべきではないのだろうか。
実際は企業は昔と違って、社員は変わりが山ほどいるひとつの部品にしかみていない。最近になってその社員から逆襲にあい、告発される事も目立ってきた。そう、誰だってひとつしかない人生であり、それを第三者が勝手に軽んじる事はしてはならないはずだ。
自分の人生は、自分が守らなければならない。そして、働く事は必ずしもイコールにはならない。働く事はひとつの手段であり、全てではないだろう。我が人生よ、悔いなき時間を進んでいるのか?
自問自答の中、私は泥沼の底だった1993年の2月、真冬の北海道へテントを持って旅に出た事があった。
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